第二章

第28話 二度目の卒業式




 復学してからの2ヶ月間は、アリスティアにとってはとても充実した日々だった。


 結婚式に向けての準備をしていた転生前も、充実した日々ではあったが。

 幸せオーラ全開の。



 そして、レイモンドとの仲も良好で。

 毎朝迎えに来てくれるのを楽しみにしている自分がいるのは、彼の事が好きなのだから許して欲しい。


 週末のデートは魔女の森。

 手を繋いで散策したり、薬草を取りに行ったりして。

 木々は相変わらず付いては来るが。



 婚約を解消した筈なのにと思いながらも、自分達は兄妹のように育ったのだから簡単には離れられないのだと自分を納得させた。


 誰かに聞かれた時もそんな風に答えると、皆も納得をしてくれて。

 素敵な関係だとも言われた。


 しかしだ。

 レイモンドがそんな風には思ってはいない事が、アリスティアを悩ませていて。

 カルロスやオスカーからは聖女が現れるまでの事だと辛い事を言ってくるが。



 そんな日々は飛ぶように過ぎ。


 春の陽射しが暖かくなったこの日は学園の卒業式が行われた。


 転生前。

 学園の卒業生でもあるレイモンドは、来賓として招待されていた。

 何よりも婚約者であるアリスティアの卒業式あるからで。


 卒業プロムでは学園の講堂でファーストダンスを踊った。

 皆からの祝福の中。

 世界中の幸せを一人占めにしていた様な気持ちだった。


 それは結婚式を3ヶ月後に控えての事だった。



 朝。

 仕度を終えたアリスティアは憂鬱だった。


 レイモンドが来賓として来ると言っていた。

 転生前と同じく祝辞を延べに。

 その後に行われる卒業プラムにも招待されたのだと。


 本当の所は、卒業式に行くから手配をしろと言ったのはレイモンドなのだと、後からオスカーに知らされた。

 オスカーが学園長に通達したのだと。



「 そりゃあ、レイはお前との再婚約を狙っているのだから、これくらいはするだろうね 」

 オスカーに問い質せば、彼はそう言って肩を竦めただけだった。


 妹が困っているのに何だか他人事で嫌になる。



 そしてドレスまで贈って来たのである。

 それがまた悲しい事に。

 このドレスは、転生前の時に贈られた幸せいっぱいのドレスと全く同じドレス。


 それがまたアリスティアを辛くさせた。


 運命を変えているつもりだけど。

 婚約は解消したけれども。

 お父様は宰相になったけれども。


 やはり同じなのだと。


 ただ。

 あの時の幸せな気持ちが無いだけで。



 ドレスルームでは、侍女達がせっせとドレスの準備をしている。

 午前中の卒業式が終わると一旦着宅して、ドレスに着替えて夜の卒業プロムに向かうからで。


「 婚約解消をしても、皇太子殿下はお嬢様の事を想われているのですよ 」

「 私は魔女が皇太子妃でも構わないと思いますわ 」

「 そうですよ! 魔女だなんて強そうで素敵ですよね 」

「 悪い奴が来たらお嬢様がやっつけてくれるもの 」

 侍女達がキャッキャッと楽しそうに騒いでいる。



 その悪い奴をやっつけてくれるのがわたくしなのよ。


 侍女達の話を聞きながら、アリスティアは更に深い溜め息を吐いた。



 二度目の卒業式は転生前と同じだった。


 学園長の長い長い式辞も同じなのだろう。

 多分。

 全然覚えていないが。


 レイモンドの祝辞も同じだった。

 多分。

 覚えていないのは学園長とは違って見惚れていたからで。


 その澄んだ声も素敵だから余計に。


 真っ白な軍服の正装姿で祝辞を述べる皇子様には、この会場の皆が見惚れている。


 転生前も今もそれは変わらない。




 ***




 陽が落ちて、卒業プロムの時間が迫って来た。

 

 侍女がキャッキャと言いながらアリスティアの仕度をする。

 編み込みにして、後ろをアップにして貰える位には髪が伸びていた。



 ドレスを贈って来た所を見ると。

 レイモンドはファーストダンスをアリスティアと踊るつもりなのである。


 婚約を解消した者同士が、皆から注目されるファーストダンスを踊るなんておかしいだろうに。



 しかし。

 皇太子が来るならば、宴の華としてレイモンドは誰かとファーストダンスを踊らなければならない。


 自分と踊るのは困るが、他の令嬢と踊るのも見たくはない。

 特にファーストダンスだけは。

 皆の注目の元、二人だけが最初に踊るダンスなのだから。



 多分、同じクラスのスカーレット・オハラン侯爵令嬢が狙っているだろうから。


 アリスティアの取り巻きである彼女は、表向きはアリスティアに同情的だが、腹黒だ。

 自分と同じ匂いがする。


 確か転生前では侯爵令息と婚約間近だと言っていたが。

 未だに婚約をしていないのは、アリスティアの後釜を狙っているのだろう。


 現に、彼女の父親が水面下で動いているとオスカーから聞いていた。



 レイモンドとアリスティアとの婚約の復活を願う声もあるが、やはり別の令嬢を婚約者に選ぶべきだと言う声もある。


 特に有力貴族ならば尚更だ。


 令嬢達としては、自分が皇太子妃になれるかも知れないチャンスを逃す筈がない。


 何よりも……

 レイモンドは誰よりも美しい男なのだから。



 考えれば考える程に憂鬱になる。


 それに、まさかの魔力の発動が起こらないとは限らない。

 木に対してはもう魔力は溜まる事はなかったが。

 それはやはり相手が木で。

 そもそも木にまで嫉妬をする事が異常なのだ。


 だから……

 はどうなのかと実験したい気持ちもあって。

 こんな風に思ってしまうのも、やはり自分は魔女なのだと思い知る。



 あれこれ考えている間にレイモンドが迎えに来た。

 これも転生前と同じ。


「 まあ!可愛らしい 」

 現れたアリスティアを見て、レイモンドは思わず感嘆の声を上げた。


 アリスティアは本当に美しい令嬢だった。


 ドレスアップしたアリスティアを見るのは久し振りだった。

 見惚れた顔をしながら、レイモンドはアリスティアの手の甲にキスをした。



 自分でも美しいと思うのに。

 のレイはそれ程でもないんだわ。


 アリスティアは眉を顰めた。



「 君の可愛らしい制服姿も見納め立ったら、講堂では君ばかり見ていたよ 」


 ええ。

 知っておりますわ。

 熱い視線を感じましたもの。


 実はこれも転生前と同じ台詞。


 馬車の中で言われた事を思い出した。

 転生前はこの時「 嬉しい 」と言ってレイモンドに抱き付いたのである。


 当然ながら今はしない。

 したいけど。



「 君の学園生活が楽しく終わって良かったよ 」

「 ええ。楽しかったですわ 」

「 僕も特進クラスに行きたかったんだ 」

「 えっ!? レイは皇太子が職業でしょ? 」

 そんな医師や科学者の資格は必要無いわと言って。


 レイモンドはハハハハと声を上げて笑った。


「 そうだな。僕の職業は皇太子だ 」

 そう言った彼は少し悲しそうな顔をした。



 馬車が講堂前に停まると、学園長や教師達が出迎える為にズラリと並んでいた。


 レイモンドが先に降りると、彼にエスコートされたアリスティアが馬車から降りた。

 皆が当たり前のように皆は二人を出迎えた。


 そして学園長からは、当たり前のようにファーストダンスを踊るように言われた。


 他の令嬢とではなくてホッとしたが。



「 僕の可愛いティア。僕に幸せな一時を与えてくれる事を許可して頂けますか? 」

 レイモンドは腰を折り、アリスティアに手を差し出した。


 違う!

 この時は「 僕の可愛い婚約者殿 」と言った。

 流石にもう婚約者殿とは言えないわよね。


 何だか間違い探しが楽しい。


「 はい。共に踊る事を嬉しく思います 」

 これが転生前のわたくしの台詞。



「 いいえ!わたくしは踊りたくはありませんことよ 」

「 えっ!? 」


 どうだ!

 断られたのは初めてでしょ?


 百戦錬磨の美しい皇子様がポカンとしている。


 アリスティアはそれを見てクスクスと笑った。

 レイもこんな顔をするんだと。



「 君は、いつの間にそんな意地悪になったのかな? 」

「 わたくしは悪役令嬢ですから 」

 お互いにクスクスと笑い合いながらお辞儀をする。


 二人は片手を合わせ、アリスティアはレイモンドの腕にもう片方の手を添えた。

 レイモンドは片手をアリスティアの背中に回す。


 楽士達の流れるような音楽が奏でられると、二人だけのダンスが始まった。



 レイモンドも踊りは巧みだが、アリスティアも完璧である。

 レイモンドとしか踊った事は無いけれども。


 踊りには自信がある。

 皇太子妃になると他国の王族とも踊らなければならないからと。

 ずっと練習をしていたのだから。



 楽しもう。

 もしかしたら最後のダンスになるかも知れない。


 リタが天のお告げを聞くのはもう直ぐだ。

 皇宮はその後に箝口令が敷かれて、物々しくなったのだから。



 最後のダンスだと思ったアリスティアは、レイモンドの綺麗な瑠璃色の瞳を見つめた。

 それはそれは愛し気に。


 そんなアリスティアを見つめるレイモンドは、甘く蕩けるような顔をして。



 二人のダンスは、見ている者達が何だか切なくなるようなダンスだった。


 体調が悪いから皇太子妃には相応しく無いと、あの嫉妬深い悪役令嬢が、婚約を辞退したのだと思っているからか。

 少し伸びたアリスティア髪を見て、ハンカチで涙を押さえる先生もいた。


 そう。

 今やアリスティアは、からになっていた。

 それもと言う言葉付きで。


 どうみても健康そのものなのだが。

 ダンスも意気揚々と張り切って踊っているのだから。



 学園の生徒達は毎朝レイモンドが学園に送る姿を見ているからか、レイモンドのアリスティアに向ける献身的な愛に胸を打っていた。


 レイモンドの思惑通りに。


 人々は悲恋や純愛ものが大好物なので。



 アリスティアは最後にカーテシーをした。

 優雅で美しい公爵令嬢としての最高級なカーテシーを。


 ホゥゥと皆からはため息が漏れ、拍手で会場が暖かい雰囲気に包まれた。


 するとレイモンドはアリスティアの手を引き寄せて、アリスティアの肩に手を回した。


 そして頭に唇を落とした。


 キャアーっとピンクな声が会場に響き渡る。



「 レイ!? 」

「 愛しているよ 」


 令嬢達のキャアキャアと言う叫び声が激しくて、アリスティアはレイモンドの声は聞こえなかった。









───────────────



この話から第二章です。


この続きも宜しくお願いします。

読んで頂き有り難うございます。





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