第2話 悪役令嬢上等!



 世界に三つある帝国の一つ、エルドア帝国にある三大公爵の一つのグレーゼ家は、何代か前に王弟が臣籍降下した由緒ある家である。


 広大な領地を所有し貿易にも力を入れ、持っている資産は三つの公爵家の中でも群を抜いていると言う最高峰の貴族。


 グレーゼ家の嫡男ハロルドと、その夫人であるキャサリンの末娘として生まれ、7歳年上の兄カルロスと5歳年上の次兄のオスカーがいる。


 そんな家族からは大層可愛がられて育った。

 目に入れても痛くない程に甘やかされて。



 そしてアリスティアは、エルドア帝国ギデオン・ロイ・ラ・エルドア皇帝とクリスタ皇后の第二皇子レイモンド・ロイ・ラ・エルドアの婚約者でもあった。


 レイモンド皇子は第二皇子と言えども、正妃クリスタから生まれた皇子。

 皇帝には側室がいて、レイモンドが生まれる前には既に第一皇子が生まれていた。


 色んな確執のある中、レイモンドの皇太子の確立を確固たるものにしたかった正妃クリスタは、レイモンドの後ろ楯として、グレーゼ公爵家に生まれた令嬢を婚約者にする事を決めた。


 グレーゼ家に女児が誕生すれば、レイモンド第二皇子の婚約者にすると、まだアリスティアが生まれる前から決まっていた結婚なのである。



 レイモンドはアリスティアよりも5歳年上だ。


 アリスティアの長兄であるカルロスは、妻子と共にグレーゼ領地で領地経営に当たっていて、次兄であるオスカーはレイモンド皇太子の秘書官をしている。


 アリスティアがレイモンド皇子の婚約者であった事から、この四人はよく一緒に遊んだ幼馴染みだ。

 なのでレイモンド皇子とアリスティアも兄妹のように育った。


 兄妹のようにと言っても、アリスティアはレイモンドの事が好きだった。


 それは物心の付いた幼い頃から。


 誰よりも素敵で優しい皇子様が婚約者なのだから、好きにならない訳がなかった。


「 ティアはレイのお嫁さんになるの 」

 それがアリスティアの夢であったし、でもあった。



 ただ、レイモンドとの5歳の年の差は大きかった。


 レイモンドが16歳の成人になり社交界にデビューすると、アリスティアは皇宮で開かれる舞踏会や貴族の邸で開かれる夜会に、スパイを送り込んで状況を聞き出したりしていた。


 素敵なレイモンドに女性達が言い寄る事を懸念して。



 レイモンドに言い寄って来ていた令嬢には、グレーゼ公爵家の名で圧力を掛けた。

 人妻には淫乱な妻から目を離すな!と夫に通達文を出し、未亡人には年寄りのジジイを世話をして無理やり嫁がせたりもした。


 それを、アリスティアがまだ11歳の子供の時からやっていたのだから、彼女のは筋金入りだった。



 そして、アリスティアが16歳の成人になり社交界に出るようになると、夜会や宮中晩餐会では当然のようにレイモンドの側に付いて回った。


 勿論、アリスティアのデビュタントの日はレイモンドと踊った。

 皆の悔しがる顔を鼻で笑いながら。


「 当然ですわ。わたくしはレイの婚約者ですもの 」



 しかし実際に夜会に出るようになると、お酒が入り羽目を外した女性達のレイモンドへの執拗な所為に驚いた。


 大きく胸元の開いたドレスを着た大人の女性達が、胸の谷間を強調しながらレイモンドに身体を寄せ付けてダンスを誘うのだ。


 熱くやらしい視線でレイモンドを見つめながら。


 怒り心頭のアリスティアは、レイモンドに近付く女性は、年上だろうが仕事関係の女性だろうが徹底的に戒めた。


 別の場所に呼び出して叱責するだけではなく、その場でも扇子の先を突き付け皆の前で罵倒すると言う暴挙に出た。

 グラスに入った飲み物を頭から掛けるなんて事はしょっちゅうだ。



 レイモンドが学園を卒業して正式に皇太子に確立されてからは、アリスティアの立場は不動のものとなっていた。


 公爵令嬢で皇太子殿下の婚約者と言う立場に、誰もが彼女に傅いた。

 皇家には皇女はいなく、他の二家の公爵家にも令嬢がいなかった事から尚更に。


 そのプライドは天をも貫く程に高く、高飛車で嫉妬深いやりたい放題の令嬢と噂され。


 何時しかアリスティアはと呼ばれるようになっていた。


 レイに誰も近付かないなら、悪役令嬢と呼ばれる事も悪くないわ!


 アリスティアはそんな風に思うようになっていた。



 そんなアリスティアでもレイモンドとの仲は良好だった。

 優しいレイモンドは幼い頃から変わらずに優しいままで。


 そして一週間に一度のお茶会は、ずっと変わらずに続いていて。

 それが大劇場での観劇のデートになる事もあった。



「 わたくし達は両思いですわ 」

 アリスティアは皇子様に愛される幸せを、ずっと享受し続けていた。


 それはこの先もずっと変わらぬものとして。



 そんな中。

 二人の結婚式は、アリスティアが学園を卒業してからの3ヶ月後に決まった。


 


 ***




 学園を卒業したアリスティアは、本格的に始まったお妃教育の為に1日の大半を皇宮で過ごしていた。


 生まれる前からレイモンドの婚約者として育てられていたアリスティアは、既にお妃教育は終了しているのだが。

 アリスティアの達ての望みもあって。


 公爵令嬢として、より完璧な皇太子妃になる為にと考えての事だった。



「 レイ。わたくし達の部屋はどんな風にしたい? 」

 今は、週に1度の恒例のお茶会の時間。

 庭園のガゼボは恒例の二人だけの逢瀬の場所だ。


 忙しい公務の中、レイはちゃんとわたくしとのお茶会の時間を作ってくれる。


 それがアリスティアは何よりも嬉しかった。



「 ティアの希望通りで構わないよ 」

「 駄目よ!二人の部屋なんだから一緒に考えて欲しいわ! 」

「 結局は君の言うとおりになるんだから、僕の意見は必要? 」

 レイモンドはおどけるような顔をした。


「 もう! わたくしはそんなに我が儘ではありませんわ 」

 レイモンドの意地悪に、アリスティアがプゥゥと頬を膨らませて怒るのは何時もの事。


「 その膨れっ面は何時見ても可愛いね」

 レイモンドはアリスティアの膨らんだ頬に指を当てて笑うのだった。



 勿論、このプゥはアリスティアの計算尽くだ。

 レイモンドに可愛いと言われたくて頬を膨らませるのだ。

 レイモンドの、おどけながら笑うと言う萌え萌えな顔を見たい事もあって。


 そう。

 アリスティアは、愛しいレイモンドの前では天真爛漫を装うしたたかな女だった。



「 あら?女なんて皆そんなものですわ 」

「 お嬢様のあざとさが好きです 」

「 それ、誉めて無いから 」

 アリスティアにそんな口を利くのは、アリスティア専属の侍女のデイジーだ。


 彼女は平民だ。

 公爵令嬢と言う高い身分でありながら、平民の女を侍女にしているのは珍しい事だった。


 実はこれには理由があった。



 まだアリスティアが幼い頃の事だ。

 馬車で街を移動中に、一人の少女が馬車の前に飛び出して来た。


「 騎士様! どうか私の家族を助けて下さい! 」

 護衛官を騎士だと間違えた少女は、泣きながら助けを求めて来たのだ。


 この少女がデイジーである。



「 俺は騎士では無い!お前の家族がどうなろうが知ったこっちゃない 」

「 お待ち! 」

 護衛官が少女を突き飛ばしたどころで、アリスティアが馬車から下りて来た。

 

「 助けておやりなさい 」

 デイジーに連れられて行った先は、家賃を払えずにいたデイジーの家族が、追い出そうとする家主から暴行を受けていた所だった。


 それを目の当たりにしたアリスティアは、家主には滞納していた家賃をかなり多めに支払い、家族ごとグレーゼ公爵家に引き取った。


 そしてデイジーの両親と2人いる弟は邸の下働きになり、アリスティアよりも6歳年上のデイジーはアリスティア専属のメイドになった。


 やがて侍女の勉強や訓練を受けたデイジーは、アリスティア専属の侍女になったと言う。


 因みに、アリスティアが夜会に送り込んでいたスパイはこのデイジーだ。



 実はグレーゼ邸にはアリスティアが拾って来たこんな家族が何人もいて。

 我が儘で高慢ちきなアリスティアだったが、こんな慈悲深い一面もあった。


 貴族相手……

 特にレイモンド絡みではに変貌するのだが。




 ***




 結婚式まで後3ヶ月を切ったある日。

 アリスティアは宮殿のレイモンドの執務室にいた。


 アリスティアの前には頭を下げた女官がいて、アリスティアは腕を胸の前で組んで立っている。


「 婚約者がいる男に言い寄るとは如何なものかしら? 」

「 わたくしは仕事をしていただけです 」

「 仕事?レイへのボディタッチは仕事に必要かしら? 」


 この女官は、皇宮で開かれた舞踏会で谷間の見えるドレス姿で、これ見よがしにレイモンドの隣に陣取っていた外交官だ。


 仕事に託つけてやたらとレイモンドにボディタッチをしていて。


 しかし、この時は他国からの要人達も大勢いた事から、何も言わずに我慢をした。

 レイモンドの側で次兄のオスカーから、問題を起こすなと睨まれていて。


 持っていた扇子をポキリと折りながら我慢をしたのだ。



 この日はお妃教育の帰りにレイモンドの執務室に訪れた所、この女官と鉢合わせをしたと言う。


 レイモンドは部屋にはいなかったが。


 アリスティアが部屋に入った時に、一瞬嬉しそうな顔をしたのが気に食わない。

 入って来たのがアリスティアだと分かると、直ぐに顔をひきつらせたのも。


 舞踏会の事もあり、アリスティアの怒りがここで爆発した。



に色目を使うのは止めて頂戴。 大人の女性として、女官として、貴女の所為は目に余りますわ 」

「 ……それは誤解です。私は仕事が円満に行くようにしていただけです 」

「 いやらしい服装をして殿方にすり寄るのが貴女の仕事? 貴女の仕事は娼婦なのかしら? 」

「 そんな……あんまりですわ! 」

 真っ赤な顔をした女官はヨロヨロと後ろに数歩下がり、踵を返して駆けて行った。



「 流石ですね。ぐうの音も出ませんでしたね 」

「 ふん!図星だからよ 」

 少し離れた場所にいた侍女のデイジーが、アリスティアの側までやって来た。


 すると、デイジーがアッと言う顔をして、慌てて腰を折って頭を下げて壁際まで下がった。


 アリスティアの頭上から声がする。


「 またやったのか!? 」

 振り返ったアリスティアのオデコを、指でピンと弾いたのは次兄のオスカーだ。


「 痛いわ……オスカーお兄様 」

「 彼女は優秀な外交官なんだぜ? 」

「 レイに邪な感情を持つのがいけないのよ 」

「 まあ、無きにしも非ずなんだがな 」

 確かに彼女は仕事中もレイに身体を寄せる事が多かったと、オスカーがニヤリと悪い顔をした。


「 なっ!? 身体を寄せていたですってーっ! 」

 その場で注意しろとオスカーに言い放ち、アリスティアは直ぐに彼女を追い掛けようとした。


 その時、アリスティアは誰かとぶつかった。



「 キャア!? 」

「 相変わらず勇ましいね~僕の婚約者殿は 」

 ぶつかったのはオスカーの後ろにいたレイモンド。


 アリスティアは鼻を押さえながらレイモンドを仰ぎ見た。


「 レイ 。これから一緒にお茶をしましょう 」

「 そうだね。でも、ちょっと待ってて 」

 レイモンドは自分の執務机に座ると、オスカーと仕事をし出した。


 書類にサラサラとペンを走らせ、オスカーに色々と指示を出して。


 仕事をしている姿も素敵だわ。

 好き。


 アリスティアはソファーに座ってその様子を眺めていた。

 これも何時もの光景だ。


「 おまたせ 」

 オスカーが書類を持って部屋から出ていくと、レイモンドが文机から立ち上がった。



「 明日ウェディングドレスの試着なの! 」

 それを伝えたくて執務室に来たのだ。


「 出来上がったんだ。じゃあ、僕も行こうかな? 」

「 駄目よ! 当日のお楽しみよ 」

「 そう?じゃあ楽しみにしとくね 」

 レイモンドはそう言いながらアリスティアの前に掌を差し出した。


 それは何時ものエスコート。


 レイモンドと手を繋ぐ事が出来ると嬉しくなったアリスティアが、大きなレイモンドの手に小さな自分の手を重ねようとした時に、オスカーが部屋に入って来た。


「 レイ! 陛下から緊急招集が掛かった! 」

「 父上から緊急招集?珍しいな 」

 レイモンドはオスカーと急いで行ってしまった。


「 ティア、お茶会はまた今度 」の言葉をアリスティアの耳元で囁いて。



 レイモンドがティアと呼ぶのは二人だけの時。

 皆の前では僕の婚約者殿と呼ぶのだ。


 それが何だかもどかしいが。

 なので余計にこんな時は顔が赤くなる。


 レイモンドに手に触れる事は出来なかったが、アリスティアは火照った頬に両手を添えた。



 そして……

 この日を境にレイモンドとは会えなくなった。




 ***




 アリスティアがレイモンドと会えなくなって1ヶ月余り。


 あれから殆ど皇宮に寝泊まりしているオスカーは、たまに帰宅すると「 大変な事が起こりそうだ 」と言うばかりで。


 余程の事があったのか、皇宮には箝口令が敷かれていた。



 本来ならば結婚式に向けての準備に入っている頃なのに、箝口令が敷かれた皇宮は殺伐としていた。


「 何時までこんな状態が続くのかしら?挙式まで後2ヶ月なのに 」

 レイモンドとの一週間に一度のお茶会さえも中止にされ、アリスティアは不安を抱えながらお妃教育に通っていた。



 そんな頃。


『 聖女がエルドア帝国に現れた 』


 そんなニュースがエルドア帝国に、いや、世界中にに駆け巡った。


 聖女は黒髪に黒い瞳を持つ少女。

 彼女は異世界から現れたと言う。


 名は『 タナカハナコ 』


 それはこの日から1ヶ月前。

 魔女の森に住むが、皇帝陛下に進言していた出来事だった。








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