未来を変える為に魔女として生きていきます

桜井 更紗

第一章

第1話 時を戻された公爵令嬢



 一人の女が大聖堂の大きな扉に続く階段を駆け上って行く。


 ガラガラと何かが崩れ落ちる音と同時にあちこちでは悲鳴が上がり、焦げ臭い異臭が辺り一面に漂っている。


 そんな中をドレスの裾を両手で持ちながら、一人の女が懸命に。


 女のドレスの色はロイヤルブルーだった……筈。


 上質のドレスは煤けていて裾はもうボロボロで、足が裸足なのは履いていた筈の靴は何処かで脱げたのだろう。

 しかし、首元にある瑠璃色のネックレスだけがキラキラと輝いていて、一見しただけで高貴な女性だと言う事が分かる。



 街は大方破壊されたというのに、この大聖堂だけが破壊されずに現存していた。


 大聖堂の前まで駆けて来た女は、扉を開けると中に駆け込んだ。



 女は魔女。


 大聖堂で結婚式が行われていたこの佳き日に、突如現れた魔女は空高く浮き上がり、あらゆる方向に魔力を放出したのだ。


 一昼夜放出し続けた魔力は美しかった街を瓦礫の山とし、逃げ惑う人々を恐怖のどん底に突き落とし、何千何万というの人々の命を奪った。



 宙に浮かんでいた魔女が地上に降り立つと、待ち構えていた騎士達が魔女を追い掛け、魔女が逃げ込んだ大聖堂でとうとう追い詰める事が出来た。



「 この先はどん詰まりだ! もう逃げられないぞ! 」

「 我等の街を破壊した極悪人! 」

「 お前のせいで俺達の家族が死んだ! 」

 騎士達の怒号が次々に魔女に浴びせられる。


 魔女は祭壇の前まで駆けて来ると、踵を返して騎士達を凝視した。



 あれだけの魔力が放出されたのだ。

 絶対に魔力切れを起こしている筈。


 自分達に攻撃して来ないのはその証拠だと、騎士達は持っている剣を握り直した。


 魔力が無ければただの女。


「 もうお前の魔力は皆無! 」

「 観念しろ! 」

 騎士達が、祭壇の前に立ち尽くす魔女に向かって剣先を向けた。


 魔女のミルクティー色の髪はバサバサに乱れ、瞳は赤く光っている。


 そんな鬼のような形相をした魔女が、手を振り上げるとその手の指先が赤く光り出した。



「 くそ! まだ魔力が残っていたのか!?」

 やっとここまで追い詰めたのだ。


 今、ここで逃げ出す訳にはいかない。


 例えその魔力で殺られたとしても、この魔女を今ここで殺るのだと、騎士達は魔力を放出しようとする魔女の前でも怯む事は無かった。


 強力な魔力を放ち、皇都の街の破壊と無差別な大量殺人を起こした魔女には、既に皇帝からは処刑の王命が下されている。


 魔女との距離を縮めようとジリジリと滲み寄って行く騎士達は、赤く光る指先が少しずつ強く光るのを感じた。


 魔力を指先に集めているように。


 すると、入り口の向こうからバタバタと足音が聞こえた。


 弓矢を持った騎士達が聖堂の中に入って来たのである。



「 やっと来たか!……弓兵部隊! 」

「 お前ら! よく魔女を追い詰めた。後は俺達に任せろ! 」

 飛び道具ならば距離を縮めなくても魔女を仕留められる。


 弓兵達は素早く剣士達の前に陣取り、一斉に矢を引いて何時でも矢を射る態勢に入った。



「 待て! 」

 その時、後方から澄んだ低い男の声がした。


 一瞬にして静まり返った大聖堂を、マントを翻して歩く彼は、この国の皇太子殿下。


 蜂蜜色の黄金の髪に瑠璃色の瞳を持つ背の高い美丈夫だ。



「 殿下! 危険です! お下がり下さい 」

 騎士達が止める中、手を軽く上げると皇太子は魔女と騎士達の間に進み出た。


 魔女に矢を向けていた弓兵達は更に強く矢を引いた。


 何時でも射れるようにと。



 すると……

 魔女は振り上げていた腕を下ろした。


 指先にあった赤い光は消え、怪しく光っていた赤い瞳は、ヘーゼル色の優しい色に変わった。


 今の今まで鬼のような形相だった魔女は、とても美しい顔になった。


 その顔を見るなり騎士達は驚いた。


 中には顔を歪め、唇を噛みしめながら肩を震わせ泣いている騎士もいて。



 騎士達が二人を凝視する中、皇太子を見つめている魔女の口が微かに動いた。


「 レイ……私を殺して 」

「 ティア…… 」


 次の瞬間。

 皇太子は魔女の心臓に持っていた剣を突き刺した。


 魔女の心臓から赤い血が吹き出す。


 刹那!

 心臓に突き刺さった剣から、目も眩むような銀色の閃光が放たれた。

 


 そして……

 ヘーゼル色の魔女の綺麗な瞳からは、大粒の涙がボロリと零れ落ち、大罪人の魔女は絶命した。



 魔女の名はアリスティア・グレーゼ。


 彼女はエルドア帝国の公爵令嬢。

 また、この国の皇太子の婚約者でもあった。


 この日。

 魔女アリスティアは、最愛のレイモンド・ロイ・ラ・エルドアの手によって殺された。




 ***




 この世界には三つの帝国が存在する。


 世界中の小国が戦いに明け暮れていた時代に、やがて三つの国が頭角を現した。

 その三つの王国が近隣諸国を統治し帝国となった事で、長きに渡る戦いに終止符が打たれた。


 世界に平和な時代が訪れたのである。



 その三つの帝国の名は、タルコット帝国、レンストン帝国とエルドア帝国。


 この三大帝国には各々に魔女が存在していた。


 三つの王国が帝国になる程に巨大になったのも、魔女達が存在していたからだと言われてはいるが、そんな魔女達が何処から来たのか、何時からいるのかは誰も知らない事だった。


 それは皇帝でさえも。



 魔女には、身分制度のある世界でありながらも、と言う身分が与えられていた。

 それ故に彼女達は皇帝とも対等に話せる特別な地位にいる。


 そしてどの魔女も帝国の魔女の森にひっそりと住み、人々がその姿を見る事は無かった。


 魔女達がその姿を人々の前に現すのは、戴冠式や皇子の誕生の祝いの特別な席である事から、国民の多くの者はその存在すらも忘れる程で。

 其故に魔女は人々にとって大層神秘的な存在なのであった。



 ある時……

 エルドア帝国の魔女の森に異変が起きた。


 夜明けと共に、魔女の森にある湖の上空が銀色の光に包まれた。


 ザフーン!

 ゴボゴボゴボ。


「 ……… 」

 冷たい。

 苦しい。


 湖の中に落ちたのは1人の女。


 どうして?

 何故?

 わたくしはたった今死んだ筈。


 湖で溺れているのは、エルドア帝国のアリスティア・グレーゼ公爵令嬢。



 あんなにも苦しく痛い思いをして死んだのに、神様はまだわたくしを許してはくれないのね。


 当然だわ。

 あんな大罪を犯したのだから。


 アリスティアはそのまま静かに目を閉じた。


 その時。

 アリスティアの腕が強い力で引っ張られた。


 大量の酸素がアリスティアの身体の中に入って来ると共に、フードを被った老婆の顔が顔の前に現れた。


 瞳の色が赤い。



 ゴホゴホゴホ。

 水を飲んだアリスティアが咳き込みながら、老婆に懇願した。


「 このまま……死なせて下さい 」

「 なんじゃ?助けて欲しかったんじゃ無かったのか? 」

 老婆はアリスティアを掴んでいた腕から手を離した。



「 キャーッ! 待って……た・す・けて 」

 ゴボゴボ。


 アリスティアは水面下を必死にもがいた。

 まさか直ぐに手を離すとは思わなくて。


「 なんじゃ?やっぱり助けて欲しいのか?ややこしい奴じゃのう 」

 結果、アリスティアは老婆に湖から引き上げられ、一命を取り留めた。



 何だかよく分からないけど、生きているならこの状況を知りたい。

 あの時死んだ筈の自分が、何故こんな所で溺れていたのかを。



 小さなボートに乗ったアリスティアは、キコキコと老婆の漕ぐ舟に揺られながら、夜が空けたばかりの空を見上げ呟いた。


「 わたくしは生きているのね 」


 降り注ぐ太陽の光が眩しかった。




 ***




 アリスティアを助けてくれた老婆は、この森に住む魔女。


 今から一時間程前、夜明けと共に湖の上空が銀色の光で輝いた事から、何が起こったのかと湖に行ってみればアリスティアが溺れていたと言う。



「 どうやらお前さんは転生して来たようじゃの 」

「 転生? 」

「 未来に、何かとんでも無い事が起こったのじゃろう 」

「 未来? 」

 では、やはりあれは現実?


 長い長い夢を見ていたのではないかと思っていた。

 それならどんなにか良いかと。



 老婆の名はエルドア帝国の魔女リタ。

 瞳の色が赤いのは魔女の証。


 本物だわ。

 魔女の事は学園の授業で習った。


 三大帝国には各々魔女がいて、タルコット帝国にはロキと言う魔女、レストン帝国にはマヤ、そして我がエルドア帝国にはリタと言う魔女がいるのだと。



「 それでお前さんは? 」

「 あっ! ご挨拶が遅れました。助けて頂いて有り難うございます。わたくしはアリスティア・グレーゼと申します 」

「 グレーゼ?……公爵の娘か? 」

「 父をご存知で? 」

「 お前さんは、確か皇太子の婚約者じゃったか? 」

「 ………はい 」

 皇太子と聞いて、アリスティアはズキリと痛んだ心臓に手をやった。



 リタの話では、今はアリスティアが殺されたあの日から丁度一年前。


 アリスティアは一年前に戻って来た事になる。



 ずぶ濡れの服を着替えたいが、ドレスはリタが着ている黒いドレスの一枚しかないと言う。

 なのでアリスティアは、リタが纏っていたローブを借りて身体に巻き付けた。

 これも一枚だけしかないのだが。


 濡れた下着やドレスは、小屋に一番近い木の枝に掛けた。

 自分で。


「 ここには侍女もメイドもいないわい 」 

 なのでリタからは自分で干せと言われた。


 ちゃんと搾ってから干すようと当たり前の事を言われながら。


 勿論、洗濯なんか干した事はない。

 家には侍女やメイドや下働きの者達が大勢いるのだから。


 それも干した所は木。

 干したと言うよりは木の枝に引っかけただけなのだが。



 人生初の洗濯物を干すと言う作業を終えたアリスティアは、小屋に戻るとリタからカップを渡された。


「 温かい 」

 濡れた身体に流石にローブを巻き付けただけでは寒い。

 いくら6月と言えども。


 しかし一口飲んで驚いた。


「 これは白湯? 紅茶かハーブティか何か無いのかしら? 」

「 そんなもんある訳が無い 」

 リタはそう吐き捨てて、戸棚の奥から分厚い本を取り出した。



 アリスティアは改めて部屋の中をグルリと見回した。

 ここにはテーブルと椅子と小さなベッドが一つ。

 それにベッドの奥に戸棚があるだけだった。


 台所らしき場所には釜戸はあるが、その上には鍋が一つだけ。

 テーブルの上にはお皿がやはり一枚。

 手渡されたこのカップは恐らくリタの一つだけのカップだ。



 アリスティアはふぅぅと溜め息を吐いて、白湯をコクコクと飲んだ。


 温かい白湯は、冷え切っていたアリスティアの身体に熱を与えた。

 美味しくはないが。



「 おそらくじゃが…… 」

 先程から分厚い本を読んでいたリタが顔を上げた。


「 お前さんはで、一年後の未来からここに戻されて来たみたいじゃ 」

「 時戻りの剣? 」

「 誰かに心臓を突き刺されたのでは無いのかね? 」

「 ……… 」

 アリスティアは自分の心臓を押さえた。

 

 あの時感じた痛みを心臓が覚えている。

 敢えて考えないようにしていた自分の最期の時。


「 レイの……皇太子殿下の剣に刺されて、わたくしは死にました 」

 ほほうと言って、リタは弛んだ瞼の下の奥にある赤い瞳を輝かせた。



「 先ずは聞かせてくれるかの? 一年後の未来に一体何が起こったのじゃ? 」

「 ……はい 」

 アリスティアは胸に両手を当てたままにコクリと頷いた。



「 わたくしは聖女を殺ってしまいました 」











 ────────────────



 新作です。

 よろしくお願いします。


 作者の描く王子様は金髪碧眼です(^^;


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