第32話 悪役令嬢降臨
この日は皇后陛下の誕生日を祝う宴が開かれた。
ギデオン皇帝の主催で、クリスタ皇后の為に華やかで豪華な宴が用意された。
豪華な料理と高いお酒の晩餐会の後に、沢山の人々を招待しての舞踏会が開催される予定だ。
他国からも沢山の要人達がお祝いに訪れた。
エルドア帝国は世界に3つある帝国の1つ。
その国力は絶大で、他国からはひっきりなしに来国の打診が来ている国であった。
晩餐会が始まる前に、謁見の間で皆が順番に皇帝陛下と皇后陛下の前で跪いた。
そこにはアリスティアもいた。
「 皇后陛下にお祝いを申し上げます 」
「 もう体調は万全ですか? 」
「 はい。今は学園の特進クラスに、リハビリを兼ねて通っております 」
「 特進クラスに編入出来るなんて、流石はグレーゼの令嬢ですね。そなたの早くの回復を望みます 」
晩餐会が始まる前に、皆が順番に皇帝陛下と皇后陛下の前で跪く。
アリスティアがクリスタ皇后と会うのは一年振りだ。
そう。
転生前のこの誕生日の催しに会った時が最後だった。
異世界から聖女が現れた時から皇宮は厳戒態勢に入ったのだから。
聖女を守る為に。
皇太子殿下の婚約者である、悪役令嬢アリスティア・グレーゼ公爵令嬢から守る為に。
クリスタとアリスティアの関係は良好だった。
クリスタの望み通りにアリスティアは、皇太子妃に相応しい完璧な公爵令嬢になったのだから。
レイモンドの立太子には、彼の婚約者がアリスティアだからなのも少なからずある。
彼女が皇太子妃になるなら我が国は安泰だと。
要は二人はセットなのである。
皇太子妃はやがて一国の皇后となる身だ。
クリスタも全てに渡り完璧な皇后だったが、彼女の実家の爵位は侯爵だった。
国内では絶対的な権力を誇っていたが。
外交では王族から舐められた態度を取られ、唇を噛み締めた事もあった。
帝国の皇后であろうとも、彼女は王族の血筋では無い事からで。
それだからこそ、クリスタはレイモンドの婚約者には公爵令嬢に拘ったのだ。
他国の王族から舐められない貴族は、皇族の血を引く公爵令嬢だけなのだから。
クリスタとアリスティアを見て、複雑な表情をしていたのはギデオン皇帝だ。
クリスタにはアリスティアが魔女だと言う事は、勿論言ってはいない。
あくまでも世間に公表されている通りに、この婚約の解消はアリスティアの体調不良が原因であり、皇太子妃として相応しくないとグレーゼ公爵が辞退したからだと思っているのだから。
アリスティアが健康な身体になる事を待つとレイモンドから聞き、今は新しい婚約者を決めずに様子を見ている状況だ。
クリスタも、レイモンド同様にアリスティアの事を諦めたくはなかった。
アリスティアの事を何よりも気に入っているのは、王妃クリスタなので。
両陛下もそうだが、会場の皆もアリスティアの姿を見るのは久し振りであった。
記者会見前にあった夜会で、幸せそうに皇太子殿下と踊る姿を見て以来だ。
ここには、アリスティアの記憶との若干のタイムラグがあるのだが。
社交界では、病気療養から学園に通い出したと言う事は既に話題になっていた。
秀才のみが入る事が出来る、特進クラスの薬学科にアリスティアが通っている事も。
それが……
自分が大病を患った事から、人々の役に立ちたいと言う思いからだと聞いて皆は胸を打たれていた。
最早、何処までが嘘で真実なのかが分からないが。
人々の役に立ちたいと言う思いから、アリスティアが薬学を学んでいる事は本当だった。
クリスタにお祝いの言葉を言い終えたアリスティアは、ハンカチを口に当ててヨロヨロと倒れそうになった。
側にいたカルロスが、アリスティアの身体を支えて謁見の間を後にした。
大丈夫かとしきりに声をかけながら。
「 まあ!やはり体調がお悪いのは本当ですのね 」
「 学園の卒業プロムではお元気そうに殿下と踊ってらしたのに 」
「 皇后陛下へお祝いをする為に頑張られたのね 」
ここには学園の卒業生や生徒達もいるから、噂は混沌としていて。
嘘を真実に思わせる為の小芝居を二人で打ったのだった。
その割にはこの後の晩餐会では、美味しそうに料理を平らげる姿があったのだが。
***
晩餐会が終わり場所を移して舞踏会が始まった。
両陛下がファーストダンスを踊り終えると、オパール王国のローザリア第2王女とレイモンドが踊った。
これは転生前にはなかった事。
転生前には、この時はローザリアは来国していない。
なのでこの場でダンスを踊ったのはレイモンドとアリスティアだった。
そしてその後は……
外交官の女官であるニアン・オードリー伯爵令嬢が、仕事と称してずっとレイモンドの側にいたのである。
大事な外交の仕事だからと、アリスティアはこの舞踏会では我慢をしたと言う訳だ。
後に辛辣な言葉を言い放って彼女を泣かしたが。
ほほう。
転生前はオードリー伯爵令嬢が、レイに纏わり付いていたけれども。
流石に王女がいると彼女は近付けないようね。
ローザリアがレイモンドの腕に絡んで離さないから、ニアンはレイモンドに近付けないのである。
しかし。
いくら舞踏会と言えども外交官と言う立場の女官が、あんなに胸を強調したドレスを着るってどうなの?
ニアンが着ているドレスも転生前のドレスと同じだった。
自慢のナイスバディを強調したマーメイドドレス。
わたくしが怒り心頭だったのも当然ですわね。
この官能的な身体でレイに纏わり付いていたのだから。
今は第三者の目で見ているから落ち着いていられるが。
勿論、プロポーションにはアリスティアも自信がある。
その美しいプロポーションを保つ為に、ダイエットにも励んでいたのである。
だけど今はそんな事は気にしてはいない。
もう皇太子殿下の婚約者では無いのだから、食べたいだけ食べている。
大好きなスィーツもばくばくと。
かと言って以前みたいに太らなかった。
それには頭と身体を使うようになっているからか、自分の事は自分でするようになったからかは分からないが。
オスカーお兄様の言うとおりだわ。
あんなに美しい令嬢が胸を強調し、官能的なドレスを着てレイの周りをうろうろしてるのに、レイは平然としているわ。
他の男達は皆、ニアンの官能的な身体を舐め回すように見ていると言うのに。
アリスティアはまたもや柱の陰に隠れてウォッチング中だ。
宮殿の大広間にある柱は巨大だから隠れやすいのである。
ふむ。
ローザリア王女を見るのは転生前に泣かせた時以来だけれども。
やはり不細工だわ。
美しいレイと美しいオードリー伯爵令嬢の間にいるから、余計に。
……で、魔力が溜まるのかと思っていたが溜まらない。
王女はタナカハナコに匹敵する程に不細工な上に、身分も王女と言う聖女に匹敵する身分。
なので魔力の調節をする為には、丁度良い練習台になると思ってこの場にいるのだが。
「 これじゃあ、練習にならないわ 」
あのクネクネした木の方がまだましかも知れないわと言って、横にいるオスカーを見た。
アリスティアは実験に強力しろとオスカーに側にいて貰っていた。
瞳が赤くなれば頬を捻り上げて貰う為で。
「 俺はそのクネクネした木を見たいぞ!」
魔女の森に入りたいと、オスカーは常に言っている。
***
「 無礼ですわ! 」
その時、ローザリア王女の声が響いた。
レイモンドの前での、甘ったるい声とは随分と違う声。
結構ドスが効いている。
「 申し訳ございません。でも、無礼であろうとも敢えて言わせて頂きます。王女殿下が常にレイモンド皇太子殿下の側におられますので、わたくし達の仕事が捗りません 」
レイモンドがローザリア王女から離れた時に、ニアンがローザリア王女に忠告したのである。
それには理由があった。
この舞踏会だけではなく、執務中もレイモンドを呼び出すわ、会議室で会議をしていれば入室して来るわで、文官達はホトホト困っていたのである。
それはオスカーが嘆いていたように。
ニアン・オードリー伯爵令嬢は、ローザリア王国に滞在しながら王宮の外務省に勤務していた外交官だ。
勿論、ローザリア王女とも面識がある。
それ故に、彼女に苦言を呈してしまったのである。
それが間違いだったと気付いたのが遅かった。
「 はっ!そのいやらしいドレスでどんな仕事をすると仰有るの? 」
「 それは…… 」
「 貴女の仕事はレイ様を誘惑する事かしら?」
「 これはTPOを考えて流行りのドレスを着ているだけですわ 」
「 貴女……我が国でも、舞踏会ではそんなドレスだったわね? 」
だんだんとヒートアップしていくローザリア王女に、皆が慌てふためいている。
誰か止める奴はいないのかと。
しかし。
そこは王女。
これだけの剣幕を収められるのは両陛下か皇太子殿下だけ。
両陛下は他国の要人達と話をしていて、皇太子殿下は席を外したままだ。
ローザリア王女の侍女は、最早オロオロとするばかりで。
大臣達は「あちゃー」とした顔をして、関わらないようにと俯いたままに、お互いにひそひそと話をしている。
我が儘王女がこうなると手が付けられないのだ。
この来国も、国王に我が儘を言って無理矢理捩じ込んで来たのである。
「 貴女の国は我が国に娼婦を外交官によこしたのかしら? 」
「 !? 」
「 はあ!? 」
「 何だと!?」
この言葉には会場の皆は怒り心頭だった。
流石に我が国の外交官を、娼婦呼ばわりされてはたまったもんじゃない。
オパール王国ごときの小国の王女に侮辱される謂れはない。
「 王女殿下にご意見など、行き過ぎた事を致しました。申し訳ございません 」
娼婦呼ばわりされたニアンは真っ赤になって頭を下げた。
外交官として、他国の王女を怒らせるなんて事は以ての他。
「 今すぐ土下座して、わたくしに謝罪なさい 」
ローザリアが持っていた扇子をバッと広げた。
誰か。
会場の皆は辺りをキョロキョロと見渡した。
皆が一斉に誰かを探し出したのだ。
確か今夜はあの令嬢がいる筈。
前回と違って。
しかし。
何処にもその姿は確認出来ない。
「 先程は体調が悪そうだったから帰宅なされたのかも 」
「 もう、皇太子殿下の婚約者ではなくなったのよね 」
「 あんな不細工な王女に言いたい放題されるなんて…… 」
あの令嬢がこの場にいて下されば。
ニアンは……
王女の言うとおりに絨毯の上に座り、両手を付いて頭を下げた。
陛下がこの場に来るまでに、この場を収めなければならないと思って。
「 あら? 娼婦はどちらなのかしら? 」
ざわざわとしていた会場が一瞬にして静まり返った。
しかしその姿は見当たらない。
キョロキョロと皆が辺りを見回している。
疑われた女性達は、わたくしじゃありませんと首を横に振りながら。
すると。
声の主は何故か柱の陰から現れた。
ペンペンとブルーのドレスの裾を揺らしながら。
その凛とした姿は見惚れる程に美しい。
来たーーっ!!
姿勢を正し、王女に向かって真っ直ぐに歩いて行くのは我がエルドア帝国の悪役令嬢。
いや、アリスティア・グレーゼ公爵令嬢だった。
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