第11話 アリスティアからの手紙

 


「 アリスティアが魔女の森に消えた? 」

 執事の第一声にレイモンドとオスカーは驚いた。


 驚いたと言うよりも訳が分からなかった。

 今まで、魔女のまの字も聞いた事など無かったのだから。



「 旦那様は魔女の森に向かっております 」

「 アリスティアは何故魔女の森になど行ったのか? 」

「 私には分かり兼ねますが、旦那様から皇太子殿下とオスカー様に知らせるように申し遣って参りました 」

 執事はそう言って深く頭を下げた。



 今朝、オスカーから学園に行ったと聞かされた。

 元気になったのだと安心したばかりだったのに。



 皇太子専用の馬車で行くとなると、騎士を護衛につけないとならない事から、レイモンドは公爵家の馬車に乗り込み魔女の森に向かった。


「 もしかしたら、また妙な事を思い付いたのか? 」

 魔女の森に向かう馬車の中で、オスカーは腕組みをしながら頭を傾げている。



 アリスティアは昔から突拍子もない事をする令嬢だった。


 記者会見の日に、今日を最高の日にする為に朝日を浴びに行ったと言われたのなら、妙だと思いながらも、アリスティアならやりそうだと納得してしまう程に。


 人間を拾って来たり、売りに出ている店をいきなり買って来たりするのだから。



 魔女の森が近付いて来ると、公爵家の馬車が停まっているのが見えた。

 馬車の前にはハロルドと公爵家の護衛達が数人いる。


 魔女の森に入る川の前は林であり、人々の住む家が近くに無い事から人通りは全く無く、辺りはひっそりとしている。


 魔女の存在が恐れられている事もあって。



 馬車からレイモンドとオスカーが下りて来ると、ハロルドが急いでやって来てレイモンドに頭を下げた。


「 殿下!お越し頂けましたか。ご足労をお掛け致して申し訳ございません 」

「 ハロルド!一体何があったんだ? 」

「 親父。何故ティアがこの森に? 」

 橋の向こうの魔女の森を見やりながら、レイモンドとオスカーが立て続けにハロルドに聞いた。



「 殿下宛に、アリスティアからの手紙があります」

 ハロルドはレイモンド宛の封筒を渡し、家族宛の封筒をオスカーに渡した。


 渡された封筒から便箋を取り出すと、アリスティアの綺麗な文字が並んでいた。



『 魔女になった私は皇太子妃にはなれませんので、婚約を解消致させて頂きます。もしお会いする事があるとすれば、これからはレイの事はお兄様とお呼びする事に致します 』


 手紙を手にしたままにレイモンドは固まってしまった。

 あまりにも衝撃的な文面であった事から。


 婚約解消の文字が浮き上がって見える程に。



『 私は魔女です。これから魔女の森で修行をします。魔女の私は皇太子妃にはなれません。なので殿下との婚約は解消して下さい。慰謝料は何時か私が返しますので立て替えておいて下さい 』


 こちらは家族宛に書かれた手紙。

 オスカーはこの手紙をレイモンドにも見せた。



「 アリスティアが魔女とはどう言う事だ? 」

「 何だ?魔女って? 」

「 私にも何が何だか…… 」

 馬車の近くで立ち尽くしている御者を、ハロルドは手招きして呼び寄せた。


「 この者がアリスティアをここに連れて参りました 」

 ハロルドに呼ばれた御者は、アリスティアの魔女の森に消えるまでの道程の話をした。



「 床屋で? 髪を切った? 」

「 はい。床屋から出て来たお嬢様は、男みたいに短い髪でした 」

 その髪を売ったら、こんなにお金を貰ったと喜んでいたと。


「 髪を……売った? 」

 あの美しい髪を?


 ミルクティー色の少しくせのある髪は、アリスティアの自慢の髪。



 レイモンドは目眩がした。


 公爵令嬢が髪を短く切り、そしてそれを売るなどと言う事が、本当に有り得る事なのだろうかと。


 御者の話すアリスティアの話は到底信じられないものだった。

 先に御者からこの話を聞いていたハロルドは、ずっと眉間を押さえたままで。


 御者は青ざめた顔をしながら話を続けた。



 この森の前に到着すると、アリスティアは重い荷物を何個か持って魔女の森に入って行ったのだと。


 荷物は自分も知らない内に馬車に乗せられていたのだと言って、朝、馬車の中を確認しなかった事を御者は悔やんだ。

 何時も仕事を終えた夜に、掃除を兼ねて馬車の中を点検しているのだと言う。


 夜の内に、アリスティアの侍女デイジーが乗せた事が想像出来る。

 彼女はアリスティアの言い付けでスパイまでやっていたのだから。



 その後アリスティアの後を追い掛けて御者は魔女の森に入ったが、何度入ってもこの橋に戻って来るのだと。


「 私が付いていながら申し訳ありませんでした 」

「 頭を上げよ。お前のせいでは無い 」

 御者は土下座をして頭を地面に擦り付けた。


「 お前はもう下がりなさい 」

 御者を立たせたハロルドは、彼に馬車に戻るように命じた。



「 しかし、魔女って……あっ!? 」

 オスカーは見ていた手紙から目を離してレイモンドを見た。


 オスカーの瞳の色もアリスティアと同じヘーゼルナッツ色である。

 長兄のカルロスも同じで、兄妹皆が父親ハロルドと同じ瞳の色だ。



「 ティアの目が赤く光った時があった 」

 それは記者会見が中止になった日。

 レイモンドはブス専かと聞かれた時の事だとオスカーは言った。


「 目が赤く光った? 」

「 気のせいかと思ったんだが……確か魔女の特徴は赤い目だったよなっ? 」

「 ああ……そう言われている 」

「 じゃあ、やっぱり見間違いじゃなかったのか 」


 魔女は人間の突然変異だと言う事はレイモンドも知っている。

 時に出現する魔女を、皇家が監視下に置いている事から。


 皇宮の北にある魔女の森に、魔女リタを住まわせているのも、国にいる唯一無二の魔女を監視下に置く為である。



「 アリスティアが魔女になった 」

 その現実を受け止めらないレイモンドとオスカー、ハロルドの三人は暫くその場に立ち尽くすのだった。


 それからオスカーが魔女の森に何度か入って行った。

 しかし……

 真っ直ぐ森の中を歩いているのだが、いつの間にか橋まで戻って来ていると言う事を繰り返すだけだった。




 ***




 3人は一旦公爵邸に戻った。


 不安な顔をしながら3人を出迎えたキャサリンは、直ぐにアリスティアの侍女のデイジーを呼んだ。

 アリスティアの侍女は何人かいるが、一番親しくしているのはこのデイジーだからだ。



 この日デイジーは、アリスティアから休みを言い渡されて部屋にいた。

 なのでアリスティアの手紙を見付けたのは、この部屋を掃除をしに来たメイド達だ。

 

 メイドが慌てて手紙をハロルドの元へ持って行き、手紙を読んだハロルドが執事に命じてレイモンドとオスカーに知らせたのであった。



「 デイジー、ティアの事を殿下に包み隠さずにお話しなさい 」

「 はい 」

 アリスティアが魔女の森に消えた事を聞かされたデイジーは、震えながら話し出した。


 アリスティアの言い付けで鍋やフライパンや平民のドレスや靴などを買い揃えた事。


 アリスティアが何でも一人で出来るようにと練習していた事。

 昨日の夜遅く、アリスティアに命じられて荷物を馬車に乗せた事。

 今日は休みを与えられた事。

「 今まで有り難う 」と言ってハグをされた事を、涙ながらに話をした。



「 そう言えば……今朝ティアは俺にもハグをして来た 」

 オスカーがそう言うと、ハロルドに肩を抱き寄せられていたキャサリンはハンカチで涙を拭った。


「 そうよ。ずっと様子がおかしかったのよ 」

「 病のせいにしていたが……違ったんだな 」

 ティアは旅立つ準備をしていたのだと言うハロルドに、皆はまた涙した。



 デイジーを下がらせると、ハロルドはレイモンドに婚約の解消を申し出た。


 アリスティアが本当に魔女になったと言うのならば、アリスティアの覚悟が悲しい程に分かる。


 愛するレイモンドとの結婚を諦めなければならなかった理由も。


 魔女の森に行った理由も。


 魔女が皇太子妃に……

 やがては皇后陛下になるなんて有り得ない事なのだから。



「 待ってくれ。まだアリスティアが本当に魔女になったかどうかは分からない。先ずは彼女から話を聞くのが先だ 」

 そう。

 今のこの状況では何も分からない。


 兎に角、アリスティアが自分の意思でこの魔女の森に入ったのだと言う事だけが確かな事で。



「 そうだぜ親父。まだティアが魔女だと決まった訳ではないんだぜ 」

 オスカーも結論を出すのはアリスティアを捕まえてからだと言った。


 こうして婚約解消の云々の話は保留になった。

 レイモンドは両陛下にもこの話を告げない事にすると言って。


 アリスティアが魔女かも知れないと言う事は、グレーゼ公爵夫婦とオスカーとレイモンドだけの秘密にし、デイジーと御者にはアリスティアが魔女の森に行った事は、きつく口止めをした。



「 ティアのやつ。勝手な事をしやがって! 必ずや取っ捕まえてやる 」

 オスカーはショックを隠せないでいるレイモンドの肩を叩いた。




 ***




「 ティア……どうして? 」

 その夜。

 魔女の森の橋の袂で、レイモンドは乗って来た馬から下りた。


 あの後一旦皇宮に戻ったのだが。

 居ても立っても居られずに。


 護衛騎士も付けずに皇宮を抜け出し、たった1人で馬に乗ってやって来ていた。

 御供も付けずに行動する事は初めての事だった。


 何時もは品行方正であるレイモンドは、それ程までに冷静さがなくなっていた。



 ティア。

 どうして僕に黙って消えたんだ?

 婚約を解消だなんて……

 本気なのか?


 アリスティアが魔女になった事にもショックだったが。

 婚約を解消すると書かれていた事の方がショックだった。


 それはオスカーもハロルドも思っていた事で。


 アリスティアから婚約解消を言い出すなんて事は、天と地がひっくり返してもあり得ない事だったのだから。



 幼い頃から大好きで。

 大人になっても大好きで。

 嫉妬で身を焦がす程に、レイモンドの事を好きだったのだから。


 僕と会おうとしなかったのは、婚約を解消するつもりだったからなのか?


 今日は会えなくても。

 直ぐに会いに来ると思っていた。

「 レイ! 会いたかった 」と言って。


 こんな事なら無理にでも会いに行くべきだった。



 記者会見の日まではそんな素振りは全くなかった。

 前日の打ち合わせでは、あんなにも幸せそうな顔をしていたのだから。


 だから、この日のドレスを着こなす為に、ダイエットに励んだと言っていて。


 本当に楽しみにしていたのだ。

 二人の記念の日になる筈だったこの佳き日を。



「 ティア……一体君に何が起こった? 」

 レイモンドはアリスティアの手紙を手に、何時までも魔女の森を見つめていた。



「 レイ!だぁぁい好き 」


 その時、アリスティアの可愛らしい声がしたような気がして。

 魔女の森の高い木を見上げた。



「 何だよ……お兄様って…… 」

 レイモンドは独り言ちた。












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