第12話 思わぬ遭遇



 アリスティアが魔女の森に移り住んでから半年が過ぎた。


 暦は12月。

 寒い冬になっているのだが、この魔女の森は暖かかった。


 自然を司る妖精リタが住むこの森には季節の変化は無く、一年中温暖な気候が保たれていて。

 なので冬でも野菜や作物が豊富に採れるのである。


 そんな事から、冬は野菜が高値で売れるのだと言って、リタは張り切って作物の収穫にあたっている。



 そう、だ。

 アリスティアとリタの2人だけの生活をスタートさせた筈だったのだが、何時からか2人の魔女妖精も住み着いていた。


 タルコット帝国の魔女ロキと、レストン帝国の魔女マヤだ。



 ある夜、ベッドで寝ていたアリスティアの横に、1人の老婆が立っていた。


「 何じゃお前は? 」

「 ヒッ!? 」

 突然の声にアリスティアは飛び起きた。


 リタ様?


 続いてもう1人現れた。

 床からニョロニョロと。


「 何じゃお前は?」

「 *☆○◎※# 」

 アリスティアは心臓が飛び出る程に驚いた。


 2人の婆さんは戸棚を押して向こうの部屋に行ってしまった。



「 リ! ……リタ様! リタ様! 何者かがぁ!! 」

 アリスティアも戸棚を押してリタのいる部屋に突入した。


 もう、戸棚を押せる位の力はついていた。

 いや、開けるコツを覚えた程度だが。


「 煩いのう 」

「 煩いのう 」

「 煩いのう 」

 3人が順番にアリスティアの顔を見て眉を顰めている。


 まるで分身の術を使ったみたいに同じ様な顔をしていて。



 新しく現れた婆さん2人は2脚ある椅子に各々座っていて、リタはベッドの縁に座っている。


 アリスティアは自分の部屋の戸棚だけでなく、自分の椅子もリタに作って貰っていた。



 彼女達は2つある帝国の魔女達。

 いや、正しくは妖精達だが。

 話を聞けば定期的に3人で集まっていると言う。


 アリスティアの寝起きしている戸棚の向こうの部屋は、だと言った。


 帝国にある各々の魔女の森に繋がっている道なのだと。


 道が何なのかよく分からないが。

 妖精である彼女達が言うならそうなのだと思うしかない。


 この魔女の森は不思議な事ばかりなのだから。



「 定期的に集まっているですって? あの部屋は何百年も使ってなかったのでは? 」

「 何百年ぶりじゃが? 」

 何がおかしいのかと、リタが訝しげにアリスティアを見やった。


 そう、何千年も生きている妖精達には、何百年はそんなに長い時間では無いらしい。


 そして、今日この日が集まる日だったと言う。



 アリスティアはワクワクした。

 3人で集まって何の話をするのかと。

 何百年ぶりの話って何かしらと。


「 ……… 」

「 ……… 」

「 ……… 」


 無言だった。


「 何か積もる話は無いのですか? 」

「 無いのう 」

「 無いのう 」

「 無いのう 」


「 毎日作物を育てているだけなのに何の話があるのじゃ? 」

「 じゃあ、何の為に定期的に集まっているのですか? 」

「 まあ、生存確認じゃな 」


 何百年に一度の生存確認。

 流石は何千年も生きている妖精達だ。



 兎に角、皆にお茶を入れた。

 勿論、白湯ではなくて紅茶だ。


「 どうじゃ? 美味いじゃろ? 」

「 美味いのう 」

「 美味いのう 」

 リタがロキとマヤに自慢気にそう言った。


 ロキとマヤもどうやらリタと同じ様な生活をしていたようだ。


 生の野菜を食べて、白湯を飲むと言う。



 アリスティアは、ロキとマヤに夕食の残りの野菜と魚のシチューを出してあげた。


 勿論、アリスティアが作った料理だ。


 魚を釣り、それを出汁に野菜を入れて作った料理。

 アリスティアは、今ではちゃんと美味しい料理を作れるようになっていた。


「 どうじゃ美味いじゃろ? 」

「 美味いのう 」

「 美味いのう 」

 ロキとマヤが美味しそうにシチューを食べるのを、アリスティアは嬉し気に見ていた。



 そして2人の婆さん達から、アリスティアが何故ここにいるのかと言う事に興味を持たれた。


 魔女妖精は人間との関わりを持たないのだから。


 アリスティアはリタに話したことを一通り説明した。

 夜通しアリスティアの話を聞いたロキとマヤは、アリスティアに大いに興味を持った。


 リタと同じ様に。



「 嫉妬で魔女になったじゃと? 」

「 魔女に男はいないのはそれじゃの 」

「 人間の女は執念深いと言う事じゃな 」

 3人共に、何故魔女が現れるのかは分からなかったみたいで、アリスティアが魔女になった経緯に妙に納得されたのだった。



 そしてリタと同じ様に、アリスティアと世界がどうなるのかが見たくなったと言って、ここに居着く事に決めてしまった。


「 国に帰らなくても良いのですか? 」

「 さあ? 」

「 さあ? 」

 ロキとマヤは首を傾げた。


 長く国を開けた事は無いので分からないらしい。


 良いのか?それで。


 そして……

 彼女達が居着いた理由はもう1つある。


 アリスティアの作る料理が美味しかったからで。

 彼女達も野菜を生で食べていたのだから。


 こうして、使用人達から世話を焼かれる事が当たり前だった公爵令嬢のアリスティアは、婆さん3人の世話をする事になったのだった。




 ***




 リタの小屋の横に1軒、その横にもう1軒小屋を建てた。

 婆さん達3人がかりで。


 なので、同じ様な小屋が3軒横に並んだ事になる。


「 凄いわ。家も作れるのね 」



 そしてアリスティアは薬作りに励んでいた。

 植物が一年中採れるこの魔女の森には、森の奥深くに行くとあらゆる薬草があった。


 持参した薬草図鑑や皇立図書館から薬学の本を借りて来たりして、アリスティアの薬学の知識は相当なものになっていた。



 そう。

 アリスティアはちょくちょく皇都の街に出て来ていた。


 婆さん達が作った野菜と、自分が作った薬を売りに行き、売ったお金で必要な物を買って来たりして、魔女の森での生活を暮らしやすい物にしていた。


 皇立図書館にも行き、床屋さんで髪を切って来たりもしている。



 アリスティアが魔女の森に消えてから半年あまり。

 グレーゼ公爵家はアリスティアを捕縛しようと、魔女の森の入り口を警備の者達に見張らせていた。


 行き先が分かっている家出ならば捕獲は簡単だ。


 中に入る事が出来なければ、出て来た所を捕まえれば良いと言うのはオスカーの考えだ。


 しかし何故かアリスティアを捕まえる事は出来なかった。




 ***




「 ううう……寒いですわ 」

 暖かな魔女の森から出れば当然ながら寒い。


 クリスマスのイルミネーションで賑わう街に、アリスティアはコートを買いに洋品店に来ていた。



 今日は雪が降りそうだから、野菜を売りには行かないと言った婆さん達の代わりに野菜を売りに行っていた。


 勿論、自分が作った薬も。


 これが中々の高値で売れていて。

 よく効く薬だと評判になっている。


 レイモンドへの婚約解消の慰謝料は、父親に立て替えて貰わなければならないので、頑張って稼がなければならないのだから。



 まだ婚約は解消されていない事は分かっていた。

 街に出た時に見る新聞には、婚約解消のかの字もなかったからで。


『 体調を崩し記者会見をドタキャンした皇太子殿下の婚約者であるアリスティア公爵令嬢は、そのまま領地で療養中 』

『 国民達から上がる心配の声 』

『 皇太子殿下は婚約者の回復を待っている状況だ 』


 最初は心配する声も上がったが。

 最近では婚約解消を望むニュースも上がるようになっていた。



『 長引くアリスティア公爵令嬢の療養。皇太子妃として問題はないのか!? 』

『 政府は新しい婚約者を模索中 』

『 貴族達からは婚約解消を望む声 』


 様々な憶測の記事が載るようにもなっていたのだった。



「 直ぐに着るから包まなくても良いわよ 」

 洋品店で選んだのはベージュ色のフードのあるコート。


 令嬢の言葉使いも止め、髪は短く切っている事から、今のアリスティアはどう見ても平民の女。

 万が一の事を考えて何時も深くフードを被っている。


 平民が着るワンピースに平民が履くペッタンコのブーツ。

 その上にフード付のコート。


 きっとお母様がこの格好を見たら泣くわよね。



 お金を払って店を出るとガヤガヤと周りが騒がしくなった。

 いつの間にかやって来ていた沢山の騎士達が、皇太子殿下を見ようと群がる人々を整理し出した。


 ドキンと心臓が跳ね上がる。


 もしかしたら……レイ?


「 皇太子殿下が白馬に乗ってお通りになるみたいよ 」

 キャアキャアと女性達が騒ぎ出した。



 レイモンドとは転生して来てからは勿論会ってはいない。


 最後に見たのは最期の時。

 自分が死ぬ前の悲し気な顔をしたレイモンドだ。



 少しだけなら。

 ちょっとだけなら。


 アリスティアは柱の陰に隠れて、コートのフードを深く被った。


 アリスティアの前にはどんどんと人々が集まって来て、あっと言う間にキャアキャアワーワーと大変な人垣が出来た。


 やがて一段と歓声が大きくなった。


 そこに白馬に乗った皇子様が現れた。

 紺の軍服姿に、肩に掛かった赤いマントを翻しながら。


 格好良い。

 好き。



 久し振りに見る皇子様の姿にアリスティアはうるうるとした。


 キラキラと輝く蜂蜜色の黄金の髪。

 その凛々しくも美しい横顔。


 ゆっくりと進んで行く馬上のレイモンドに、アリスティアは熱い視線を送った。



 その時、アリスティアの目の前がオッサンの背中になった。


 わたくしのレイが見えないじゃないの!


 プンスカしながら、オッサンの横からヒョイと顔を出した時。

 レイモンドと目が合った。

 ……ような気がした。


 アリスティアは慌ててオッサンの陰に隠れた。


 まさかね。

 これだけの人がいる中で、わたくしが分かる訳が無いわ。


 アリスティアはそーっとオッサンの横から片目だけを出した。


 えっ!?こっちを見てる。

 嘘でしょ?



 アリスティアは更にフードに顔を隠し、踵を返して人混みを掻き分けながらその場から立ち去った。


 少ししてから後ろを振り返ると、馬車が通り過ぎるのが見えた。

 その後には人垣があるだけで、誰も追っては来ていなかった。


 良かった。

 やっぱりバレて無かったわ。

 わたくしの勘違いね。



 馬車置き場に戻ると、停めていた荷馬車に乗り馬を走らせた。

 アリスティアは荷馬車を運転出来るようにまでなっていて。


 この半年間ですっかり逞しくなっていた。


 元々乗馬を嗜んでいた事から馬の扱いには馴れていて、練習したら荷馬車には直ぐに乗れるようになった。



 春になれば、レイモンドと馬に乗って遠乗りをしていた事を思い出す。


 もうこれからはそれも出来なくなるのだと。



 ガタゴトと荷馬車を走らせながら、アリスティアはこの時期の事を考えていた。


 確かオパール王国から王女が来たのよね。

 外交として。

 本当はレイ狙い。


 王族が来国すれば、何時も皇太子であるレイモンドが出迎えに行く事になっている。


 おそらく馬車に乗った王女を先導して来た所だろう。

 レイモンドの後ろにいる馬車からは、手を振る王女の手袋を嵌めた白い手が見えた。



 転生前のクリスマス舞踏会では……

 レイモンドとダンスを踊った後でも、ずっとレイモンドから離れようとしない王女をアリスティアは嗜めた。


「 オパール王国では、婚約者のいる男を誘惑するのが外交なのかしら? 」

 ……と、辛辣な言葉を言い放って王女を泣かせたのである。


 王女と言えども平気で蹴散らす女。


 それがレイモンド皇太子殿下の婚約者、アリスティア公爵令嬢なのだと社交界に知らしめたのである。



「 ……… 」

 思い出しただけでも恐ろしい。


 こんなわたくしが側にいたら外交なんか出来ないわよね。


 もしかしたらレイは王女と婚約するかも。

 あの王女。

 かなり不細工だったから。


 あの時。

 レイは王女に胸キュンだったのかも知れないわ。

 わたくしがいたから隣で苦笑いをしていたけれども。



 だけど……

 やっぱり結局は半年後に現れるタナカハナコに掻っ攫われるのよ。


 王女もには勝てないわ。


 だって同じ不細工でも、タナカハナコは世界を救う救世主なんですもの。



 気が付けばアリスティアは魔女の森の前まで来ていた。


「 ティア! 」

 その声はレイモンド。

 愛する男の声を忘れる筈もなく。


 やはり気付かれていた。

 何で分かったのかしら?



「 ティア!待って! 止まってくれ! 」

 アリスティアは、振り返らずにそのまま荷馬車を走らせ続けた。


「 ティア! お願いだ! 僕と話をしよう!! 」

「 話しなどございませんわ! 」

「 アリスティア! 」

「 キャー!!!」


 アリスティアは叫びながら馬車を走らせ、追ってくるレイモンドを振り切り、橋を渡って魔女の森に消えた。



「 アリスティア! 」

 レイモンドの声が遠くに聞こえる。


 後ろを振り返ると……

 木々が道を閉ざしている所だった。

 ササササと地面を這うようにして。



 今は何もないわ。

 これから……

 これから起こるのよ。


 これは貴方の願い。

 貴方が時戻りの剣をわたくしに使ったのだから。


 アリスティアは……涙を拭った。



 リタが天の声を聞くまで後半年。

 聖女が異世界から現れるまで後7ヶ月。










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