第6話 未来は変えられない



 恥ずかしいですわ。

 このローブの下はスッポンポン。

 前が湖で良かった。


 因みに湖の向こう側は森林だ。


 散々泣いたアリスティアは妙にスンとしていた。

 心の中にあった辛くて悲しい想いが涙と一緒に流れて、今は空っぽだ。



 そして……

 生きていればお腹も空くし排便もしたくなる。


「 これが生きていると言う証 」

 アリスティアは降り注ぐ太陽の光に感謝した。


 両手を空に伸ばして身体中に陽の光を浴びる。


 ローブの下はスッポンポンだと言う事を忘れて。

 いや、初めてのスッポンポンの気持ち良さを体感して。



 しっかりとローブを身体に巻き付けて、リタのいる小屋に戻ればリタは何かを食べている。


「 あの……わたくしにも…… 」

「 腹が空いたら自分で取って来い 」

 外に畑があるからと言って、リタはムシャムシャと咀嚼しながら、小屋には一つしかない小さな窓を指で指した。


 取って来る?

 リタ様は何を食べてるのかしら?



 小屋の裏に行くと、そこ一面が畑だった。

 色とりどりの野菜や穀物がたわわに実っている。


 小屋のボロさとこの豊かな実りが反比例しているかのように。


「 これは妖精の力? 」

「 そうじゃ 」

 リタが小さな窓から顔を出した。


 手にはジャガ芋を持っている。

 アリスティアはジャガ芋でさえ見た事は無い。


 それがとても美味しそうに見えて。

 アリスティアは、目を輝かせた。



「 リタ様が食べてるのは何ですか? それは何処にありますか? 」

「 これはジャガ芋じゃ。そこの茎を引っ張ってみな 」

「 はい 」

 アリスティアはリタが指差した場所の茎を引っ張った。


 ううう。

 抜けない。


 学園の鞄さえも侍女が持つ公爵令嬢に、力がある訳がない。



「 リタ様! 抜けませんわ 」

 世話が焼ける奴じゃと、ぶつぶつ言いながら畑にやって来たリタは、ジャガイモの茎を引っこ抜いてくれた。


 するとボロボロと大きなジャガ芋が現れた。

 一つの茎に沢山の実り。


「 まあ!可愛いですわ 」

「 そこの川で洗って土を落としてから食べるんじゃぞ 」

「 はい 」

 調理をしなくても美味しいのかしら?


 アリスティアは小さな緑色のジャガ芋を持って川に急いだ。



 兎に角早く食べたい。

 生きている事をもっと実感したい。


 生きる事は食べる事。


 しかし、カリリとジャガイモを可愛らしい口でかじったら。

 美味しくなかった。

 全く。



「 リタ様。これは食べれませんわ 」

「 一流シェフが調理したものばかり食ってるからじゃ! 」

 何故か叱られた。


 それはごもっともだが、食べられない理由はそれだけでは無いような?


 アリスティアはそれでも頑張って食べた。

 それが生きる事なのだからと。

 流石に2個は食べなかったが。




 ***




「 今のわたくしは魔女ではないのですね? 」

 一年前なら魔女ではない筈だ。


「 残念ながらお前さんはもう魔女じゃ。さっきも言ったようにお前さんの身体には一年後のお前さんがいる。身体はただの器に過ぎないのじゃからな 」

「 ……そんな…… 」

 アリスティアはヨロヨロと後退りしながら、ベッドの縁に腰掛けた。


 確かに。

 先程、タナカハナコの顔を思い出した時に、身体に熱が溜まるのを感じた。



 わたくしは今はもう魔女なのね。


「 これからどうすれば…… 」

「 魔力の調節をして、自分でコントロール出来るようにならなければならないのう 」

「 魔力のコントロールなんて出来るのですか? 」

「 さあな。しかし魔力の暴走を防ぐにはやるしかないじゃろ? 」

「 一体どこで? どうやって…… 」


 魔力の調節やコントロールなんて言われても、どうやってそれをするのかの検討も付かない。



「 ここに来れば良いさ 」

「 ここに? 」

 ここは魔女の森。

 魔女は人とは関わらないと聞いた。

 いや、妖精か。


「 わたくしがここに来ても良いのですか? 」

「 ああ、乗り掛かった船じゃ。いやもう一緒に船に乗ったがのう 」

 リタは上手い事を言ったとファッファッと笑った。

 全然面白くなかったが。



 魔女が何かだなんて知らない。

 あの惨劇を防ぐにはもっと知らなければならない。

 何千年も生きて来たリタがいるならこれ程心強い事はない。


 因みに魔女の寿命は人間と同じだと聞いて安心した。

 流石に何千年も生きたくはない。

 妖精であるリタと違って、魔女はちゃんと人間なのである。



「 もしかしたら、未来は変えられますか? 」

 アリスティアは時間が巻き戻った事で、未来が変わるのかもと考えた。


 そもそもタナカハナコが現れなければ、こんな事にはならなかったのだから。


「 いや、未来は変えられぬ。我々3人には必ずや天のお告げがあり、聖女は異世界から現れるのじゃ 」

「 では、どう足掻いても、レイとタナカハナコが結婚をする事は変えられないのね 」



 それは……

 レイがタナカハナコと恋に落ちる未来。


 それさえなければ、世界を救うタナカハナコを応援出来たのに。

 同い年である異世界から来た彼女と、仲良くなれたかも知れない。



 


 変えられるのはわたくしが聖女を殺らない未来。

 いや、これだけは変えなければならない未来なのである。


 嫉妬をしないように。

 たとえ嫉妬をしても魔力を調節出来るように。


 そもそも嫉妬をしない自信はない。

 今でもタナカハナコの顔を思い出すだけでも、身体の中心に熱い魔力が集まって来るのだから。



「 それよりも、お前さんの家族はお前さんを探しているのではないのか? 」

「 ……あっ!? 」

 そうだった。


 突然消えたのだ。

 朝、起きる時間にベッドで寝ていないのだから、今頃大騒ぎをしているに違いない。


 ましてや一年前ならばまだ学生だ。

 これは一度は帰らなければならない。



「 もう一つ聞いても良いですか? 」

「 何じゃ? 」

「 わたくしの瞳の色は、赤いですか? 」

「 いや、薄い緑色じゃが? 」

「 魔女は赤い瞳が特徴だと聞きましたが? 」

 地上にいた人々から、赤い目だと言われた事を思い出す。


「 瞳の色は、魔力の強さで赤くなるのかも知れんのう 」

 赤い瞳を瞬かせながら、リタはそれは分からないと言った。


 この赤い瞳も変身能力かしら?



 兎に角、今はヘーゼルナッツ色の瞳の色なので、ホッとする。

 これはお父様と同じ色。


 赤い瞳のままで家に帰りたくはない。


 赤い瞳になった経緯なんかとてもじゃないが話せないし、話した所で誰も信じてはくれないだろう。


 色んな事はそれから考えよう。

 先ずは邸に帰って皆を安心させなくては。

 


 アリスティアは急いで木に引っ掛けてあるネグリジェと下着を取りに行き、それを着た。

 まだ昼前だからあまり乾いてはいなかったが。


 取りあえずはスッポンポンの心許ない姿からは解放された。



「 でも……この格好で帰るなんて…… 」

 公爵令嬢がネグリジェ姿で外を歩くなんて出来ない。


 ましてやこの美貌だ。

 1人で歩いていれば絶対に誘拐される。


「 空飛ぶ箒は無いのですか? 」

「 だから、わしは魔女ではないと言ったじゃろ? 」

「 だったら、瞬間移動の魔法とか? 」

「 わしらにあるのは変装能力だけじゃと言った筈じゃ 」

「 フン! 使えないわね 」

 先程までの憔悴振りは何処へやら、帰宅するとなればアリスティアは本来の公爵令嬢に戻っていた。


 手を腰にやり偉そうだ。



 そんなアリスティアを見たリタは、クックと笑って変身した。

 変装姿は下男。


「 !? 」

 凄い。

 服装まで変わるのが不思議だ。

 これが妖精の変身術なのだと感嘆する。


 でも顔はそのままなのね。


 アリスティアは、先程までスッポンポンの身体に巻き付けていたローブを羽織った。

 ネグリジェの上から。

 これだけでも少しは違うだろうと。




 ***




 魔女の森は皇宮の北にある。

 魔女を政府の管理下に置く為に、この場所が与えられているらしいが。


 何せ千年も前からリタがこの森にいるのだから、どちらに所有権があるのかはもはや有耶無耶だ。


 皇都にある公爵邸へはここから馬車ならば2時間位はかかる。

 歩いて帰るならばもっとだ。


 何時も馬車移動の公爵令嬢が歩いて帰れない距離。


 

 その時、リタが小さな荷車を馬に引かせて戸口までやって来た。


 荷台には野菜が積んであり、街に行くついでに売りに行くと言う。

 野菜が美味しいからと、何時も買ってくれる飲食店があるのだとか。


 凄いわ。

 妖精のくせにちゃんと生計を立てて生活をしているのね。


 なので、皇都の街にはリタも時々出て来ていると言う。

 この下男の姿で。


 成る程。

 これなら分からない筈だ。

 下男にしか見えないのだから。



 その時、頭の中に浮かんだある疑問に顔が青ざめた。


「 リタ様は男では無いでしょうね? 」

 さっきの魔女が変装した姿ならば、もしかしたらこの下男が本当のリタなのかもと。


 だったら裸を見られた事になる。

 まだレイモンドにさえ見せていないこのシミ一つ無い自慢の裸体を。


 いや、もう見せる事はないのだけれども。



「 わしら妖精は妖精じゃ。男でも女でもないわい! 」

 リタは不愉快そうにそう言った。


 良かった。


 妖精は男でも女でも無い事には驚きだが。

 リタが男だったら、この先ここに来る事も出来ない所だった。



 アリスティアは野菜が乗せてある荷台に乗った。

 ガタガタと乗り心地は最悪だったが。


 それでも歩いて帰るよりはマシで。

 何せ普段の移動は全て公爵家の豪華な馬車。

 長く歩いた事など無いのだから。



 不思議な事に、魔女の森には道が無かった。


 進行方向にある木々が、馬車が近付くと突然左右に分かれて道を作るのである。

 そして馬車が通り過ぎると分かれた木々が元に戻っている。



「 道が無いから誰もここには入っては来れないのじゃ 」

「 凄いわ 」

 その光景が面白い。


「 じゃあ、わたくしが今度ここに来る時はどうしたら良いのかしら? 」

「 もう、木々がお前さんを覚えたから、自然にお前さんの前に道が出来るのじゃ 」

「 木々がわたくしを覚えてるの? 」

 アリスティアは何だが嬉しくなった。


 流石は自然を司る妖精だ。

 アリスティアは森を改めて見渡した。

 緑が眩しい程の深い森だ。



「 また来るわね 」と言って木々に手を振った。




 ***




 荷馬車は公爵邸の門の前に到着した。

 アリスティアが下りるとリタはさっさと行ってしまった。

 プンプンと怒りながら。


 アリスティアが何度も道を間違えてしまったから、野菜を持って行く店が閉まると怒り心頭なのである。


「 お前さんは自分の家も分からないのかっ!? 」

「 御者がいるのだから道なんか知らないわよ! 」

 行き先を言えば御者が乗せて行ってくれる日常では、道なんか覚える必要なんか無いのだから。



「 あんなに怒らなくても良いと思うわ! 」

 フンッと手を腰に当ててアリスティアが振り返ると、門番と目が合った。


 そこにはグレーゼ家の護衛達も大勢いて。

 どうやら、今からアリスティアを捜索しに行く所だったようだ。


「 お嬢様!ご無事でしたか? 」

 皆がアリスティアを見て跪いた。


 安堵の表情を浮かべながら。


 そこにはあの時、魔女アリスティアを大聖堂に追い詰めた騎士達がいた。


 アリスティアが引き取って来た者達だ。

 デイジーの弟もいる。


 引き取った彼等の中には騎士になった者もいて。

 皇宮に嫁いだアリスティアを守りたいと言って。


 お前達……

 あの時泣いてくれていたわね。

 有り難う。


 アリスティアは涙をぐっと堪えた。



 実はここに到着する前に洋裁店に寄って来た。

 靴も買わなければならなかったからで。


 流石にネグリジェ姿で裸足での外出は、何の言い訳も思い浮かばない。


 リタが立寄ったのは勿論御用達店ではなく、一度も訪れた事の無い既製品しか売ってない庶民の店だった。

 お金はリタが持っていた事から立て替えて貰った。


 お金を自分で支払ったのは初めての事。


「 生きるって素晴らしいわ 」

 アリスティアは自分でお金を払った事に、大いに興奮した。



 この日は休日だった事を門番から聞き出した。

 だったら侍女のデイジーが、アリスティアがいない事に気が付くのは昼前の筈。


 何時も学園の休みの日の朝はゆっくりだ。



「 アリスティア!お前は何処に行っていたんだ! 」

「 ティア!良かった無事なのね? 」

 正面玄関から、父親のハロルドと母親のキャサリンが飛び出して来た。


 アリスティアを抱き締める二人の安堵の表情が、どれだけ心配していたのかが分かる。



 部屋にいなかったのは、朝日を見に行っていたからだと言う事にした。

 朝早くに目が覚めたので、裏山に朝日を浴びに行ったのだと。


 魔女の森ではちゃんと朝日を浴びたので、強ち嘘ではない。



 しかしそれは誰も信じる事が出来ない言い訳だった。

 普段のアリスティアは、日に焼けるのは肌に良くないと言って太陽など全く関係の無い生活をしていたのだから。


 それでも無理矢理それを押し通した。

 それしか朝早く姿を消した理由が思い浮かばない。



「 朝日を浴びて気持ち良かったですわ 」とホホホと笑いながら、デイジーに湯浴みをする事を指示した。


 この追及の目から逃れる為と、湖に落ちた時の身体の生臭さを洗い流したい。



「 貴女……今日が何の日か忘れたの? 」

 キャサリンはずっと眉をしかめたままだ。


「 今日? 」

「 今日は記者会見の日だったでしょ? 殿下と貴女の結婚式の日を発表する日だったのよ 」



 そう。

 レイモンドはこの日にアリスティアを転生させたのだ。


 二人の一番幸せだった日に。








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