第十九話 脅し迫られる

 病院の受付で神楽坂の病室を聞いた鬼塚たちが部屋に着いた頃、病室の中で後藤が医師と会話をしていた。しかし、そのことを知らなかった鬼塚と熊谷は焦った様子で病室に駆け込む。

「神楽坂さん‼︎」「かぐっちゃん‼︎」

 すると、後藤は声に驚きながら二人の方に振り返り、静かにするよう注意する。

「焦る気持ちも分かるが、ここは病院だから少し声を落として欲しい。」

 それを聞いた二人は謝罪すると、後藤と一緒に居る医師が視界に入った鬼塚は一瞬だけ目を見張っていた。

「おにちゃん、どしたの?」

「……いや、何でも無い。」

 会話が一段落したと察した医師は二人に問い掛ける。

「今、後藤さんに神楽坂さんの容態を説明していたところですが、改めてさせて頂いても宜しいですか?」

 医師の問いに二人は顔を見合わせると首を縦に振り、医師は軽い自己紹介をした。

 彼は物部 小説と言い、神楽坂が病院に運ばれた際に検査しその後に後藤と会話をしていた医師だ。

「まず、後藤さんにお話ししていることをお伝えします。神楽坂さんの現時点での容態なのですが、自発呼吸もあって身体には損傷一つ無い……けど、起きる気配が無さそうなんです。」

 物部の言葉に二人は目を見開き、物部は続ける。

「考えられる検査は出来る限り施したのですが、薬物などの反応は見られなかったね。恐らく……「異常か。」……そう。」

 鬼塚は説明を続けていた物部に割って呟くと、物部は頷き後藤は顎に手を当てた。

「何らかの異常を使用された線が妥当ということだね……。」

「私は異常者じゃ無いから分からないんですが、そのような異常を持った異常者が居るんですか?」

 そう言った物部は目を爛々と輝かせて3人を見ており、自然と目を合わせた3人は物部を不審に思うのと同時に心当たりが無いので複雑な顔をしていた。

「……済みません、場違いでしたね。」

 3人の顔を見て我に返った物部は目を伏せてそう言うと、神楽坂の寝ているベッドの横に置いてある椅子に腰掛けた熊谷が神楽坂を見つめた後に物部に視線を移した。

「かぐっちゃんが起きる見込みってあるの?」

「それは……。」

 物部自身が非異常者ということもあってか、彼は口を噤んだ。だが、神楽坂の状態がただの睡眠と変わらない様子なので恐らく十分に睡眠を取れば自然に目覚めるだろうという推測を語っていた。

 その説明に対して鬼塚は何故か物部が言葉を伏せていると感じ取ったが、あえて言葉に出さなかった。

 ふと後藤が窓の外を見ると、街灯りが消え始めているところだった。

「神楽坂くんのことが気に掛かるが、少し場所を移してから話そう。」

 そして、それから3人は物部に会釈をし病院を後にして駐車場へと場所を移した。そう、熊谷がこの事件に関与し始めた目的を聞く為だ。


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 悟の指示通りの場所に着いていた神楽坂は人気の無い古びたコンクリートの建物に車を置いた後、敷地内へ歩みを進めているところだった。

「ねぇ……、神楽坂君。ぼくの事、何処まで解った?」

「‼︎」

 入り口から少し歩いた所で誰かが神楽坂に呼び掛ける声が聞こえ、薄暗い視界の中こちらに向かう足音だけが響き渡る。

 段々とその音が近付いてくるのと同時に、穴の空いた天井から月光が射し込むと顔が露わにった。

 その声の主は、神楽坂を呼び付けた張本人、峰松 悟だった。

「久し振りだね、神楽坂君。本当に来てくれるなんて、お人好しにも程が有るんじゃない?」

「久し振りだな。……呼び出しに応えなかったら応えなかったで、何かされると思ったからな。それに……。」

 神楽坂は言葉を止め、悟を薄目で見て視線を逸らした。

「嫌だなぁ、その同情するような目。」

「……同情じゃない。」

 そう言いながら目を合わせようとしない神楽坂を他所に、悟はまた無邪気な顔になって本題を切り出した。

「まぁ良いやそんなこと。それよりさ、率直に言うけど……ぼくの事、もう放っておいてくれないかな?」

「!……そんなこと、引き受けられる訳が無いだろ。」

 突然の話に神楽坂は即座に否定する。事件の首謀者かもしれない人間をこのまま見過ごしてしまったら、被害者が増えてしまう恐怖を感じたからだ。

 身構えながら睨んでいる神楽坂に対して、悟は答えが分かっていたような顔をすると言葉を返した。

「あ、そうだ。神楽坂君の妹さん、妊婦さんなんだってね。」

「‼︎お前……、何処でその話を……?」

 身内にしか伝えていない情報を知っている事に神楽坂は目を見開き、声を震わしているのを聞いた悟は質問を無視して目を細める。

「簡単に言うと……。」

 そして、言葉に表せない程の更に不気味な笑顔を浮かべた。

「これ以上わたしを嗅ぎ回ったら、赤ちゃんもろとも妹さんを鬼神君に喰べさせちゃうよ?」

「っ……⁈」

 悟の口から飛び出した衝撃的な言葉に神楽坂は動揺を隠せず声も出す事が出来なかったようで、その後も峰枩は言葉を続けた。

「……安心して。ぼくのお願いを聞いてくれたら、実行はしないから。」

「……お前の言葉を信じろって言うのか?」

 怒りと恐怖が混ざり合って自然と声が震えている。目の前に居る人間に、こんなにも嫌悪感を覚えているのが自分でも驚く程だ。

「実行しないって言ってみたのも何だけど、実を言うともう手遅れなんだよね。」

「!彩花に何をしたんだ⁉︎」

 焦る神楽坂に悟は嫌に優しい笑みを浮かべながら話し出す。しかしそれは微笑みなどでは無く、いつかの公園で会った時に見せた、ただ口角を上げただけの冷たい笑い方だった。

「我ながら用意周到な自分を褒めたくなるよ。」

 そう言って悟が語り出したのは、神楽坂の妹の命と彼女の妊っている子供の命を同時に握っていると言うことだった。

 予想打にしない言葉に神楽坂は理解するのに時間を要して黙っており、それを他所に悟は語り出す。

「鬼神君にも色々な異常を持った子が居るんだ。あ、実はね、神楽坂君の妹さんとはわたし(峰松 悟)として面識があったんだよ。」

 呆然と立ち尽くしている神楽坂はショックを抑えきれず肩で息をしており、返答する余地も無い様子だった。

「…………まぁ、話したい事はそれだけだから、わたしはもう帰ろうかな。」

 そう言って悟は人を馬鹿にした様なニヤケ顔のまま神楽坂の横を通り過ぎ、彼の肩を軽く叩いた。

「……っ待て……!」

 肩を叩かれ我に帰った神楽坂だったが、悟を引き止めようと振り返ろうとした瞬間に背後に居た存在に気付かず、抵抗の余地無く視界を奪われた。

 辺りが暗いので詳しくは分からなかったが、視界を奪われる瞬間に見えた掌は子供のような小ささだった。

 神楽坂の顔に触れたその手は柔らかい感触だが、それは一瞬の感覚で、それよりも手の冷たさが勝っていた。

[眠れ。]

 神楽坂の視界を奪った人物が命令するように彼の耳元でそう囁くと、背後に居る人物の正体も分からないまま神楽坂は急な眠気に襲われ、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ち地面に倒れた。

 彼自身、何が起こっているのか解らない様子で、冷たい地面に横たわりながら睡魔と闘っていたが、段々と意識も薄れ重くなる瞼に抵抗できなくなっていた。

「そうそう、言い忘れてた。ぼくが邪魔だからって殺しちゃうと、……神楽坂君の妹さんも死んじゃうよ。」

 それは、神楽坂が意識を失う前に聞いた言葉だった。

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