第十八話 探り出される

 熊谷の案内を頼りに目的地に向かっている暫くの間のこと。

「熊谷、神楽坂さんはそこから移動しているのか?」

 焦る様子で車を走らせている鬼塚は、神楽坂の居場所を特定する為に未だ虹彩を薄黄緑色に輝かせている熊谷に尋ねた。

「んや。かぐっちゃん、建物の周辺からあんまり動いてないね。」

 そしてふと、鬼塚は熊谷の持っていた神楽坂と鬼塚の顔写真が貼り付けられ名前が書かれたメモ帳のページが目に入る。

「!……お前、それ何処で撮ったんだ?」

「(ぁ、やべ……。)んまぁ?どこでも撮るタイミングはあったからね⁇」

 何か誤魔化すようにメモ帳をパタリと閉じ平静を装って返答した熊谷だが、その顔は明らかに引き攣っており目を泳がし声も上擦っていた。

「…………。(事件が終わったら盗撮犯として捕まえるべきか……?)」

 熊谷に対してそんなことを思いながら鬼塚は一瞬だけ呆れたような顔をすると、神楽坂に追いつくために車のスピードを上げた。


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 それは、鬼塚たちが神楽坂の居場所を突き止め車を走らせ始めた時のことだった。

 幼い印象を受ける性別の特定の出来ない中性的な声の人物から「人が倒れている。」と通報を受けた後藤は救急隊員と共に現場を訪れることを決めた。

 何故、後藤が自ら現場へ赴こうと思ったのかというと、彼に直接連絡が来たというのもあるが電話の相手に名前を尋ねる前に通話を切られてしまった為、事件の可能性を疑ったからだ。

 警察署の方から10分程度かかる場所に有る人気の無い古びたコンクリートの建物に辿り着いた後藤はパトカーから降りると、通報者を探す為に救急隊員を連れて建物内へと入る。

 辺りは静寂で薄暗い視界の中に足音だけが響き渡り、老朽で崩れ落ちたのか所々で穴の空いた天井からの月光と懐中電灯だけが頼りの空間が広がっている。そんな場所を隈なく見渡しながら進んでいると、見覚えのある人影が地面に倒れ込んでいるのを発見した。

「!……神楽坂くん⁈」

 それから数分間、神楽坂以外に倒れている人が居ないかをサーマルカメラのような温度検知ができる異常を持った隊員が当たりを見回したが人の気配が無かったらしい。

 だが、恐らく通報された倒れている人物は彼で間違い無いだろうと判断できた。

 神楽坂の呼吸や脈は有るが一向に起きる気配が無い為、まずは病院に運ぶべきだと考えた後藤は通報した人物が誰か気になりながらも彼を病院へ運ぶよう救急隊員を先に出発させると、鬼塚へ報告しようと電話を掛けた。


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 神楽坂と接触した後、古びたコンクリートの建物から脱出した悟は、とある廃マンションの屋上で海を眺めていた。

「うーん、ちょっとやり過ぎちゃったかな?……けどそれより、面白かったなぁ。神楽坂君の驚いた顔。」

 不意に悟は独り言を呟いた。が、何者かに向かって話し掛けているのか反応を伺っている素振りを見せている。が、反応は無い。それを気にせず続けると、唐突に声が響いた。

「悟だって、今は納得してるんで “ 悟は……、いつも、強引過ぎるよ。 ” ……む。」

 それは、亡くなった筈の兄、峰枩 悟の声だった。そして、反応が有ったのを感じ取ると悟は他の質問を投げ掛けた。

「……あの人、少しは大人しくなるかな?」

 家族としての距離が近いからか、妹の顔を見た峰枩は直ぐに理解した。彼女がそう言いながらも、神楽坂が追い掛けて来るのを楽しみに待っている事が。しかし、峰枩は少しはぐらかした様子で答える。

“ ……ど、どう、……だろうね。 ”

 二人が会話している中、また声が響いた。

[恐らく、また直ぐに止めに来るだろうな。]

 〝それ〟が発する声は、レフィクルやナタスと似たような人間とは定義し難い雑音の混じった不気味な声だ。

 その声に悟は笑顔で話を振った。

「あ、そうだ。どうだった?久し振りの再会は。何か変わった所あった?」

 嬉しそうにこちらを見ている真意が分からず、〝それ〟は冷静に聞き返す。

[……何のことだ?]

「あぁ、〝今は〟覚えてないんだね。」

[…………。]

「くくく……。」

 二人の摩擦が起きそうな様子を見ながら峰枩は呆れて注意する。

“ 悟、揶揄ったら……、駄目、だよ。 ”

「揶揄ってない。」

 ふと、峰枩は改まったように妹の名前を呼んだ。

“ ……ねぇ、悟。 ”

「?」

 そして、言葉を続ける。

“ また、ちゃんとした普通の暮らしに戻れるよね? ”

 その言葉に、悟は前を見据えながら呟く。

「……その為の、鬼神と悟の異常だよ。」

“ 悟ばかりに背負わせて、本当に情けないよね。……ご、ごめ「聞き飽きた。」……。 ”

 兄の謝罪を、兄のこの言葉を、今まで何回聞いただろうか。

 生まれてくるのがほんの少し早かっただけの癖に、今はもう身体の無い、わたしの側でしか生きられない只の霊体の癖に、無駄に責任を感じたがる。

 ……わたしは、兄のこういうところが〝嫌い〟なんだ。



 ————時々、思うことがある。「一体、何処から可笑しくなったんだろう」と。


 ぼくが異常を持って生まれて来たこと自体が間違いだったんだろうか。

 そもそも、生まれて来さえしなければ、ぼくが家族から引き離される事も、母親が可笑しくなる事も無かった、だろう。

「だから……。全て、ぼくの所為なんだ。」


 わたしは異常を持っていたからといって無理矢理に兄を引き離した峰枩の血筋の人間が憎い。

 向こうの家に利となる異常を持っていたとしても、そんな事をしなければ、きっとこんな不幸を味わうことも無かったし、こんな事態にはならなかっただろう。

「そう。全て、峰枩の人間の所為なんだ。」


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 神楽坂の元へ駆けつけていた途中に後藤からの着信に気付いた鬼塚は運転中で出られない為、熊谷に受話して音量を上げるよう指示すると通話を始めた。

『もしもし、鬼塚くん。落ち着いて聞いてほしいことがあるんだが良いかい?』

 そう言われた鬼塚は身構えると、後藤は続ける。

『神楽坂くんのことで、急を要することなんだ。』

「!……神楽坂さんに何か起こったんですか⁈」

『……心当たりは、有る様だね。』

 すると、後藤は何者かの通報を受けた場所である古びたコンクリートの建物へ赴くと建物内に神楽坂が横たわっており、意識不明で救急搬送されたことなどの鬼塚に連絡するまでに起きた出来事を説明した。

『私も病院へ向かう予定だが、恐らく鬼塚くん〝たち〟はここに向かっているだろう?』

 後藤の何気なく発した鬼塚くん〝たち〟という言葉に反応した熊谷は飛び上がる。

「(アタシが一緒に居るってバレてる!)」

『確か、熊谷くんだったね?』

「そ、そう…………、です。」

「(熊谷が敬語……?)」

 取って付けたような敬語で熊谷が返事をし、後藤が軽く咳払いをすると病院で合流したら直接話をしようと言って通話を切った。

「……お、おにちゃんの上司さん厳しそうな人っぽいね……。」

「そうか?まぁ、自分にも誰に対しても厳しい人では有る。けど、俺の上司で良かったって思える人でも有るな。」

「んー……まぁ、怖い人じゃないなら良いやぁ……。」

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