第十七話 踏み切られる

 わたしが異常者を憎み恨み忌み嫌うようになったのは、小学生に上がる頃に兄と引き離され、その2年後に父が癌で亡くなり、その7年後には母が異常な死を遂げ、不幸が度重なった事で異常を持たない自身の家系と異常を持つ本家との格差を嫌と言う程に解らされたからだ。
 兄のように異常が有れば、いや、異常を持ち合わせているのが兄ではなくわたしだったら、わたしは、こんなに異常に執着する事もなく生きていけただろう。
「主からは、この町で今まで見た事の無い程、美しくも激しく燃える復讐の炎を感じる。」
「…………ぇ?」

 それは、悟が義父母の用事で来たくも無い破天荒町に行くことになり、用事が済むまで北公園内に居た時のことだった。急に歩み寄って来た長身馬面の白衣を着た中年男性が公園のベンチで本を読んでいた悟に向かって話し掛けたのだ。

 ……新手の宗教勧誘か何かだろうか?
 だが、疑いの目を向けながらも悟は男性が発した言葉の意味を模索した。男性の話している言語自体は分かるのだが、その言葉がどのような感情や意味を込めて発せられた言葉なのかが分からなかったからだ。

 しかし、本能で関わってはいけないと感じた悟は苦笑いしながら再び本に目を落とした。

「黒臣、我の器と黒臣とでは歩く歩幅がかなり違うのだから歩くのなら声を掛けてからにしろといつも言っている。」

「?」

 その数秒後に声が聞こえて顔を上げると、小学生だろうか?タヌキのような耳が付いた特徴的なニットキャップと薄手の上着を身に着けた、綺麗な赤毛の長髪に澄んだ水色の瞳をした少年がこちらにゆっくり歩み寄ってきた。

 背の高い男性と背の低い少年 は親子と言うには何処か違った。髪色も顔も瞳の色も、とてもと言っていい程に似ていなかったからだ。二人の言動を見るに離婚とか母親が居ないとか、訳有りの線も恐らく違うだろう。

「(……綺麗な瞳……、二人とも異常者、か。)あの……、異常者さんが一般人のわたしに何の用かしら?」

「成る程、そう言う事か。」

「⁇」

 少年は悟の顔を見るに何かを納得したようで、先程の年相応の表情から感情を喪失した無表情になると、帽子と上着を脱いでそこらに投げ捨てた。すると、その投げ捨てられた帽子と上着は、まるで手品のように少年の手から離れた瞬間、白い羽を撒き散らしながら消えていった。

「……ゎ……。」

 悟はその光景に目を輝かせ少年を見つめる。そして、目の前に立っている二人をまじまじと見つめながら自分への用件を再び問い掛けると、少年は悟の隣に座り彼女の手の上に手を重ねた。

「峰枩、鬼神と交流する事の出来る異常を持っていた家系か。」

 少年の言葉に反応して悟は表情を硬らせた後に暗くし、首を横に振る。

「……ごめんね、わたしの家系は鬼神と交流する事が出来ない方の家系なんだ。……異常も無いしね。」

 そう言って自嘲気味に笑って話を逸らそうとしたが、少年から黒臣と呼ばれていた男性は細目で悟を見つめながら口を開いた。

「視えずとも視えるようになる方法は有る。」

「視えるって……、鬼神を?」

 男性は軽く頷き視線を少年に移す。何か目配せのような事をしているのだろうか、男性と目を合わせた少年は悟の手に重ねていた手を握って立ち上がるとそのまま引っ張りながら何処かへ案内し始めた。言葉を変えるなら、導かれるという言葉の方が合っているだろう。

 そのまま数分間ほど歩いていると悟は少年と男性に導かれるまま見た事の無い建物の中に入り足を止めた。

「えっと、此処……、何処?」

「我と黒臣の居住地だ。」

 真新しい跳ね橋を渡ったと思えば、渡った先は外観から見て利用されていないことがハッキリとわかる程に荒れた廃マンションだった。悟がその禍々しさに呆気に取られている間にも少年は悟の手を引きながら階段を上がり、とある一室に入るや否や椅子に腰掛け、悟にも座るよう促した。

 それから座って数分後、黒臣はコーヒーの入ったカップを差し出し追って座る。

 状況を全く把握出来ない悟は警戒しながらもカップに口を付け、コーヒーを一息で飲み干すと眉間に皺を寄せながら少年を見た。

「色々聞きたい事が多いんだけど、黙って着いてきたんだし……そろそろ、わたしを引っ張って来た理由を聞いて良いかしら?」

「悟には片割れの双子の兄がいる。」

 少年の言葉に悟はカップをソーサーに強めに置きながら目を三角にして呟いた。

みへぇ、用が有るのは兄さんの方ってこと。」

「用があるのは悟だ。」

「(……そう言えば、わたし名前言って……?)」

 そんな馬鹿な、異常者が異常を持たないゴミ屑と同等な一般人に何の用が有るというのか?

 悟は目を伏せながら思考を巡らせていると少年は腰を上げて乗り出すように再び悟の手に手を重ねた。

 彼女はそれに反応して身体を微かに跳ねさせ、少年は黒臣に顔を向ける。

「そうだな、黒臣。」

「彼女のように入り乱れた感情は鬼神を呼ぶのに相応しいだろう。尚、それが峰枩の血を引いているとあれば主の考えに齟齬が発生する事も無い。」

 黒臣は少年と目を合わせながら淡々と話し、悟はその言葉を聞きながらベンチでの出来事を思い出す。

「悟は異常を持つ峰枩家を恨んでいる。」

「…………。」

 少年への返答は無いが、全ては悟の顔が物語っていた。少年と似た感情を無くしたような顔になっている事から、図星であると推測できるだろう。そして、その顔を見ながら少年は畳み掛けるように言葉を続ける。

「視る事の出来ない鬼神を信じているか。」

「信じてない。」

 少年の質問に悟は素早くきっぱりと答え、少年は聞き返す。

「目の前に居る者がそうだとしてもか。」

「……何を言ってるの?そんな訳……。‼︎」

 悟は自身の目を疑った。先程まで普通の異常者である瞳を持っていた少年の目は黒色の強膜と虹彩に浮かぶ十字の線、鮮やかな青色と黄色の瞳という鬼神の特徴が記載された本の記述と合致した風貌だったからだ。

 はは……、何?わたしを喰べちゃおうとしてる訳?」

[早合点するな。悟が信じないと言うから見せただけだ。]

「もしかして、あっちも鬼神なの?」

[おー、話が早ぇじゃん。]

「?」

 目を閉じていた黒臣は微かに口角を上げ、眼鏡を外しながら目を開けた。しかし、先ほど公園で会った人間とは違う雰囲気を纏っていたので悟は目を見張ると、少年は威圧するように黒臣を見つめて口を開いた。

[ナタス。]

[……。っちぇ、分かってるって。]

 すると、黒臣は眼鏡を掛けながら再び目を開き、人格が戻ったかのように見えた。

「あれが愚生の〝身体に住まわせている〟鬼神だ。」

「……〝身体に住まわせている〟?」

[今するべき話では無い。]

「……そう。(気になる話だけど……。)」

 どういう経緯であれ自らを鬼神と名乗るこの二人が何を企んで自分をここに連れて来たのか、悟は思考が追いつかず溜息を吐く。そして、これ以上無駄な話をするのが面倒になった少年は再び椅子に腰を下ろして気怠げな体制のまま口を開いた。

[単刀直入に言う。悟が自ら鬼神を召喚すれば、その鬼神を視る事が出来る。そして、峰枩家への復讐に見合った鬼神を召喚すれば一石二鳥だと言う事だ。]

「それで、わたしに鬼神を召喚しろって言う事。……でもどうやって?」

[人身御供を行って呼び出す。]

「ひ、……ひとみ……ごくう?」

[人間を鬼神に捧げるという事だ。かつて、峰枩家の初代当主が我を呼んだ時のようにな。]

「?ま、待っ……てよ……、つ、ついていけないんだけど……?」

 悟の質問にすらすらと答え続ける少年に、悟は口に手を当てた。

「ではまず、そのことについて説明した方が良いのだな。」

 黒臣がそう言うと、少年は無表情の顔を更に無にして言い放った。

[我は、峰枩家の初代当主の手によってこの町に初めて召喚された鬼神だ。]

「は……?」

 そして、少年はこの町に来てからの出来事を語り始めた。

 初代当主から呼び出された鬼神の名前はレフィクルと言い、その鬼神が呼び出された理由は亡くなった息子、峰枩 吾澄を生き返らせて欲しいという内容だったことを。

 その話の途中、悟は疑問に気が付き投げ掛ける。

「……鬼神を召喚するのには、人身御供をするんだよね?」

 レフィクルは静かに頷き、悟は続ける。

「じゃあ、レフィ君を呼ぶ時に捧げられた人間って誰なの?」

[言うまでもなく、初代当主の妻だ。]

「……妻より息子の命を選んだって事……?」

 唖然としながら話を聞く悟に、レフィクルは頷くと続けた。

[唯一の愛息子が亡くなった事で冷静さを欠いたのだろう。]

「……信じたくない、嫌な話……。」

[信じたくなければ信じなければ良い話だ。本来、我の話すべき部分はそこでは無い。]

「要するに、レフィ君が言いたいのは、異常が無くても鬼神を召喚すれば視れるようになって、その鬼神を呼ぶ為には供物になる人間が必要ってことでしょ?」

[そうだ。]

「その前に聞いて良い?……レフィ君が初代当主の息子を生き返らせた方法。」

 すると、レフィクルは躊躇いもなく言った。

[我は遺体に寄生しただけだ。]

「き、寄生……?」

 また未知の情報が明らかになり、悟は眉間に皺を寄せる。知らなかった情報が多すぎるが為、今日一日こうやって会話をしているだけで脳の消耗が激しかったのだろう。

[我は峰枩 吾澄の遺体に寄生し、結果的に生き返らせた。あとは息子の脳にある情報に従いながら演じただけだ。]

 必死に情報を整理している悟に対して話しを続けるレフィクルに制止を掛ける。

「ま、待って……、それってどういう……。」

「先程、愚生は鬼神を身体に住まわせていると言っただろう。愚生の場合は寄生に成功させ鬼神と共存している形で、彼の場合は人間の亡骸に寄生している、言わば操縦している形に当たると言うことだ。」

 混乱し掛けの悟に黒臣は話を噛み砕きながら説明した。すると、悟は少し考えた後に頷いた。

「……気になる事が本当に多いけど、なんとなく分かったわ。(初代当主の息子にしても、そんな若くで亡くなって家系を続けられるものなのかしら……?)」

 不審に思う悟の視線を察してか、レフィクルは口を開いた。

[予め言っておくが、この器は峰枩 吾澄では無い。]

「?……じゃあ、その体は何処に[自殺を模して離れただけだ。]……やっぱり、この際だから〝レフィクル君 〟のことを聞いておこうかしら。」

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