第十六話 思い惑わされる

 暫くして空気が落ち着いたのを感じ取ると、熊谷は木韻に他の疑問を投げ掛けた。

「もくっちゃん、峰枩 悟って人はいつ亡くなったの?」

「峰枩の坊ちゃんが亡くなったのは16の時やったから、……今から9年前やね。」

 その言葉に神楽坂は顔を上げる。

「きゅ、9年前⁉︎……という事は、騒動が起きて転校した次の年には亡くなっていたという事なんですか⁈」

 神楽坂の問いに、木韻は目を伏せながら首を縦に振った。

「裕木が行方不明になってしもうたのは10年前、峰枩の坊ちゃんが亡くなったのは9年前……。不幸が立て続けに起こった事から儂たち親族の間では〝鬼神〟の災いとも言われておった。」

 そんな中、鬼塚は会話の中に度々出て来る〝鬼神〟という存在に大きな疑問を抱いており、覚悟を決めて木韻に聞く事にした。

「木韻さん、〝鬼神〟という存在はどういうものなのですか?」

 その瞬間、木韻の表情が固まり鬼塚を見る目が冷たく感じた。

「それは、捜査として聞いとんか?」

「っ……はい。この事件を止める為にはその〝鬼神〟という存在を詳しく知る必要があると考え「あのさ、言いそびれてたんだけど……。」……?」

 冷たい空気の中、木韻と鬼塚の会話に熊谷が割って入る。

「ど、どうしたんだ?」

「被害に遭っている人の殆どは、〝峰枩家の家系の人間〟だったんだよね。」

 熊谷の言葉に木韻は目を見開き、思い詰めた顔になると呟いた。

「やはり……、恨みを買ってしまってたんやろうか……。」

 そして、木韻は深い溜息を吐くと口を開いた。

「……〝鬼神〟は、人間を餌にしながらこの町に住み着いとる化物のような存在よ。」

「人間を、餌に……?こ、この町に住み着いているというのはどういう事なんですか?」

「人間を餌にすると言っても、中には温厚なモンもおる。儂たちはそういったものとは交流があったからの。しかし残念ながら、鬼神がいつこの町に住み着きだしたのかは大昔の事だから解っちょらん。」

「そう、ですか……。」

 期待した情報よりも不完全なものしか集められなかった鬼塚は、礼を言いながら心の中で肩を落とした。

「峰松の嬢ちゃんが何を考えとるんか分からんが、彼女は異常を持っている儂たちを誰よりも嫌っちょったな。」

「異常を持っていないが故……、ですかね。」

 鬼塚の言葉に木韻は頷くと、神楽坂はある事を思い出した。

 あの時会った悟の瞳は異常を持ち合わせている人々と同じ瞳だった事に。そして、その事実に神楽坂は言葉を漏らした。

「……峰枩 悟は……、峰松 悟に殺されたのか?」

「「「⁉︎」」」

「神楽坂くん、それはどういう……?」

 峰松の家系が異常を持っていないとすれば悟が異常者の筈がないのに、巳越の墓参りや北公園で遭遇した彼女は異常を持っている瞳だった事を打ち明けた。

「峰松の嬢ちゃんが峰枩の坊ちゃんの異常を無理矢理に奪い取った、という事になるんか?」

「……そう考えると、辻褄が合う気がします。」

 神楽坂の言葉に木韻は頭を抱え、巳越が亡くなった原因と峰枩が殺害されたことの関係性を考えた。これは、何かの始まりを表していたのではないか?と。

 そんな木韻に鬼塚は問い掛けた。

「峰枩 悟さんの異常は奪われる程に貴重なものだったんですか?」

「……峰枩の坊ちゃんは異常を使わんでも鬼神が視えるだけでのーて、異常を使うことで従える事も出来るっち聞いとったな。」

 鬼塚の疑問に木韻は峰枩の異常について答え、神楽坂は思考を巡らせた。

「(鬼神を従わせる力を必要としたってことなのか……?)」


 リリリ……リリリリ…………。


 すると、突然に神楽坂の携帯電話が鳴り響いた。

「!(電話……、誰からだ?)…………。」

 何事かと着信画面を見てみると非通知の文字が表示されており思わず眉を潜める。そして、その顔を見た鬼塚は気になったようで声を掛けた。

「……どなたからですか?」

「それが、非通知で……。」

 神楽坂は息を呑み、通話をすると言って庭の方に出た。

 縁側を挟んだ向こう側に居る神楽坂は、窓越しの3人に背中を見守られながら受話ボタンを恐る恐る押して携帯電話を耳に当てる。

『もしもし?神楽坂君⁇』

「‼︎」

 数ヶ月前に墓地や公園で会話をして確かに聞いた声、電話を掛けてきた相手は紛れもなく峰松 悟だった。

「……悟。」

『ぁは、呼び方覚えててくれたんだね。』

 話を聞くところ、墓地で対面した日に神楽坂から公園で貰った名刺を見て掛けてきたのだと言う。電話の内容は単純な事で、話があるから指定する場所に来て欲しいと言う事だった。

『僻地だけど場所がわかるかな?』

「あの辺り一帯は何も無いことである意味有名だから分からなくもないけどな、……何でそこなんだ?」

 人が寄りつかない場所だからか、それとも何か他の意図があるのか。神楽坂はそんな思考を巡らせながら問い掛ける。

『さぁ、何でだろうね?神楽坂君が考えてることが正解ってことにしておいてよ。』

「思ってることが正解って……。」

 悟の含みを持った回答に悶々とする神楽坂を他所に、それからある程度の雑談を聞かされ続けていると、悟は先程とは違った声色で念を押した。

『勿論、刑事さんと電気屋さんは連れて来ないでね?』

「!……何で二人の事を知っているんだ?」

「さぁ?何でだろうね……っくくくくくく……。」

「っ⁉︎」

 神楽坂の反応に悟は電話越しに不気味な笑い声を発すると、返答せず一方的に通話を切った。

「……………………。」

  神楽坂はその笑い声を耳に残したまま不快な顔をして携帯電話を見つめていた。



 暫くすると、神楽坂は浮かない面持ちで居間に入る。

 窓ガラスの向こうから背中を見ていた鬼塚は透かさず電話の相手と内容を聞き出そうとしたが、神楽坂は電話の事は一切触れずに二人に声を掛けた。

「鬼塚さん、熊谷。今日は、もう帰ろう。」

「……?」「え、急に?」

「急な依頼が入って……、な。」

 そして、十分な情報を掴んだと考えた神楽坂は香美と木韻に御礼を言うと、峰松 悟について調査を進めると説明した。

「「…………。」」

 急な判断に鬼塚と熊谷は呆気に取られていたが、何か考えが有るのかも知れないと考え神楽坂を追いながら一礼すると巳越の実家を後にした。そして、3人が玄関を出たその直後も、木韻の乾いた笑い声が聞こえていた。

「あはははは。ははは…………。」

「!」

 神楽坂はその声に少しびくりとしたが、気にしないようにして玄関を出て車の方へ歩いて行くとその間、不安そうに見つめる二人の視線を感じて神楽坂は口を開いた。

「大丈夫、本当にただの依頼だったから。」

「依頼者の電話が非通知なんて事あるの?」

 痛いところを突く熊谷の質問に返答は無かったが、車に乗り込んで走り出すと何かを思ったのか、峰松から電話だった事を打ち明けた。

「それって……。」

「二人には、私の事務所で待機していて欲しいんです。」

「!……単独で峰松 悟と会うのは危険過ぎます!」

「……心配であれば、熊谷の異常を使って私の場所を特定して頂いても構いませんので。」

 そんな空気の中、その後は無言のまま時が流れ神楽坂の事務所に着くや否や二人を降ろした神楽坂は別れを告げた後、再び車を発進させ行ってしまった。


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 神楽坂たちが去った後の巳越の実家で、木韻がひっそりと呟いた。

「『異常者なんて……要らない、異常者が……憎い。』……神楽坂くんに向けられた憎悪ではないと言ってはみたが……、あれは、誰の霊やったんやろうか……。」


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 神楽坂の家の鍵を彼から渡されていた鬼塚は、止むを得ず熊谷と共に家で待機することにした。

 その間、鬼塚は接待用のソファに座りながら落ち着かない様子で足を揺するなどの行為や俯き気味に口に手を当てて考える動作を繰り返していた。

「ねぇ、おにちゃん。かぐっちゃんを行かせちゃって良かったの?」

 当然のように神楽坂の仕事道具であるノートパソコンを操作しながら神楽坂の動向を異常を使って追っていた熊谷は、そんな様子の鬼塚に問い掛けた。すると、彼はその言葉に反応して足の動きをピタリと止めると勢い良く顔を上げて言う。

「良い訳が無いだろう。しかし、神楽坂さんも至って真剣に考えて峰松 悟と会う事を決めたんだ。……俺だって呼び止めてただろ?」

「確かにそうだけどさ……、あ。」

「!神楽坂さんの行き先が分かったのか?」

 熊谷の様子に何かを察した鬼塚は立ち上がると、彼女の背後に回って画面を覗き込んだ。しかし、鬼塚の視界に入っているディスプレイ上の画面には平面の地図しか映っておらず、神楽坂の居場所が判別できるようなものでは無かった。

「おにちゃん、アタシの異常を持ってるワケじゃ無いんだから見たって意味無いよ。」

「……監視カメラでもハッキングしているのかと思ってな。」

「んー……アタシもそう思ったんだけど、設備が古すぎて監視カメラが利用されてるようなトコじゃ無かったんだよね……。」

 熊谷の言葉に鬼塚は目を見開き、ソファの背凭れを強く掴んだ。

「熊谷、今すぐ神楽坂さんのところに向かおう。」

 鬼塚はそう言って玄関の方へ走り出すと、勢い良く飛び出して自車へと一直線に駆けて行き乗り込むとエンジンを掛けた。

「い、今すぐって⁈ちょ、ちょっと、おにちゃん!戸締まり‼︎」

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