第十五話 打ち明けられる

 鬼塚の提案で巳越の実家に訪れていた神楽坂、鬼塚、熊谷の3人は熊谷の異常を使って巳越がもう既にこの世から居ないことを報告した後、

「お義父さんを呼んで来ます。」と客間から出て行った香美を待っていた。

 そして、暫くすると足の悪そうな老人、巳越の父方の祖父である木韻が香美と一緒に部屋へと入って来た。

「ははははははははははははははははははははは…………っ。」

「「「!」」」

 すると、神楽坂を見るや否や笑い声を上げ始めた。

「え……?、!」

 神楽坂はその風貌に巳越の姿を重ねた。そう、あの時の巳越と同じように声を上げて笑っているが、目は笑ってなどいないあの姿を。

「お、お義父さん?」

 そんな木韻を心配してか香美は声を掛けたが木韻は何事もなかったかのように気にせず続けた。

「久し振りやねぇ、神楽坂くん。それはそうと君、〝厄介なモノ〟連れとるの。」

「⁈」

 恐らく木韻の言う〝厄介なモノ〟とは、巳越の墓参りに行った時や事務所にいた血塗れの何かの存在のことだろうか。

「も、木韻さんには、視えているんですか……?」

 恐らく客間に入る時に異常を使ったのだろう。瞳の色を戻した木韻は何も言わずに頷き、話の内容についていけない様子の3人に気付くと香美に喋り掛けた。

「すまんが香美さんや、少し席を外してくれんかね?」

 香美は木韻の唐突な言葉の意図が分からないのか、不思議そうな顔をしている。

「はい、分かりました。」

 だが、柔らかい口調でそう言うと席を外し客間から出ていった。そして、香美が歩き去っていく足音を聞くと木韻は続けた。

「話が前後してしもうたけど、これだけは言うの。そいつは、神楽坂くんに憎悪を向けておらんが、決して連れてて良いモンではない。」

 そのことが気に掛かり神楽坂は質問を投げ掛けようとしたが真実を知ることに尻込みしてしまい、木韻は鬼塚に目を向け話し掛けていた。

「そこの刑事さんは、孫について聞いとるらしいな。」

 刑事さんと呼ばれ木韻と目を合わせた鬼塚は警察手帳を提示し、再び自己紹介をすると言葉を続ける。

「はい。お孫さんが亡くなる前、何か可笑しな事はなかったでしょうか?」

「……あれは、〝視えていかんモノ〟が視えとったな。」

 そして、神楽坂に目を向けた。

「神楽坂くん、孫も笑っとったじゃろ?」

「!……はい。笑いながら、同級生を殴っていました。」

 神楽坂がそう答えると、また木韻はあの笑い声を上げながら話を続けた。

「そうか、そうか。あの子は解っとったんやなぁ。自分がどうせないかんか。」

「ど、どう言う事ですか?」

「その、孫が殴った同級生にも〝良からぬモノ〟が憑いとったんじゃろ。……確か、相手は峰枩の坊ちゃんだったかの?」

 木韻の言葉に反応した鬼塚が疑問を投げ掛ける。

「木韻さんは、峰枩 悟さんをご存知なんですか?」

 それに対して木韻は不思議そうな顔をしている。

「ご存知も何も、彼は裕木同様に孫のような存在だったからの。……峰枩の坊ちゃんも大変やったな……、なんせ、実の母親が飛び降りるところを見たんやきなぁ。」

 確かに峰枩は、いや、彼に成り代わっていた悟は初めて北公園で会話した時に身内に不幸があった為、1週間ほど休んでいたと言っていた。それより、木韻が次々と語る耳にしたことのない話に、神楽坂は呆然とそれを聞く事しか出来なかった。そしてふと、熊谷は木韻にの苗字について疑問を抱く。

「……もしかしてさ、もくっちゃんの苗字って峰枩だったりするの?」

「あぁ、そん通りやけど。……嬢ちゃん、何かに気付いたみたいやね。」


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 峰枩家は鬼神という存在と交流することの出来る異常という力を持ち合わせ、それを代々受け継がれながら生きてきた霊能力のようなものを司る家系だった。だが、血筋が広がるうちに異常を受け継ぐ強き者と異常が途絶えた弱き者が存在し始めたのだ。そして、強き者が弱き者を蔑む為に力を持っている家系の〝峰枩〟という苗字と区別をする為、力を持っていない事を示すよう〝峰松〟と名乗るように命令され家を分けることにした。

 そう、それが峰枩家と峰松家が誕生する切っ掛けだった。

 ……しかし、時代が進むに連れ鬼神と交流することのできる異常を持つ者が生まれる事が少なくなり、次第に峰枩家は衰えていった。


 そんな時だった、峰松家で男女の双子、峰松の家系でありながらも異常を持ち合わせていた〝ぼく〟と異常を持っておらず弱き者として蔑まれた〝わたし〟悟が産まれたのは。


 ————子供の頃は何も可笑しくなかった。

 同じ場所で生まれてきたのだから、同じ場所で生きていても当然だった。

 いつからだったんだろう、ぼくたち双子を見る目が明らかに違うようになったのは。

 始まりは、ぼくたちが幼稚園から帰って来た時のことだった。

 いつものように、わたしたちが家に帰って来ると、周りには見覚えの無い親戚と名乗る人たちが沢山集まって両親を囲んでいた。

 親戚の人たちはわたしたちを見るや否や、ぞろぞろと外に出て行ったのを今でも覚えている。

 その人たちが部屋を出ていく時、両親はぼくたちの方に駆け寄って泣き崩れていた。

 親戚と名乗る人たちが言っていた内容は、『異常を持っている方の子供を峰枩の本家に養子として寄越せ。』という事だったようだ。

 ……つまりは、兄さんがわたしたちと引き離される事を表していた。


 ————それからは地獄の始まりだった。

 元々体が弱かった父親は兄さんが奪われた2年ほど後に癌で亡くなり、わたしが小学2年生になる頃には母親と二人暮らしのまま10年の歳月が経過した。

 わたし〝たち〟の中学3年生の夏休みが終わろうとする頃、突然、母親が家族3人で集まりたいと言いだした。

 今まで連絡すらも途絶えられていた為、母親と悟が直接ぼくのところに会いに来てくれた時は本当に驚いた。それ程、母親は何かに取り憑かれたように必死になっていたんだろう。

 本家の人たちからの許しが出たと兄さんから聞いたわたしたちはその時だけは心が救われた気がした。……そう、その時だけは。

 だって、その日は何も起こらないと信じていたのだから。何も邪魔の無いわたしたち3人だけの楽しい一日を過ごせていたのだから。


 ————だけど、母親の事を本当の意味で理解していなかった。

 常に明るかったような母親なので、父親が亡くなった日は悲しい顔をしながらも最期は笑顔で見送ろうと言っていた。今思えばそれは、わたしを心配させない為の演技だったんだろうか。それはもう、今では憶測でしか語れない。

 3人で過ごしたその日は本当に楽しかった。ぼくが峰枩家に引き取られて苗字が変わったとしても、父親が亡くなっているとしても、唯一血が繋がっているぼくたちだけで過ごせる喜びでいっぱいだったからだ。

 本当の家族で遊園地に行ったりお出掛けするのは何年ぶりだったろうか。……けど、その時間は長く続かなかった。

 一日が終わろうとしていたその日、母親は夕焼けを眺めようと言ってビルの屋上へ登る提案をしてきた。その提案に賛成したわたしたちは暫く3人で外の景色を眺めていた。……すると突然、母親は耳を疑うような事を言い出した。


〝お父さんを、みんなで迎えに行こう。〟と。


 わたしは母親の事を理解しているつもりだったが、実際の母親は理解の範疇を大幅に超えたとても危険な人だったのだと、この時に知った。

 ぼくたちの手を無理矢理に引いて、母親はフェンスの方へと歩みを続ける。

 わたしたちが説得しながら何度も振り解いたり腕を引いたりしようとする姿を見て、母親の中の何かの糸が切れたのだろう。

 ぼくたちの腕から急に手を離すと、一人でフェンスをよじ登り始めた。

 手を離された反動で地面に座り込んでいたわたしたちが止める為に駆け寄ったのも虚しく、母親は全身の力を抜き、そこから倒れながら落ちていった。

 そんな光景にフェンスを掴み目を見開いて下を覗く悟に対して、ぼくはその場で俯いて目を背ける事しか出来なかった。

 膝から崩れ落ちる悟を起き上がらせて、わたしは手を引いて母親の元へと駆け下りた。だけど、高層ビルの屋上からの飛び降りだったので助かっている筈が無かった。

 ……それからは、もう何が起きたかなんて覚えていない。気付いた頃には、〝ぼく〟はまた峰枩の本家に戻っていた。

 そして、肉親が両方とも居なくなって行き場を無くした〝わたし〟は他の峰松家の養子として引き取られる事になった。


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「そ……それが、峰枩家と峰枩たちの真実なんですか……?」

 予期していない話を聞いて声を震わせる神楽坂に木韻が頷く。

「峰枩の坊ちゃんが本家の家系の養子として入った事は知っとったが、無理矢理に引き離したということは一部の人間にしか知らされておらんかったよ。」

 木韻の話を聞いている内に神楽坂は気が付いてしまった。峰枩が登校日から1週間遅れて登校して来た不幸事の正体が母親の自殺だったという事に。

 しかし、神楽坂の中で晴れていない事が一つだけあった。

「だけど何故、巳越は峰枩 悟をあんなに嫌っていたんですか?」

「嫌っていた、というより、峰枩の坊ちゃんに〝憑いとるヤツ〟に孫が気が付いて殴ったんじゃろ。」

「!……では、何故、笑っていたんですか?」

「あの笑いはな、うちの家系で霊を見つけた時に祓う為の対応なんよ。まぁ、奇人に見られることもあるやろうけど、大抵は無視される筈やけどな。」

「な、なら、峰枩にも霊が憑いていたということですか?(……木韻さんのあの笑いから察するに、俺にも……。)」

「やろーな。そうやなかったら、あの子が誰かを殴るなんて考えられん。」

 それを聞いた神楽坂は、巳越が峰枩を殴るという行為に転んでしまったのは、笑っても祓う事が出来ない霊に脅かされ巳越自身の精神が不安定になってしまったからなのではないかと、今になって理解した。そして、その終わった事の事実を今更になって理解した自分に嫌気が差し、後悔の念に押し潰されそうになっていた。

 それに気付いた鬼塚は神楽坂の肩を優しく叩き、その反動で神楽坂の目から透明な雫が伝い頬を濡らした。

「……な、何で俺は、……この事について何も知らなかったんだ……?」

 神楽坂は呆然と呟き、思わず溢れてきそうな自戒の言葉や感情を抑えるように口に手を添えて俯き虚空を見つめる。その重い空気に釣られそうになったが、鬼塚は目を瞑って自分なりの励ましの言葉を掛ける。

「神楽坂さん、こんな事をいって良いのか分かりませんが……自分を責めても、もう遅いです。今は、これ以上の被害者が出ない為にこの事件を……、一刻も早く解決しましょう。」

 鬼塚の言葉に神楽坂は両目を左手で抑えながら頷くと、そのまま涙を拭って俯いた。

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