第十四話 昧く曖われる

 利用されていないことがハッキリとわかる程に荒れ廃れたマンションの一角で、悟は禍々しい黒い影と対峙していた。

[……………………。]

「……………………。」

[……………………。]

 互いに目を逸らすことは一切無かったが悟は余りに退屈な静寂に耐えかね、椅子に深く腰を掛けて足を組んでいる赤毛の少年に話し掛けた。

「……ねぇ、レフィクル君。」

[なんだ。]

 その様子を無表情のまま見ていた少年の目は異常者である瞳を持っていた普通の瞳ではなく、黒色の強膜と虹彩に浮かぶ十字の線、鮮やかな青色と黄色の瞳の人間離れしているもので、声も何処か人間とは定義し難い雑音の混じった不気味な声だった。

「この鬼神君、本当に無口なんだね。(しかも、この状態の鬼神ってちゃんとした形が無くて表情も読み取れないからなぁ……。)」

 椅子から立ち上がり互いの間に近寄った少年を見てふと、悟は彼の顔に視線を移す。

「(そういえば、体を得ても表情が読み取れない鬼神も居たわね……。)」

「体を得ても、感情が無ければ表情も言葉も生まれない。」

 レフィクルがそう呟くと、視線を返すように悟を見つめた。声も普段通りになっていた為もしやと思い目を合わせると、見つめられた目が人間のものに戻り異常を使用した瞳の色に変化していることに気が付いた。

「体の持ち主の異常を使うのは反則じゃないかしら?」

 その言葉にレフィクルは再び鬼神の目へと変化させながら言葉を返した。

[この器をどう使おうが我の勝手だ。]

「くくく……、まぁ、そうね。」

 そう言って微笑む悟を無表情で見つめる鬼神に悟は異常を使い、ポケットから一枚の写真を取り出して見せびらかすように両手で掴んで明るい声で話し掛けた。

「この人、わたしの事を嗅ぎ回ろうとしてる探偵さんの家族なんだ。もし、わたしが死んだり、殺されるようなことが起こった時は……、よろしくね?」

 そう悟に告げられた鬼神は言葉の意図を理解したのか、ゆっくり動き出すと廃マンションを後にして何処かへと向かい姿を消した。


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 自車の鍵を開けて運転席に乗り込みエンジンを掛けた神楽坂は、助手席の窓を開け話し掛けた。

「どうぞ、好きな所に座って下さい。」

 声を掛けられた二人は顔を見合わせると、鬼塚は座席を動かし後部座席を譲ったので熊谷は後ろの席に潜り込む。

「なんか、かぐっちゃんっぽい車だねー。」

 乗り込んだ後部座席で寝転がり早々だらける熊谷を見て鬼塚は顔を顰め、神楽坂は苦笑いする。

「隣、失礼します。」

 座席を戻してシートベルトを着用した鬼塚が頭を下げると、神楽坂は車を発進させた。

「かぐっちゃん。」

 すると、熊谷が神楽坂に声を掛けた。

「忘れ物でもしたのか?」

 神楽坂の言葉に熊谷は鬼塚の座席の背凭れを掴みながら顔を覗かせ首を横に振ると、助手席に座っていた鬼塚はそれを少し鬱陶しく思いながら会話に参加した。

「何かあったのか?」

 神楽坂の視界のバックミラー越しに写った熊谷は、少しだけ顔を曇らせながら口を開いた。

「つくもっちゃんと、かぐっちゃんが初めて会ったのと、つくもっちゃんが居なくなったのって具体的に何年前なのかなーって気になって。」

「何年前……か。初めて会ったのは確か俺と巳越が小学5年生で、居なくなったって話を聞いたのは中学2年の頃だったかな。」

「初めて会ったのが14年前で、居なくなったのが10年前の無差別連続失踪事件の前、ねぇ……。」

 そして、神楽坂は何かに気付いて鬼塚に話し掛けた。

「そういえば。鬼塚さん、おいくつですか?確か、巳越と私の通っていた中学に通っていたって……。あ、失礼だったらすみません……。」

「おにちゃんは27のアラサーだよ。」

 鬼塚に向けての質問だったのだが、その質問に熊谷が答え鬼塚は内心驚く。何故なら、熊谷には年齢についての会話はしていなかったからだ。しかし、熊谷がハッカーをしていることを思い出し、その際に自分の個人情報を盗み見ていたのだと考える。

「ァ……アラサー……。」

 唐突な何気ない熊谷の言葉に鬼塚は小さくそう呟くと言葉を続けた。

「年齢は合っているが、聞こえは余り良くないな……。」

「大丈夫ですよ、25の私も四捨五入でアラサーですから。」

 神楽坂が苦笑い気味にそう言うと、鬼塚は熊谷に問い掛けた。

「そう言う熊谷は幾つなんだ?」

「アタシ?言って無かったっけ、19だよ。」

「(み、未成年……⁉︎)」「(未成年だったのか……⁉︎)」

 声にすら出してはいないが、いや、驚きで声も出なかったのかもしれないが二人は無言で熊谷に目線を向け、熊谷はそれを見ながら二人に顔を行き来させると悪戯に笑った。

「驚いた?まぁ、アタシ背高いし大人っぽいから勘違いされやすいんだよね。」

 熊谷が得意げに言うと、鬼塚は知らず知らずとしても未成年を事件に巻き込む訳にはいかないと考え少々険しい表情で声を掛けてみる。

「(か、勝手に成人済みだとばかり判断していた……。)なぁ、熊た「アタシは降りないよ。というか、協力してくれるって約束してもらったし、この事件を止めるまで着いてきてもらうから。」………………。」

 とても食い気味に熊谷は返答し、鬼塚は困った様子で口を噤んだ。そして、少しの間3人はそのまま無言で居たのだが、その空気の中で神楽坂は鬼塚に声を掛けた。

「鬼塚さんの迷う気持ちも解ります。」

 視線を落としていた鬼塚は神楽坂の言葉を聞いて目線を神楽坂に向ける。

「きっと熊谷も、自身に危険が及ぶことを承知で私の事務所に協力を強制してきたんだと思います。だから……、本当に危険が起きた時は、私たちで守りましょう。」

 神楽坂の言葉に鬼塚は目を見張り、動揺した熊谷は目を見開いて言葉を返した。

「アタシ、そんなひ弱じゃないけど?」

 熊谷の反応を見て神楽坂は謝ると微笑んだ。

「多分……妹と歳が近いって分かったから、放っておけないのかもな。」

 そして、妹が熊谷の一つ上で妊っていると伝えた後、数ヶ月後には自身が伯父になることを嬉しそうに話していた。


 それから何気ない話や事件についての会話をし、気付くと巳越の実家へ到着しており車を降りた熊谷は豪勢な外観を見上げて息を漏らす。

「寺の敷地に一軒家ねぇ……。」

「大きい家系らしいからな。(……何回も来たことあるし事前に話してるとしても、改めて来るとこんなにも緊張するもんなんだな……。)」

 巳越の実家は寺の家系で寺の敷地内に建てられている。熊谷に続いて車から降りた二人は玄関の方へ踏み出して玄関に入ると、巳越の母親の巳越 香美が立っていた。

「翔馬君、久し振りね。最後に会ったのは去年のお彼岸だったかしら?」

「ご無沙汰しています。はい、それくらいだったと思います。」

 香美は暖かく神楽坂に笑い掛け、神楽坂たちを客間に通すとお茶を用意し机を挟んで正面へ座った。そして、見覚えの無い二人を遠慮がちに見た。

「それで、……そちらの方々は……?」

 その視線に気付いた二人は「(おにちゃん、年上なんだから何か喋りなよ!)」「(言われなくても分かってるから、いちいちこっちを見るな!)」と言うような目配せ(睨み合い)をし、中央に座っていた鬼塚が胸ポケットから警察手帳を取り出して香美に見えるよう提示し口を開いた。

「申し遅れました。初めまして、私は破天荒警察署の鬼塚 京次と申します。」

「……刑事さんと言うことでしょうか……?」

 香美は鬼塚の警察手帳を見て何があったのかと警戒する。

「ていっ。」

「っ!」

 戸惑っている雰囲気を察したのか、鬼塚の左隣に座っていた熊谷は咄嗟に鬼塚の脇腹に肘打ちを喰らわせると言葉を続けた。

「アタシは熊谷 光。えと、早速で申し訳ないけど。みこっちゃんのことでちょっと聞きたいことがっ……、!」


 ゴツン。


「痛っ!」

 初対面でしかも年上相手でも敬語を使わないことが癇に障ったのか、鬼塚はさっきのお返しの如く熊谷の頭に拳骨を咬ました。

「ちょっ、何すんのさ!」

 声を上げる熊谷に鬼塚は反応を示すことなく、話が逸れていきそうな予感がした神楽坂は香美に向かって話し掛けた。

「今日お伺いしたのは昨日の連絡で申し上げたように、巳越の件でお話ししたかったからなんです。」

 そして、神楽坂は熊谷の異常を使って巳越がもう既にこの世から居ないことを伝えた。その事を話している途中、香美の目は潤んで大粒の涙を溢し拭うことも忘れるほど放心しており、結果を告げると俯いてエプロンからハンカチを取り出し顔を覆っていた。

 すると、鬼塚は顔を上げた香美に視線を合わせて話し始めた。

「先程お伝えしたように、私は警察官でして。現在、この町の行方不明者について追っております。当時の息子さんの件は神楽坂さんと上司から伺いましたが、何も手掛かりを得られず申し訳御座いませんでした。息子さんの捜査は打ち切りになっていますが、私はまだ諦めていません。必ず、息子さんへの手掛かりを見つけます。ですから、今回はどうか御協力をお願い致します。」

 そう言って鬼塚は香美に深々と頭を下げる。

「……鬼塚さん、顔を上げてください。」

 香美は涙声で言葉を返す。

「……裕木の生存については、薄々、諦めがついてはいました。……ですが、せめて遺体だけでも、腕の一本だけでも良いから、あの子を家に帰らせてあげたいんです。それに、息子に何があったのか、最後にどう思ったのかが知りたいのです。どうか、……どうか、こちらこそお願い致します。」

 そう言って今度は香美が目に涙を溜めながら頭を下げ、鬼塚は力強く言った。

「必ず、必ず今度こそは息子さんの形跡を見付けます。」

 それは、決意を固めたようにも見えた。

「良ーこと言うじゃん、鬼〝ケイジ〟。珍しく! 」


 ゴンッ。


「……痛っ‼︎」

「〝ケイジ〟って、どっちのつもりで言ったんだ?」

 またしても失礼なことを言った熊谷の頭に、鬼塚の鉄拳が振り下ろされた。今度はかなり鈍い音がした為、熊谷は頭を抱え床を転がり回っている。

「……すみません。奴の事は気になさらなくて良いので、話を戻させて頂きます。」

 香美が落ち着くのを待つと鬼塚は巳越のことについて質問をし始めた。

「息子さんが亡くなる前、何か可笑しな事などなかったでしょうか?」

 そして少し考えた後、香美は言葉を発した。

「裕木が失踪する前、何かに怯えてるようだったわ。あの子、〝人には視えないモノ〟が視えてたらしいの。」

「「「‼︎」」」

 香美の言葉に3人は反応を示した。熊谷もいつの間にか痛みが引いたらしく、ちゃんと座っているようだ。

「〝人には視えないモノ〟とは何を指しているかなどを聞いたことは……?」

「その件については私よりお義父さんの方が詳しいからちょっと呼んで来るわね。」

 そう言うと一旦、香美は客間から出て行った。

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