第九話 告げ知らされる

 破天荒の塔の展望台の怪死・失踪事件から2週間が経ち、被害者の身元が判明したと連絡を受けた白崎 束莎、白崎 千咲、大鳳 遥は自宅から飛び出すように遺体の安置所へやってきた。

 そこで3人は鬼塚と初めて顔を合わせ、そこからは安置所で起きた出来事と同じだ。

 結婚を控えていた最中に婚約者を失った悲しみや、この事件を起こしている犯人と彼女の遠慮を断って強引にでも付いて行かなかった自分自身に怒りを覚え、大鳳は自暴自棄に成り掛けていた。

 そんな彼は、白崎 愛咲の葬儀が終わった2日が経ったある日、彼女の実家である白崎家へ白崎夫妻に呼ばれた為に訪れた。呼ばれた内容は、彼女の死因についての話がしたいといったことだった。


 ピンポーン……。


 大鳳は二人に合わせる顔が無いと感じながら重い足取りで向かい、インターホンを鳴らす。

 すると、束莎が応答し入るよう促されたので覚悟を決めるように玄関のドアを開け、居間へと足を運んだ。

 部屋の真ん中に置かれたダイニングテーブルの向こう側に束莎が椅子に腰掛けて大鳳を待っており、それに向き合う形で彼も椅子に腰を掛ける。

 大鳳が腰掛けて直ぐに千咲はコーヒーの入ったティーカップを人数分机に置くと、束莎の隣の椅子に腰掛けた。

「遥くん、急に呼び出す形になってしまって済まない。」

 少しの静寂の後、束莎が口を開く。すると、その言葉に大鳳は首を左右に振り、本題を切り出す。

「お義父さん、愛咲の死因は……、只の事故死じゃなかったんですよね?」

 束莎は静かに頷き、言い淀むように言葉を返した。

「……愛咲は、〝鬼神〟に襲われて……、いや、喰われてしまったんだ。」

「……鬼神に、喰われて……?」

「難しい顔をするのも、無理はないかもしれない。」

 そもそも鬼神という存在が何について指しているのかが解っていない大鳳は不信感を抱き、束莎はその表情を見据えながら続けた。

「遥くんは、愛咲の左腕の傷口を覚えているかい?」

「!」

 束莎の言葉を聞いた大鳳は、彼女の腕の付け根が鋭利な刃物で分断された綺麗な切り口などではなく、獣が肉を喰い千切るように荒く咬み千切られたような断面だったことを思い出した。

「何かに、咬み千切られたような断面でした。」

 束莎は頷き、千咲は口に手を当てて涙を堪えるように目を閉じる。二人の表情に鬼神とは何かを悟った大鳳は、目を僅かに開いた。

 そう、〝鬼神〟とは人間を喰べる得体の知れない存在で、その存在と彼女が何かの因果関係により彼女が狙われてしまったのだと気が付いたのだ。


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 鬼塚が神楽坂探偵事務所に訪れメンタルのケアも兼ねて破天荒の塔の展望台の事件について事情聴取を神楽坂に行おうとしていたところ、熊谷と名乗る女性にそれを中断させられた。

 話を聞くに熊谷は犯人の目星が付いたと言い、協力するならその理由を教えるという条件で神楽坂と鬼塚に半ば強制的に協力を了承させる。

 自信満々の熊谷に鬼塚は頭を抱えると、口を開いた。

「それで、熊谷が目星を付けている犯人ってのは誰なんだ?」

 鬼塚の問いに、待ってましたと言わんばかりに熊谷は上着のポケットから1枚の写真を取り出し、二人の間に置かれた机に差し出した。神楽坂と鬼塚はその写真を覗き込むように見つめる。それは、熊谷が破天荒の塔の展望台に設置された防犯カメラのデータをハッキングした時に気に掛かったフードを深く被った小柄な人物の写真だった。

「‼︎」

 神楽坂は、その写真を目にすると何かを思い出したかのように目を見開いた。

「神楽坂さん?」

 明らかに様子が可笑しくなった神楽坂に鬼塚が名前を呼ぶと、神楽坂は熊谷が来る以前に鬼塚に打ち明けようとした北公園で出会った峰枩 悟の双子の妹だと名乗る峰松 悟という人物が居たことを告げた。そして、この写真に写っている人物と彼女が同じ上着を着用していたことを。

「ってことは……、この写真の奴、峰松 悟って名前なんだね。」

「だが、別の人間がたまたま同じ上着を着ていたということはないのか?」

「変なトコ気にするんだね。」

「神楽坂さんの証言を信じない訳では無いが、犯人では無いかも知れない人間を無差別に疑っても仕方が無いだろう。」

 鬼塚がそう言うと、熊谷はもう一枚の写真を取り出した。

「これ見ても?」

「「!」」

 それは北公園で起きた津野田の怪死事件現場の写真で、そこにも彼女と見受けられる人物が写っていた。

「んで、アタシが思うところの決め手はこれ。二人とも、こっち見てみて。」

 二人が写真を見つめている間、彼女は神楽坂のノートパソコンを勝手に操作し無差別連続失踪事件の被害者の名前が書かれたリストをディスプレイに映し出した。熊谷に言われた通りに二人は彼女の方を向いて画面に目を通すと、鬼塚は思わず立ち上がった。

「!お前……、この名簿を何処で⁈」

 鬼塚の行動に驚き、神楽坂はリストについての理解が遅れたが、名簿の一番上に書かれている〈巳越 裕木〉の名前を見て顔を曇らせた。

「行方、不明者たちの名簿……。」

 神楽坂がそう呟くと、この被害者名簿は外部の人間には知らされていない破天荒警察署で管理されているものだと鬼塚は説明した。

「……それで、熊谷がこの被害者名簿を持っているのは何故なんだ?」

 神楽坂の事務所に備えられているデスクの上に高慢な態度で腰を掛けている熊谷に、鬼塚はノートパソコンを閉じて問い質した。が、彼女は口を割る気はないようで、それを意思表示するかのように態とらしく口を結ぶ。

「それ聞いちゃったらアタシが〝商売〟できなくなるから言わない!」

「……〝商売〟……?」

 熊谷の言葉に考えが及んでいなかった神楽坂は思わず言葉を漏らした。

「あれ、知らない?……まぁ、普通に生きてて普通に暮らしてたら無理ないか。アタシの言う〝商売〟ってのはね、……えぇっ?」

 すると、鬼塚は熊谷の言葉に何かを察し熊谷の後ろ首に腕を掛けた鬼塚は熊谷を強引に事務所の隅に引っ張り囁いた。

「おい熊谷。もしかしなくても、お前〝やってる〟だろ。」

「〝やってる〟って〝アレ〟のこと?」

 鬼塚の言う〝やってる〟や熊谷の言う〝アレ〟を指す言葉は説明するまでもなく〝裏稼業〟のことだ。以前も説明した通り、〝裏稼業〟はこの町の裏を知っている、ないし知ってしまった人間が手を染めるものなので神楽坂のような誠実で善良な一般町民は裏の世界などを知らず〝裏稼業〟とは無縁の生活をしている。

 なので、神楽坂が〝商売〟という単語の真の意味を理解していないと勘付いた鬼塚は咄嗟に熊谷を連行し声を抑えながら説教を始めたのだ。

「彼は一般人だ!この話をここでして良いはずが無いだろっ‼︎彼を向こう側に巻き込むつもりか⁉︎」

 鬼塚の説教を口煩く感じながら、熊谷は言い返す。

「んけど、これ説明しないことには色々と後が面倒じゃん!」

 その間、神楽坂は作戦会議のようなことをしている二人を他所に再び食い入るように開いたノートパソコンの画面を見ていた。そして、それに気付いた熊谷は怒鳴っている鬼塚の顔へ強引に手を当てて言葉を遮り発言した。

「かぐっちゃんの踏んだ通り、アタシの異常は『人の居場所を探れる異常』だよ。探る相手の明確な顔と名前さえ分かればその対象の現在地が特定出来んの。」

 鬼塚は熊谷の手を顔から剥がし、得意げに話す熊谷に神楽坂は問い掛けた。

「俺の居場所を特定したのも、その異常を使ったからなのか?」

「いや、それはアタシの頭脳とハッキングの技術を行使し住所を特定して……。」

「……ハッキング?」

「…………。(こいつ……。)」

「…………ぁ。」

 熊谷は一斉にこちらを見つめる二人を数秒見つめると、自らの口を手で押さえ目を丸くした。

「……一旦それは置いといて……。このリストの中、見覚えのある名前がもう一個ない?」

 名簿を眺めずとも二人は見当が付いていたので口を揃えた。

「峰枩 悟だな。」「峰枩……か。」

 そして、被害者全員の情報を徹底的に調べ上げたと説明した上で熊谷は結果を告げた。


「残念だけど……、全員、この世に居なかったよ。」


「「‼︎」」

 衝撃的な言葉にその場に居る二人の空気が一瞬で凍り付いた。そして、神楽坂は理解していても心の片隅で受け入れたくないと思っていた結果が真実だということを突き付けられた。

「……巳越は……、やっぱり…………。」

「神楽坂さん……。……!」

 鬼塚が心配そうに目をやり名前を呼ぶと、悲しみを堪えているのだろう。俯いている神楽坂は言葉を失くし微かに震えていた。

 それを気不味く感じているのか、熊谷は神楽坂から目線を逸らしている。

「…………。」

 二人の様子を見て鬼塚は暫く考え込むと、巳越の遺族が巳越と峰枩に起きた騒動を知っていれば、峰枩についての詳しい情報が出て来るだろうと思い付いた。そして、神楽坂に提案を持ち掛けた。

「明日、巳越さんのお宅へ伺いませんか?……ご家族へこの事を報告する為に。」


 暫くして落ち着きを取り戻した神楽坂は返答した。

「……確かに、まずは遺族に報告した方が良いですね。」

 その後、神楽坂が巳越の実家に連絡を取り終えると、鬼塚と熊谷は神楽坂の提案で事務所に泊まってから出発することになった。


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 ……ピチャ…………チャ……ピチャッ………………。


 真っ暗な部屋の中、猫がミルクを飲むような音が響いていた。


 ゴッ…………ガゴッ…………ガッ……ガリッ…………ガリッ…………ッチャ……。


 そしてそれは、暫くすると何か硬いものを噛み砕いてるような音に変わった。その不快な音に加えて、部屋の中は生臭い血の匂いで充満している。

 暫く続いていた何か硬いものを噛み砕いてる音が聞こえなくなると、また再び猫がミルクを飲むような音が部屋に響く。

「同じ所で生まれたんだから、同じ場所で生きていけると思ったのにね……。」

 そして、聞き覚えのある誰かの声が聞こえる。何かに視界が奪われ目の前の情報は何一つ分からない状況だが、これだけは分かった。


 この声は確かに■■■の声だ。


 だが、それが分かっても声を出すことも叫ぶ事も名前を呼ぶことも許されない。

 ……何故なら、喉は既に潰されてしまっているからだ。

 どれだけ酸素を吸おうとも吸えるのは僅かで、殆どは傷口から音を立てて漏れていく。

「けど大丈夫。これからは、一緒に居られるよ。」

 ふと、肩に何かが凭れ掛かり耳元で囁いた瞬間、突然の激痛が全身を襲い気付くと痛みの感覚すらも無くなっている事を感じる。

「⁈」

「……っくく……、あっはははははははははははははっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎︎‼︎‼︎」

 何が起こったかも分からず思考を巡らせるが、目の前にいる人間の不気味な笑い声に掻き消されてそれ所では無かった。

 目隠しをしている正体は恐らく布のような物なのだろうか、それが湿るのと同時に段々と視界が赤くなるっているのが分かる。それに液体が溢れ落ちる微かな水音が鳴るのと伴って頭が徐々に朦朧とし始めていた。

 最期、耳に入って来た音は猫がミルクを飲むような音と何か硬いものを噛み砕いている音だった。


 ……そこで、やっと気が付いた。


 猫がミルクを飲むような音は血を啜る音で、噛み砕く音は人間の骨と肉を咀嚼している音だったという事が。そして、その音の正体が分かったところで意識が途絶えた。

 以降二度と、途絶えた意識が戻ってくる事は無かった。

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