第二話 巻き込まれる
そうして神楽坂が北公園に到着したのは、約束の時間の10分前だった。
園内は夜でありながらも人で賑わってデートや散歩などで私服やジャージ姿の人が多く見受けられている。その為、公園に居る人たちの中でスーツ姿の男性は少々目立っており依頼人らしき人は入口から少し歩いた所で直ぐに見つかった。 「(津野田さんは……、あそこか。)」
彼の居る所から依頼人らしき人との間は少し距離がありベンチに座っている姿を遠くからでしか確認出来なかったが特徴を聞いていたのでスーツを着た男性が依頼主だと判った。
「(少し待たせてたかもしれないな……。)」
左腕の掌側に着けている腕時計の時刻を軽く確認した後、神楽坂が依頼主の男性に声を掛けようと思い歩み始めた瞬間————、
依頼人らしき人が姿を消した。
「え…………?」
正しく言うのならば、神楽坂の視界から消えたのだ。
その直後、依頼主らしき人が居た場所から赤い何かが大量に飛び散り、数人が足を止める。そして、その光景を見た神楽坂は声を漏らし、その赤い何かの正体を理解するのに数秒かかった。 「(これって……、)……!」
そう、それは紛れもなく血液だった。……先程までベンチに座っていた依頼主らしき男性の。どうして血液と断言出来るのかというと、風に乗って周囲に漂い始める鉄臭い匂いが血液だという事実を物語っていたからだ。
「え、何……これ⁈」
「っ‼︎」
「っうわぁぁぁっ!」
「キャァーッ‼︎」
血飛沫が上がった瞬間を目撃したであろう人たちは、恐怖で震えて声も出せずに地べたに座り込んでいる者、恐怖のあまり悲鳴を上げる者、状況の理解が出来ずに立ち尽くす者に分かれていた。 「なになに?」
「何か悲鳴聞こえなかった?」
「待って、ヤバめじゃん!」
北公園での悲鳴を聞きつけたのか、園内とその周辺には心配して駆けつけた者や興味本位で駆けつけた野次馬で徐々に溢れ返っていた。
「うわっ、……と。あ、すみません……(す、凄い騒ぎだ……。)」
神楽坂はそんな人混みに揉まれながらも依頼主に近付く為、野次馬を掻き分けベンチの正面の方に移動すると、持ち前の長身でベンチに置いてある荷物を確認した。
「(黒い通勤鞄と大きめの茶封筒……となると、……だけど、そんな……。)」
神楽坂の視線の先には、血液で赤黒く染まった荷物と依頼主が座っていたベンチがあり、その周りの青々とした芝生も同様に赤黒く染められていた。加えて、その芝生の上には依頼主の物だったのであろう捥げた四肢が無惨に転がっている。 「だ、誰か……救急車‼︎」
「いや、ま、まずは警察だろ……!」
「ど……、どっち呼んだって流石に手遅れでしょ……?」
「……もう無理……。」
事件の一部始終を見た園内の人々は既にパニック状態に陥っており、目の前の光景と鉄の匂いに胃の中の物を吐き出す者や、携帯電話で警察や救急車に通報を掛ける者は居たが、誰もベンチには近付こうとはしなかった。
ベンチの周りで何が起きたか分からない以上、近付かない方が安全だと本能的に察知したのだろう。
「……あれ、新手のマジックショーか何かだよな?」
「そんな訳ないじゃん!あれ、絶対に血だって……‼︎」
「ど、……ドッキリでしょ?」
そして、園内が阿鼻叫喚に包まれているそんな時だった。
「警察です!道を開けてください‼︎」 「「「「‼︎」」」」
突然、後ろから警察官だと名乗る男性が人混みを掻き分けてベンチに近付いた。
その男性は悲惨な現場を見て不意に顔を顰めたが、直ぐに周りを一通り見回すと人混みに向かって尋ね始めた。
「どなたか!現場の目撃者の方や被害者の関係者の方はいらっしゃいますか⁉︎」
「(被害者の、関係者……。)」
男性の言う人間に自分が該当していたのでその男性に近付こうとした神楽坂は、ふと足を止めた。
……自分は、この事件に関わってはいけない。
瞬間、彼の頭の中でそんな言葉が過ったからだ。
「(……知らない振りは出来ない……よな。)」
そして、神楽坂は数人の男女と一緒に自分が目撃者だと名乗り出ることにした。
この時から既に運命は決まっていたのだろうか……?
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その当時、高校生だった俺は同年代や様々な人間が行方不明になった噂を聞く度に恐怖していた。
これは噂で聞いた話だが……、俺の通っていた中学校の誰かがクラス間で問題を起こした数日後、失踪してしまったらしい。
その生徒が失踪した後も失踪事件は無差別に起こり、破天荒町は恐怖の渦に飲み込まれた。事件が起こる度、俺は自分も例外では無いんだと身構えて生きていたが、幸いにも俺の身内には誰一人として被害者は出ていなかった。
……それでも、失踪事件は続いていた。
俺の身内に被害が出ていなくても、通っていた中学校、高校では生徒や教員、職員が度々失踪しているのだ。それに加えて、子供の頃に見たドラマや漫画、映画などで憧れ始めた刑事を夢見て警察官を志し通い始めた警察学校でも、遂には行方不明者が出た。
学生時代、教室の机に手向けられた花を見る度、言葉では言い表せないような罪悪感が俺を襲った。
そんな何処からとも無く現れる悔恨の念が、俺が刑事としてこの事件を解決させたいという絶対的な思いを強まらせたのだ。
そして————、その男は警察学校を卒業し、長い努力の末に刑事に成った。
男の名前は鬼塚 京次。今年で28歳(現在では27歳)。ここ、破天荒町にある破天荒警察署の刑事課に所属する刑事歴2年の新米刑事だ。
彼は夢にまで見た刑事に成れたのだが、実際の所、思い描いていたドラマのような格好の良い刑事には成れず、未だ死体を見るのにも慣れない未熟者だ。
最近は殺人現場などに赴く事があり、ドラマなどで見る原型を留めている遺体は幾分かマシだが、原型を留めていない嘗ては人の形だったであろうものを見ると、恐怖に体が震えて暫く食事が喉を通らなくなる。
本物の遺体を見るのはまだ2年しか経っていないが、何年経ってもこれは慣れる気がしないだろう。(正直、完璧に慣れてしまうのもどうかと思うが。)
そんな鬼塚だが今日は一人の刑事として、ある事件の聞き込みの仕事をしていた。
「……そう、ですか……。」
「んー。確か近所に住んでた筈だけど、あんまり関わりが無かったからなぁ……。これといった話は無いんだよ。ごめんな、兄ちゃん。」
「っいえ、こちらこそ済みません。ご協力感謝致します。」
それは、捜査が打ち切られた筈の失踪事件についてだった。
少しでも目撃情報を得る為に町の人々に一日中聞き込みをしていたが、被害者も目撃者も一人残らず行方不明になっているので、これと言った情報が得られる筈が無かった。
「(今日も一切情報なし、か。)……はぁ。」
そんな事もあり、鬼塚は肩を落としながらも自宅に帰ろうと通り道である北公園の入り口前を通ったその時————、
「え、何……これ⁈」
「っ‼︎」
「っうわぁぁぁっ!」
「キャァーッ‼︎」
悲鳴を聞きつけた鬼塚は、思わず足を止めた。
「‼︎(っな、何だ……⁈……、北公園の方か!)」 一通り見渡したところ入り口付近から少し歩いた所に人集りが出来ている事に気付き、騒ぎがそこで起きたと理解する。詳しい現場の様子を見る為に近付いたが、嗅ぎ慣れない鉄臭い匂いが鬼塚を襲った。
「っ⁈(……この匂い、……いや、そ、そんな筈……。)」
だが、怯んでいる暇も無かったのでその匂いに堪えて顔を顰めながらも人集りに声を掛けた。 「警察です!道を開けて下さい‼︎」 「「「「‼︎」」」」
その声に反応した人たちは直ぐに道を開け、鬼塚は足早に現場へと向かう。
「っ……!(両腕と両脚、だけ……?)」
そこには、想像を絶する姿とまたもや強い鉄臭い匂いを放つの誰かの物だったであろう血に塗れた四肢がベンチの周辺に転がっていたのだ。 「(悲鳴が上がってから時間はそう経ってない筈だ、胴体だけが直ぐに消えるなんて)……何処にも、無い……?」
ベンチ付近を見回したが、四肢の持ち主はどこにも見当たらなかった。
「(っくそ、こうなったら……!)どなたか!現場の目撃者の方や被害者の関係者の方はいらっしゃいますか⁉︎」
すると、数人の男女が名乗り出て来た。しかし、有り得ない現場を目撃してしまった所為か、その中の誰もが怯えた表情で鬼塚の方を見ており気が動転しているようだった。
だが、灰色の髪をした長身の青年だけは、血液が付着し汚れてしまっている被害者の荷物を冷静に、そして、ただ呆然と見つめているだけだった。
……この時から、既に運命は決まっていたんだ。
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