第三話 思い出される

 ……ピピピピピピピピ……。


「………………ん……。」


 ……ピピピピピピ……!


「……もぅ……、朝……か?」


 ……ピピピピピ…………ピ‼︎


 布団から手を伸ばしアラームを止め、薄く目を開け時間を確認すると、神楽坂はベットからゆっくり起き上がった。

「じゅ、10時26分……。(いつもなら6時7時の間くらいに起きる筈なのに、……やっぱり、昨日のがだいぶ堪えたんだな……。)」

 そんな事を寝惚けた頭で考えながら、1日の予定を確認できるようにいつも枕元に置いてあるスケジュール手帳を手に取り開いた。

「〈11時半から破天荒警察署で再度事情聴取〉……やっぱり、夢じゃ無い……か。」


 昨日は関係者だと名乗り出た後に何台のもパトカーが北公園に来た為、目撃者と関係者は署まで同行して詳しい事情聴取を受けた。そして、神楽坂は昨日の出来事を思い返す。

「神楽坂 翔馬さんで間違い無いですね?」

「はい。」

「ありがとうございます。ではまず、貴方は事件発生時なぜ北公園に居たんですか?」

「仕事の依頼で依頼主に会うため、そこで待ち合わせをしていました。」

 神楽坂が言い終わると、質問をしていた警察官が書記の警察官と目配せを交わし、書き終わったのを確認するとまた質問を続ける。

「職業は、確か自営業で探偵をされていますよね?」

「はい。」

「それで、その依頼主が北公園で起きた事件の被害者である津野田さんだったと。」

「そうです。」

「別人だとは思わなかったんですか?」

 神楽坂は首を横に振る。

「依頼を受けた時、電話で事前に特徴を聞いていたので見間違いでは無かったです。」

「はっきりと見られたんですか?」

「いえ、私が北公園を訪れた時は津野田さんの座っているベンチは入り口から少し距離があったので、はっきりと見た訳では……。なので、本人かどうかを確認しようと近付きました。」

「それで、その途端に依頼者の姿が見えなくなったのを不審に思ってベンチに駆け寄り見てみると津野田さんの頭部から胴体にかけての部位が無くなっていた……、と。」

「……はい。」

「「………………。」」

 こちらを見る警察官の目は、明らかに神楽坂を疑っている眼差しだった。

「神楽坂さん、聴取した方々の中で被害者男性の関係者は貴方しか居なかったんですよ。……津野田さんとは以前からお知り合いだった、ということは有りませんか?」

「いいえ、依頼の電話を受けた時が初めてでした。それまで会ったことも喋ったことも一度もありません。」

「そうですか。(目撃者全員の証言が全くもって同じで、この人も一緒なのか……、参ったな……。)」

 また、質問をしていた警察官が書記の警察官と目配せを交わす。その二人はの顔は、半信半疑という言葉が似合う表情だった。

 そうして————、数時間に亘った事情聴取が終わった。


 神楽坂が聴取されていた部屋から出てくると、隣の部屋から黒髪で小太りの中年男性が同じタイミングで出てきた。

「神楽坂くん、事情聴取お疲れ様。」

 声を掛けられたので、顔をそちらに向けると神楽坂は思わず声を漏らす。

「!後藤さん、お久し振りです。」

 神楽坂に声を掛けてきたのは神楽坂が探偵を始めた頃から仕事柄付き合いのある刑事、後藤 一介だった。

 後藤と顔見知りであることに驚いたのか、神楽坂の取り調べをしていた警察官たちは二人の顔に視線を行き来させていた。

 そんなこともあってか、犯人として疑われていた神楽坂の疑いが完全に晴れた訳ではないが、あからさまな疑いの目を向けられる事は無くなったようだ。


 事情聴取が終わった神楽坂が一人で帰宅していた途中のこと。

 自宅へ帰る道に北公園があるので通りざまに様子を見てみると、神楽坂たち目撃者と関係者が去った後の北公園には未だ何人かの警察官が残っており、公園内を忙しなく動いていた。

「(警察署に行ってから2時間以上は経っている筈だけど、胴体の捜索はまだ続いてるみたいだな……。)」

 すると、一人の警察官が北公園にいる部下たちに本部に戻るよう指示を出す声が耳に入った。話を聞くに、結局、被害者の胴体を公園中探し回ったが見つからなかったらしい。


 そして、現在。神楽坂は自身の事務所内、2階の自室ベッドに腰掛けていた。

 今日も先ほど確認したように事情聴取がある為、ベッドから立ち上がると洗面所へ向かい急いで洗顔と歯磨きを済ませる。正直、昨日の悲惨な現場を思い出し、あまり食欲がなかったが軽い昼食を無理矢理に胃の中に押し込むと必要な物を鞄に詰め込み、警察署へと向かった。


 ……実を言うと、神楽坂が警察署に出向く理由はもう一つあった。

 昨日の事情聴取の後、「依頼主の封筒の中身を確認させて欲しい。」と頼んだのだが、自分の疑いが完全に晴れていないので断られて困っていた時、後藤から「今日はこの封筒を鑑識に回さないといけなくて明日には返ってくるだろうから、明日また聴取の後になら見せられる。」と言われたからだ。


 神楽坂の事務所から警察署に到着し、中に入り軽く見回す。

「(後藤さんは……、居た。)……ぁ。」

 だが、その隣には昨日の騒ぎの時に警察だと名乗った男性と会話中だった。

「(話が終わるまで待っておこうかな……。)」

 会話の途中、神楽坂の存在に気付いた後藤と目が合い、その男性を連れて神楽坂に近付く。

「神楽坂くん。どうだろう、昨日は良く眠れたかい?」

 そして、後藤は苦笑い気味に神楽坂に尋ね、神楽坂も釣られて苦笑いを浮かべながら答える。

「まぁ……、なんとか。けどやはり、まだ昨日の出来事が未だに信じられません。」 

「うん、あぁいう現場に出くわすのは中々に無いことだから無理も無いだろう。」

 そう何気ない会話をしながら、もう一人の男性に目を向けると、その男性も神楽坂に目を向けており目が合った。きっと、昨日の事で気に掛かっていたのだろう。

「こちらは、鬼塚 京次くんと言って私の部下だ。そして、こちらは神楽坂 翔馬くん。聴取を聞いて知っていると思うが、この町で私立探偵をしている方だ。」

 二人の視線に気付いたのか後藤が各々の簡単な紹介をし、神楽坂と鬼塚はお互いに軽く会釈をした。

「そうだ、立ち話もなんだから私たちの事務室に案内するよ。」

 後藤はそう言い刑事課の事務室に神楽坂を案内した。

「どうぞ、そこのソファに座って。」

「失礼します。」

 神楽坂が座って数分後、後藤は酸化した血で汚れた茶色い封筒を持って来、中身を取り出し神楽坂に手渡す。

「で。昨日の被害者の荷物の事だが……神楽坂くんの言っていた通り、茶封筒から行方不明になっている探し人らしき人物のプロフィールやその他諸々の情報が書かれた紙と顔写真が見つかったよ。とまぁ、見て分かるように、殆ど血で汚れてしまっているんだがね……。しかし恐らく、君に依頼の連絡をしたのは津野田 夕……、被害者本人で間違い無さそうだよ。」

 神楽坂は中身を確認する為、それを受け取って紙と写真に目を通した。

「やっぱり、依頼主でしたか……。(……俺がもう少し早く着いていれば、津野田さんに何が起こったか分かったんじゃ……?)」

 悔やんでいる様子の神楽坂を見て後藤は呟く。

「君の所為じゃ無い。」

 そして、ふと何かを思い出し言葉を続ける。

「そういえば、こうやって神楽坂くんに聴取するのは〝あの事件〟以来だな……。」

 後藤の言葉に神楽坂は反応し俯いた。

「巳越の失踪した事件、ですね……。」

「……あぁ。」

「(巳越の失踪した事件……?)」

 二人の様子を見ながら鬼塚は聞き慣れない被害者の名前を耳にして眉を潜めると、それに気付いた後藤が鬼塚に説明するように口を開いた。

「10年ほど前だろうか。彼の……、神楽坂くんの友人、巳越 裕木くんが謎の失踪事件の被害者でね。その時、巳越くんと一番仲が良かったのが神楽坂くんだと聞きつけて、以前から可笑しい様子が無かったかや心当たりが無いかを聴取させて貰ったんだ。」

「……その担当をして下さったのは後藤さんでしたね。」

 会話を聞いて過去にどのような事件が起きたかを思い出した鬼塚は、神楽坂の方を見て目を見開く。

「中学生の失踪事件……。……‼︎確か、過去に通っていた中学校で男子生徒が行方不明になったのを噂で……!」

 そして、眉を潜める二人に釣られて肩を落とした。

「……あの事件の関係者、だったんですね。」

 口を押さえながら呟く鬼塚に、神楽坂は首を縦に振る。そして、複雑な顔をする二人を見た後藤は目を逸らして言った。

「……辛い事を思い出させてしまったね。」

「い、いえ……。」「だ、大丈夫です。」

「何はともあれ、この封筒が神楽坂くんへの疑いを完全に晴らしてくれた事だし。私たちは、またこの事件について調べを進める事にするよ。」

 話を戻した後藤に、神楽坂は軽く頭を下げる。

「……よろしくお願いします。」

 そして、立ち上がり二人にもう一度頭を下げた。

「失礼します。」

 そうして神楽坂が事務室から出ようとすると、後藤が鬼塚に声を掛ける。

「鬼塚くん、神楽坂くんを外まで送ってあげてくれ。」

「はい。」

 返事をした鬼塚は神楽坂の後を追って事務室から退室し、鬼塚がドアを閉めると二人は外へ歩き神楽坂は申し訳なさそうに眉を落とした。

「わざわざ送りまで……、ありがとうございます。」

 巳越の名前が出てきてから神楽坂の表情が僅かに暗くなっているように感じた鬼塚は、神楽坂を励ますようなハッキリとした声で答えた。

「いえ、こちらから呼んでおいて野放しで帰らせる訳にはいきませんので。」

 しかし、そう言い終えた鬼塚の神楽坂を見る眼差しも、どこか心配げだった。多分、巳越の失踪事件や今回の事件の事が気になっているのだろう、と神楽坂は解釈する。

 すると、鬼塚の方から話し始めた。

「ご友人……、巳越さんの事件は未だ未解決として記録に残っています。」

「……そうなんですね……。」


 ————その時、巳越の失踪事件が何らかの切っ掛けだったのではないかと神楽坂の頭に過った。


 統一性が無いにしても、どこか、何かがずっと引っ掛かっているからだ。巳越が失踪する前に起こした騒動や、巳越と峰枩の間に一体何が起こっていたのか、峰枩が何を呟いていたのかも、巳越が最期に見せた顔の理由も……、

「神楽坂さん?」

 出入口に着いても口に手を当てて思い詰めた顔をしている神楽坂の傍らで、鬼塚は不思議そうに見つめていた。

「!」

 神楽坂は我に返って顔を上げ、出入口に着いていた事にやっと気が付く。

「(気を使わせちゃったかもしれないな……)……すみません。」

 そう言って神楽坂は歩み出し、鬼塚は神楽坂の背中を無言で見送ると顔を曇らせた。

「……。(事件を解決してみせます。なんて多分、聞こえてなかったみたいだな……。)」

 そして、事務所に戻りながら軽く首を左右に振る。

「(いや、……根拠の無いことを言っても……。……聞こえてない方が良かったの、かもな。)」

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