第四話 遭い逢えられる

 鬼塚と別れ警察署の敷地から外に出た神楽坂は、ふと立ち止まってスケジュール手帳を開いた。

「(……今年で、10年も経つのか……。)」

 後藤との会話で巳越のことを思い詰めていた神楽坂は、スケジュール手帳を閉じて自然と足を運ばせる。

「(今の所は依頼も無くて時間も空いてる……。いつ行けるかも分からないし、行ける内に行くか。)」

 そうして辿り着いたそこは、巳越の墓が建ててある墓地だった。

 巳越は行方不明者なので遺骨も何も無いが遺族の意向で墓が作られているので時間がある時は赴くようにしており、墓前に着いた神楽坂は線香をあげて目を瞑り手を合わせた。

「……………………。」


 トントン……。


「?」

 暫くして目を開けると、誰かが自分の右肩を優しく叩いた気がした。

「(!墓参りしに来た人を待たせてたかもしれないな……。)すみません、待たせてしまったみたい、で……?」

 右に振り向いた神楽坂の目の前には、血塗れで表情のよく見えない青年の顔があった。

「‼︎」

 神楽坂は固まり、青年に注視する。

「か、…………わ……な、…………。」

 その青年は余りにも苦しげで言葉を発するのがやっとみたいだった。

「(な、何を、言ってるんだ……?)」

 だが、必死に何かをこちらに伝えようとしている事は理解出来た為、神楽坂は今すぐ逃げ出したいという溢れ出す恐怖心を抑え込んで発せられている言葉を聞き取ろうと試みていた。しかし、立ち尽くしていた神楽坂は背後から別の手に両肩を思い切り叩かれたことで正気を取り戻す。

「‼︎」

 叩かれた方を振り返ると、少し大きめのキャリーバッグを持った藍色の髪をした中性的な青年が首を傾げて立っていたのだ。

 青年の顔は青白く目元は隈が酷い為、美人な幽霊が居たらこんな感じだろうなといった印象を受ける顔立ちだった。

「…………。」

 そんな事を確認しながら顔に見惚れていた所為か、青年は戸惑いを見せながら少し目を逸らす。

「……か、神楽坂君、だよね?」

「!(……何で俺の名前……?)」

 一方、神楽坂が呆然としていたので青年は話を続ける。

「あー、覚えてないかも知れないね……。中学も卒業前に転校しちゃったし。ほら、峰枩 悟だよ。覚えてない?」

 そう、そこに立っていたのは巳越との騒動の後に転校した峰枩 悟だった。それに、あんなことがあったのだ。忘れる筈も無い。しかも、顔を見た瞬間に思い浮かべていた人物だ。

 藍色の髪と瞳、成長期を迎えた彼はあの頃と違い身長は多少高くなり体格も相変わらず痩せてはいるが、ある程度は肉が付いている。そして、いかにも不健康そうだった顔は幾分か血色が良くなっているようだ。だが、相変わらず目の隈は酷かった。

「覚えてるよ、久し振り。」

「ほんと?良かったぁ。」

 神楽坂がそう言うと、峰枩は覚えられているのが嬉しかったのか分からないが、中学時代からでは考えられないような人懐っこい顔で笑った。

「ところで、峰枩は何でこんな所に?」

「ぼくは実家に帰る前に墓参りに寄っただけだよ。それより、神楽坂君こそどうしたの?ぼくが墓に向かって歩いてたら、墓前で青白い顔してるし。」

 疑問を返す峰枩からは、こちらを心配している様子が伺えた。

 中学時代は余り関わる事が無かった為、彼の事は良く分からないが、根は良い奴だったんだなと思うと少しだけ先程の恐怖が和らいだ。その為かどうやら口角が上がっていたらしく峰枩からは不思議そうな目で見られていた。その少し痛い視線を逸らしながら、神楽坂は目を細める。

「俺も見ての通り墓参りだ。……それより、峰枩ってこんなに喋る奴だったんだな。」

 神楽坂がそう言うと峰枩は少し目を伏せたが、直ぐにまた人懐っこい笑顔に戻って返答した。

「……中学時代は、ちょっと良い事が無かったからね……。入学したての頃から緊張して喋れなかったし、中3の夏休み明けは身内に不幸があって……、それで1週間休んだお陰で更に馴染めなくなっちゃったし……。」

 そう言って峰枩は自嘲気味に笑った。

「(!……そうか、夏休み明けに峰枩が1週間遅れて登校したのは、そういう理由だったのか……。)」

 今日だって、その身内の墓に参りに来ているのだ。恐らく親族か誰かが亡くなったのだろう、神楽坂は深くは詮索しないように気を使った。あちらも何も聞き返して来なかったのでその気遣いを感じ取ったのか、峰枩は提案を持ち掛ける。

「そうだ。こんなとこで立ち話もなんだから、場所変えよっか。」

「……そうだな。」

「話すのに丁度良い場所知ってるんだ。案内するよ!」


 そうやって墓地を後にし峰枩の横を着いて数分間歩いていると、神楽坂は反射的に足を止めた。

「‼︎(ここって……!)」

 何故なら、視線の先には昨晩に事件が起きた北公園があったからだ。

「神楽坂君、こっちだよー?」

 峰枩は振り返ると不思議そうにこちらを見つめていた。

「(あの様子だと、峰枩は昨日の事件を知らないのか……?)」

「…………?」

「(躊躇してても仕方がない、……か。)わ、悪い今い…… 、‼︎」

 神楽坂が覚悟を決めて園内に足を踏み入れると、目の前に手を繋いだ双子が公園の出入り口から不意に飛び出してきた。なぜ双子だと判断したのかというと、容姿がよく似ていて背丈も同じだったからだ。

 幸い正面衝突は避けられたのだが、北公園での昨日の事を思い出した神楽坂の心拍数は急激に跳ね上がる。そして、ぶつかりそうになった双子は立ち止まって誰とぶつかりそうになったのかを確かめる為、恐る恐る顔を上げてみる。

 すると、予想以上に驚いた表情の神楽坂と目が合った。

「「っご、ごめんなさい‼︎」」

 その顔を見て恐怖した双子は反射的に頭を下げると、早々と二人の間を通り過ぎていった。

「神楽坂君、大丈夫?」

 昨夜のような心臓に悪い出来事が起こり、神楽坂は乱れそうな呼吸を整えようと咄嗟に口に手を当て深呼吸をしている。きっと、その視界の端で峰枩が先程の双子を見ながら恨めしそうな顔をしていた事は気が付かなかっただろう。

「だ、大丈夫。ごめんな。」

「そう、なら良かった。ほら、行こ?」

 そう言って峰枩は躊躇なく北公園に入っていく。

「ぁ……、あぁ。(やっぱ、峰枩は昨日の事件を知らないみたい……だな。)」

 きっと今日になって帰ってきたから事件の噂も耳に入っていないのかもしれない。そう自分の中で完結させると、神楽坂は峰枩の後を追った。

 峰枩は湖越しのベンチに足を運んでそのまま座り、それに釣られて神楽坂も隣に腰を下ろす。そして、昨夜の事件が嘘だったかのように賑やかな公園を眺めた後、峰枩が神楽坂の方に顔を向け問い掛けた。

「神楽坂君、今何してるの?」

「俺は私立探偵をしてる、自分で探偵事務所を開いて。」

「へぇ、そうなんだ……。」

 会話が途切れそうなので、峰枩のキャリーバッグに目を付けた神楽坂は他の話題を持ち掛けてみた。

「そういえば実家に帰って来たって言ってたけど、峰枩は何処かからの帰りなのか?」

「うん、転校して暫く親戚の家にお世話になっててね。その帰り。」

「……、行ったり来たりで大変そうだな。」

 眉を潜める神楽坂に峰枩は微笑み掛ける。

「嫌だな、そんな心配そうな顔しないでよ。ぼくは、また破天荒町に帰って来れて嬉しいんだから。」

「!……。」

 普段では見る事の無かった笑顔に神楽坂は目を白黒させ、峰枩はそれを見て再び苦笑いをしている。


 それから暫くは峰枩が転校してからどうしてたとか、高校はどうだったかとかの話で会話を繋いでいたが気付くと時間を忘れる程に会話が弾んでいた。

 そうして会話が一段落し、日が傾き始めていることに気が付いた峰枩はベンチから腰を上げる。

「あ、そろそろ帰らなくちゃ。」

「!そうだ、峰枩。」

 キャリーバッグに手を掛け別れを告げようとした峰枩を神楽坂は呼び止め何かを探し始めた。

「どうしたの?神楽坂くん。」

 振り返り首を傾げる峰枩に神楽坂は胸ポケットの名刺入れから名刺を取り出し差し出す。

「これ、俺の名刺だから、もし何かあったら連絡くれ。」

 昨日の今日で事件についての警戒心が全く無い峰枩に、神楽坂は何処か不安を感じたのだろう。

「…………。ありがと、神楽坂君。……じゃ、またね。」

 峰枩は名刺を受け取り上着のポケットに仕舞うと手を振りながら北公園を去っていった。

「あぁ、また。」

 中学時代の印象とは違く、意外にも話し易く会話が弾んでしまった。だが、中学時代の話題で彼の口から一度も巳越の話が出て来る事は無かった。

 彼も巳越が行方不明になった事は知っている筈だ。それなのに話題に出さなかったのは、少し自分も関係していて気不味いからなのだろうか?

「……俺も、そろそろ帰るか。」

 左手の掌側に着けている腕時計で時刻を確認した神楽坂は、峰枩とは別方向に歩き出し北公園を後にした。

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