第五話 立ち入られる

 津野田の奇怪な失踪から2ヶ月が過ぎた頃、あの男性が神楽坂の事務所に訪ねて来た。北公園で事件が起こった時や警察署で後藤の隣に居た刑事、確か名前は鬼塚 京次だっただろうか。

 ほとんど赤毛な茶髪のセットされた髪型、スーツの着こなしから彼が身嗜みに拘っているのは見て取れたが、顔は少々やつれている為、少し不格好のように感じた。

 御用になることは勿論していないが警察が自身の事務所に来るのは初めてで、刑事の急な来客に緊張し内心焦っている神楽坂はそれを悟られないよう客用のお茶を用意しテーブルまで運ぶ。

 それを鬼塚に差し出すと、机を挟んで客と向かい合うように設置してあるソファに神楽坂は座った。

 鬼塚は運ばれたお茶に礼を言い一口啜ると、口を開いた。

「神楽坂さん、お久し振りです。その節は聴取に応じて下さり有り難う御座いました。」

「いえ、あの事件のちょっとした手掛かりになったのなら協力して良かったです。」

 神楽坂に対する津野田の聴取も一段落しており、鬼塚がわざわざ神楽坂の事務所にまでやって来た本題がそれでは無いと察していた神楽坂は、ゆっくり視線を動かし鬼塚と目を合わせる。

「…………。」

「!」

 その視線に何かを感じ取ったのか、鬼塚は少し申し訳なさそうな顔をして話題を移す。

「実は、本日こちらへ伺ったのは依頼では御座いません。……本来なら依頼をする為に来なければならない場所ですが、ご了承下さい。」

 そして、警察手帳を提示した。だが、雰囲気で理解していた神楽坂は特に驚くことも無く返答する。

「承知しました。でしたら、どのようなご用件でお越し頂いたのでしょうか?」

「神楽坂さん。貴方は巳越 裕木さんと同級生で、かなり仲が良かったみたいですね。本日伺った理由は、巳越さんについてのお話を詳しくお伺いしたかったからなんです。」

「巳越について、ですか? ……! 」

 捜査が止まった筈の巳越の話題が出て来た為、神楽坂は少し興奮気味な反応を見せる。

「っもしかして、巳越の手掛かりが見つかったんですか⁉︎」

 だが、そんな神楽坂とは反対に鬼塚は冷静な態度で言う。

「いえ、まだ何も見つかっておりません。捜査も打ち切りになっている為、尚更……。」

「そう、ですか……。」

 鬼塚のその言葉に神楽坂は肩を落とし、そんな神楽坂を見て鬼塚は目を伏せた。そして、神楽坂は理由が気になり問い掛ける。

「でしたら何故、巳越の事を?中学の時、後藤さんから散々、事情聴取を受けた筈ですが。」

 巳越が行方不明になった後、神楽坂は任意で事情聴取に同行した。巳越のあらゆる事を徹底的に質問され続けたので、その時の事は今も鮮明に覚えている。それに、鬼塚は後藤の部下なのでその話も知っている筈だ。だから、今更になって巳越の話題が出ることが不思議だった。

 不可解な面持ちの神楽坂に鬼塚は言葉を返す。

「巳越さんについては捜査を打ち切られていますが、峰枩 悟さんについては捜査が行われているからです。」

「……峰枩、が?」

 その言葉に神楽坂は耳を疑い聞き返した。

「何故、峰枩が捜査されてるんですか……?」

 すると、鬼塚は本題を告げた。

「それが、峰枩 悟さんがお亡くなりになられましたので。」

「!……いつ……、ですか?」

「3ヶ月程前だと伺いました。……その様子ですとやはり、ご存知では無かったみたいですね……。」

 神楽坂はますます理解が出来なかった。

 峰枩が3ヶ月も前に亡くなっているならば、俺が2ヶ月前に会ったあれは誰なのだ。あれは何だったんだ。あれは、あれは……?

 彼の頭の中はそんな疑問で満たされていた。

「神楽坂さん?」

 動揺し口に手を当て虚空を見つめる神楽坂には、恐らく、鬼塚の呼び掛けは届いていない様子だった。

 混乱している神楽坂を見て、鬼塚はお茶を飲み干すとソファから立ち上がる。

「急な話をしてしまい申し訳御座いません、今日のところはお暇させて頂きます。」

 そう言って胸ポケットから名刺を取り出すとテーブルに置いて言葉を続ける。

「もし、話して頂ける状況になれば、こちらにご連絡下さい。」

 そうして、事務所から出て行った。


 ……鬼塚が出て行ってから、どのくらい時間が経過した頃だろう。

 神楽坂は頭を抱えたままテーブルに突っ伏していた状態からやっとの事で顔を上げた。

「ぁ……。(もう、こんな暗くなってたのか……。)」

 鬼塚がやって来た時の室内は電気を点けなくても良いくらいに明るかったが、今では電気を点けなければ周りが見えないくらいに外は暗くなっていた。

「(電気、点けるか。)…………?」

 神楽坂はソファから重たい腰を上げ立ち上がったが、直ぐに動きを止めた。

 何故なら、背凭れを挟んだ自分の真後ろに〝何か〟が居るからだ。


 ……ポタッ…………。


「……!」

 液体のような物が床に滴り落ちる音と、墓地で聞いたような苦しそうな呻き声が背後から聞こえる。

「……み、こし?」

 自分の背後に居る〝何か〟を何故か分からないが、巳越のような気がして思わず名前を呼んでしまった。そして、硬直している神楽坂の背中に、冷たい汗が流れる。

 暫くすると、背後に居る〝何か〟は唱えるように語り始めた。

「ぃ……ぃ…………。」

「(……い……?)」

 余りに声が小さい為、神楽坂は耳を澄まそうとした。が、その必要は無かった。

「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い…………っ。」

 背後にいる〝何か〟の声は怒りを表すかのように大きくなっていき、神楽坂の鼓膜を震わせる。

「!……っ‼︎」

 咄嗟のことで思わず神楽坂は耳を塞いだが、その頃には背後に居た〝何か〟は消えていた。

「(な、なんだったんだ……?)」


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 破天荒町全体が見渡せる場所、破天荒の塔の展望台の開けた空間で、エレベーターを降りた鬼塚は日の落ちた町を少し見渡した。

「…………。(……街灯の一つ一つが星みたいだな……。なんて、……柄じゃないな。)」

 ここは夜でも開放されていて、展望台から見る夜景は煌びやかなのでカップルや一部のファンからも有名な絶景スポットだ。だからだろうか、今日も夜景を眺めにきた人々がちらほらと見受けられる。勿論、鬼塚もその一人だ。

 最近は事件続きで気が滅入る事が有るので、考え事をする時や、仕事で落ち込んだ時、上手くいかなかった時は高い所に昇って夜風に当たる事がとても良い気分転換になり、そういった時になるべく此処に来るようにしている。

「(人気の無い場所は……、あった。)」

 禁煙を定められた場所では無いが、他の客に気を使って少し離れた場所で煙草を取り出し火を点け咥える。

「……………………ふぅ。(今回も散々だったな……。)」

 紫煙を溜息と共に吐き出しながら、鬼塚が今回担当した事件のことを思い返していた。事件内容は、3週間前に行方不明になった少年の捜査だ。

 捜査から数週間後、その少年の家族が鬼塚の元に押し掛けてきた。

「刑事さん!息子の手掛かりは、まだ見つかって無いんですか⁈」

「っは、はい……、大変申し訳ないのですが……。」

「事情聴取も受けて、息子の情報も、これでもかと言うくらいにお渡ししましたよね⁈なのに、何故まだ見つかっていないんですか⁉︎」

「……申し訳、御座いません。」

「貴方の捜索の仕方がなってないんじゃありませんか?」

「……そう、でしょうか。」

「…………鬼塚さん。貴方、警察に向いてないんじゃありませんか?」

「っ……!」

「それでは、失礼します。」

「……………………。(……警察に、向いてない……。)」

 その際、こういう具合に少年の家族から怒鳴られ自分の仕事っぷりをこれでもかと否定されてしまったのだ。

 そんなこともあり、鬼塚は最近、自分でも刑事には向いていないのではないかと感じる事が多々あった。

「(改めて真っ向から言われると、……流石に、堪えるな。)」

 勤務し始めて2年しか経っていないが、想像も絶する刑事生活に耐え切れず、いっそ辞めて仕舞おうかと思うことがある。

 実際のところ、ここ数年で辞めていく同僚が多い。それに加え、辞めるだけではなく行方不明にもなっている人も居る為、最近はとても人手不足だ。

「(こんな状態で俺まで辞めたら、絶対捜査に手が回らなくなるだろうな。)」

 不謹慎な話かも知れないが……。そう思うと、もう少しだけ頑張ろうという気にもなれた。

「……ぁ。(もう3本も吸ってたのか、……明日も早いし、そろそろ帰って寝るか。)」

 左腕の甲側に着けている腕時計を確認し21時を回ろうとしていた頃だったので、扉の前でエレベーターを待っていたその時だ。


 ポーン……。


 エレベーターの到着音と共に扉が開き、そこから降りて来たのは、先日に峰枩の件で事情聴取をした灰色の特徴的な髪色をした私立探偵の男性、神楽坂だった。

「……!」「!…………。」

 神楽坂の方も鬼塚をのことを覚えていたらしく、目が合うと軽く会釈をしてきた。

「(……神楽坂さんも、色々と大変なんだな……。)」

 北公園での事件や峰枩の件での疲れからか、彼の目には隈があり年齢は自分とそんなに変わらないだろうが少し老けて見えた。

 どこか声を掛け辛く特に用事も無い為、会釈を返して鬼塚が神楽坂の降りて来たエレベーターに乗り込もうとしたその時、突然、背後周辺から公園で聞いた声と似た絹を裂くような悲鳴が展望台中に響き渡った。

 しかし、悲鳴が聞こえたのは一瞬だった為、鬼塚は何が起きたのかが分からなかった。

「っ……⁈」

 不意を突かれて真っ白になる頭を叩き起こしながら急いで振り返ると、鬼塚は思わず目を逸らした。

 ……何故なら、そこに夥しい程の血溜まりが広がっていたからだ。


 先程すれ違った神楽坂は青褪めた顔をしており、案内係の女性やその他の客たちはショックで口元を抑えている。そして、人々の視線の先には切り離された左腕が落ちていた。

「(……また、身体の一部が……。)」

 鬼塚はその左腕の持ち主を探したが、公園の時と同じようにその姿は無かった。恐らく、悲鳴が一瞬だったのは本人の意思で止めたのでは無く、他者により止められたのだろうかと鬼塚の頭を過ぎる。

「皆さん、落ち着いてください!現場から離れて一箇所に集まるようお願いします‼︎」

 鬼塚はそう言うと、直ぐに署に連絡をし応援を呼んだ。

「(応援を待っている間に出来る事は……。)」

 その後、展望台にいた数名を現場に近付けないよう、注意も含めて目撃者たちに簡単な事情聴取をしていると……。


「「「「女性が見えない何かに食べられた。」」」」


 衝撃的な光景だった為か、目撃者の多くがそう語っていた。それは、神楽坂も例外では無かった。

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