第七話 牽き制えられる

「(あの指輪は、間違いなく……、……だけど、いや、そんな筈が……。)」

 破天荒の塔での事情聴取が終わり、自宅に帰ってきた神楽坂が過去の依頼のファイルに目を通していた。

「白崎 愛咲、23歳女性、アパレルメーカー勤務……依頼内容は、婚約者の浮気調査……。」

 そう、神楽坂が見ていたファイルは、以前制作していた依頼の報告書だった。

 ……それも、とても印象的だった依頼の。

 指輪もあんなにしっかり見せて貰って記憶にも残っている特徴的な形の婚約指輪だったので、見間違う筈が無かった。

「なんで、俺が依頼を受けた人ばかりが被害に……?」

 神楽坂はファイルを棚に戻して鍵を掛けると、ソファに腰掛け思考を巡らせていた。しかし、考えど考えど到底理解が出来ないことで、ふと、こんな事から逃げ出したい気持ちに襲われ頭を抱えた。


「お前は、そうやっていつも理解しようとしない。」


「!」

 そんな中、何処からか巳越の声が聞こえた気がした神楽坂は勢い良く顔を上げた。

 ……そうだ、巳越が峰枩を殴る騒動を起こした後に『俺、あいつが怖えよ。』と涙を流して言った時と同じように、自分には理解できないことだと諦めて、また逃げようとしているのだ。

「巳越……。」

 暫くして神楽坂は立ち上がり、自室の本棚から中学校の卒業アルバムを取り出した。

「(少しでも、この事件の真相に近付く事が出来るのなら……。)」

 神楽坂は、峰枩が亡くなったと知らされる前に本人と会っていたことと、今回、破天荒の塔の展望台で被害にあった女性が以前自分が依頼を受けていた人物だと鬼塚に打ち明けてみようと決心した。


 ————が、事件に追われていた鬼塚と中々連絡が取れず、破天荒の塔の展望台で発生した事件から3日が経っていた。

「ミカちゃん、くらくなるからかえろ!」

 日も落ち始め夕方を知らせるサイレンが鳴っている頃、二人の子供が仲良く手を繋いだまま北公園内を走っていた。顔もよく似ていて背丈も同じであることから察するに、恐らく双子なのだろう。

「うん!」

 そう掛け合いながら子供たちが北公園の出入り口から出ようとした時、このところ仕事が捗らず気分転換に少し散歩をしに来ようと入って来た神楽坂とぶつかりそうになった為、双子は止まると顔を上げた。そして、見覚えのある顔に再び会った3人は声を揃える。

「「「ぁ……。」」」

 すると、何を思ったのか少女が神楽坂に指を差し、口を開いた。

「かおがこわかったひとだ。」

「‼︎……こ、こわ、かった……?」「ミカちゃん⁈」

 少女の唐突な行動に神楽坂と少年は目を見開くと、少年はすぐさま腕を下ろさせ頭を下げた。

「っご、ごめんなさい!」

 突然のことに不意を突かれた神楽坂は一瞬だけ固まっていたが、少年が頭を下げたのを見ると屈んで二人と目線を合わせる。

「…………?」

 神楽坂が屈んだことに気付いたのか、少年が頭を上げると神楽坂は首を左右に振って微笑んだ。

「こちらこそ。この前は怖がらせちゃったみたいで、ごめんなさい……、だな。」

「「!」」

 謝られることを予想してなかったのか、双子は驚いた様子で神楽坂を見つめており、神楽坂は言葉を続けた。

「だけど……。」

「「?」」

「公園から出る時は、通行人や公園に入ってくる人が居ないのをちゃんと確認してから出た方が良いぞ。」

 神楽坂がそう言うと、双子は互いの顔を見合わせた後に再び神楽坂の方を見て愛くるしい顔で笑い「「うん!」」と言ってまた手を繋ぎ走っていった。

「…………。(妹の子供が生まれたら、あんな風にやんちゃな感じに成るんだろうなぁ……。まぁ、彩花の子供だから間違いないかな。)」

 その様子がとても微笑ましい光景だった為、数ヶ月後に産まれるであろう甥姪のことを考えながら双子を見送った神楽坂は少しだけ癒しを感じていた。そうして立ち上がると、不意にスーツの裾を弱い力で引っ張られた気がしたので先程の双子がまた来たのかと思い視線を下に向ける。

「っ……‼︎」

 ……そこには、神楽坂の足元に佇む〝何か〟が居た。

 勿論、正体などは分からない。唯一判るとすれば、数ヶ月前に巳越の墓参りをした時に墓前で目の当たりにした血に塗れた青年の顔をした存在と似たようなモノだということだ。しかし、神楽坂の足元に居る〝何か〟は、あの墓前で見た存在よりも、神楽坂の事務所に鬼塚が訪問し峰枩が亡くなっていたと知らされた後で背後に感じたモノと似た存在だった。

 その間、対処法も分からず神楽坂はじっと北公園の入り口付近で立ち竦んでいた。何もせず足元を見ながら俯いているのだから、きっと他の通行人から見たら異様な光景だっただろう。

「「だいじょうぶ?」」

「!」

 声を掛けられ注視していた足元から目を離して我に返ると、走り去って行った筈の双子が神楽坂を挟むように少年が右腕を、少女が左腕を掴んでいた。神楽坂を見る双子の目は、別れ際に見せた笑顔とは違ってとても心配そうな面持ちだった。そしてふと、自分の足元に居た〝何か〟が消えていたことに気付く。

 多分、この子たちが自分を救ってくれたのだと感じて神楽坂は双子と目線を合わせる為に再び屈んで目を細めた。

「(小さい子にまで心配されてるって……、)二人揃ってどうしたんだ?そうだ、公園に忘れ物したとか⁇」

 神楽坂の問いに双子は表情を変えずに首を左右に振っている。どうやら、神楽坂が話題を逸らそうとして言った空元気も通じていないようだった。その様子に神楽坂は眉を落とした後、心配させまいと明るい声で「大丈夫、ありがとう。」と言うと、双子は神楽坂の腕を離れて帰路に就いて行った。

 言葉すら出さなかったが双子の思いは大方汲み取れた為、神楽坂は温かい気持ちで北公園内へと足を運んだ。


 以前にも説明したが、北公園はこの町で一番大きな公園で、中央に大きな湖がありボートに乗って湖を渡ったり季節ごとにより綺麗な花が咲く事や駅から近く周辺にも飲食店などが並んでおり有名なデートスポットで管理が行き届いている為、夜でも人が少ない日が無いくらいの公園だ。

 ……その筈なのに、今日は閑散としていた。


 事件のこともあるだろうが、それとは違う。人は居る筈なのに、存在感が無いのだ。まるで、そこにある景色のように存在が背景と同化していると錯覚するような異様な感覚だ。

 破天荒の塔の展望台で起きた光景を目の当たりにして精神が限界直前であったのと同時に、先程の件もあったので緊張しているのかと思い神楽坂は軽く目を擦る。すると、公園内にいる人々の中で彼を見つけてしまった。

 峰枩 悟。あの藍色の髪に中性的な顔立ちは彼に、いや、〝彼の格好をした何者か〟に間違い無いだろう。

 あちらも立ち止まった神楽坂に気が付いたらしく、峰枩は薄く笑っていた。それは、微笑みなどの優しさから来るものでは無く、ただ口角を上げただけの冷たい笑い方だった。

「久し振りだね、神楽坂君。随分と窶れてるみたいだけど?」

「……久し振りだな、峰枩 悟。いや、峰枩 悟によく似た誰か……か。」

 神楽坂がそう言うと、峰枩は声に出して笑った。今回は心底可笑しそうに。

「……っはは……。……くくく。あーぁ、やっぱバレてたぁ?悟、暗かったしあんまり喋らない死体みたいな奴だったからそりゃあ気付くよね。」

 笑いによって出た涙を拭きながら、目の前の人物が不気味な笑顔を浮かべている。それを見て神楽坂は不安な顔をしながら言葉を投げると、〝彼の格好をした何者か〟はそのままの様子で返した。

「お前は誰なんだ?」

「ぼくは、いや、わたしは峰松 悟だよ。苗字は一緒だけど、わたしの方は簡単な方の松ね。で、下の読み方は違うけど漢字は一緒だから、そこのところよろしくね。」

「お前は、〝ほうしょう〟の妹か何かか?」

 ヘラヘラとした表情をしていた峰松は、神楽坂の問いに真顔になると答えた。

「苗字は読み方が一緒だから、〝ぼく〟を指してるのか、〝わたし〟を指してるのか判らないんだ。だから、ぼくのことを呼ぶ時は〝峰枩〟で、わたしのことを呼ぶ時は〝悟〟にしてくれないかな?」

「……?」

  その言葉を聞いて呆気に取られている神楽坂を他所に、そう言った悟は先程の双子と同じくらい無邪気な笑顔だった。

「で、質問に答えるね。『妹か何かか?』ってことは〝わたし〟のことを指してるんだよね?答えは正解だよ。わたしは峰枩 悟の妹。あ、さっき神楽坂君とお話ししてた双子ちゃんたち可愛かったよね。実は、わたしたちも双子だったんだー。」

「……墓地で会った時やここで話した時も思ったが、随分と良く喋るんだな。」

「うん、わたしは悟と対照的でさ。悟が話さない分を話してたからか分からないけどお喋りな性格なんだよね。まぁ、あんな死体みたいな奴と一緒にされるのは癪だけど。いや、もう実際に死体に成っちゃったか。」

 笑える筈の無い冗談なのに悟は心底愉快そうに声に出して笑い始め、加えて実の兄である筈の峰枩をこれでもかと貶している悟に疑問を抱いた神楽坂は、考えるよりも先に言葉が出ていた。

「お前は、峰枩のことが嫌いだったのか?」

 その途端、悟の笑い声はピタリと止まり、その後、女性とは思えないような低い声でこう言った。

「嫌いだよ。」

「!」

 しかし、そう言った悟の顔は声の割に合わない自嘲気味な笑顔だった。

 その様子を薄目で見ている神楽坂を他所に、悟は空気を切り替えるかのように手を叩く。

「あ、そう言えば話したいことがあったんだった。……神楽坂君って、幽霊とかって信じてる?」

 その音に反応すると、先程までの自嘲気味な笑顔はいつの間にか人を馬鹿にしたようなニヤケた顔になっていた。

「……信じてない。」

 脈絡のない話題の質問内容が意外過ぎた為、呆気に取られたが直ぐに答えた。実際、今までの経験からそう言った未知の存在を信じ掛けているのだが、何故か彼女の前では口にしてはいけない気がした。

「だよね!幽霊なんて居る訳無いよね‼︎……なんかさ、失踪事件について幽霊だのって騒いでる人が居たけど、幽霊なんて居る筈が無いよね。」

「何が言いたいんだ?」

「そうだ、神楽坂君って確か探偵だったよね?失踪事件について依頼とか受けてるんじゃないの⁇」

 失踪事件の依頼という言葉に津野田のことを思い出しながら、神楽坂は首を左右に振った。

「そう言った個人情報は答えられない。」

「そっかぁー。なら、一つ警告するよ。この失踪事件は幽霊の仕業なんかじゃない。」

「……当たり前だろ?」

「うん、当たり前だよね。だって、原因は幽霊以上の存在だよ。幽霊なんか比べ物にならないくらい最悪なモノが絡んでるんだよ。」

「!」

 その瞬間、悟の背後から悍ましい気配を感じた。全身が震え、嫌な汗が背中を流れ、心臓の鼓動が嫌なくらい聞こえる。

「くくく……、なーんてね。まぁ、よく分からないけど関わらない方が良いと思うよ。じゃあ、わたし、用事があるからお先に〜。」

 そう言って悟は軽い足取りで公園から出て行った。その後も暫く神楽坂の恐怖による震えが止まることは無かった。

 ……だが、悟と会話をしていて一つ確信したことがある。悟の背後にいた〝アレ〟は、決して人間が関わって良いモノでは無いということが。

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