第六話 離れ別たれる

 展望台での不審な事件が発生し足止めをされている間に目撃者たちの事情聴取を済ませた鬼塚は、通報してからどのくらいの時間が経ったのか確認するため左腕の甲側に装着している腕時計に視線を落とした。

「(10分は経ったか……、応援はまだ時間が掛かりそうだな……。)」

 直後、エレベーターの到着音が鳴りドアが開くと同時に後藤と救護隊員や警察官が数人降りて来る。そして、現場に目をやった後藤は、その他の部下たちに的確な指示を出すと鬼塚の方へ駆け寄り声を掛けた。

「鬼塚くん、待たせてしまって済まない。」

「いえ、急な連絡に応えて頂いただけでも助かりました。」

 後藤の謝罪に鬼塚は首を横に振りながら答え、この時間までの出来事を事細かに説明すると後藤は何かを察し呟いた。

「……前回の事件と酷似しているな。」

「北公園での事件、ですね。」

「あぁ。」

 暫く二人が思考を巡らせていると、救護隊員が駆け寄り後藤に報告する。

「警部、目撃者の避難が完了しました。」

「あぁ、ご苦労様。」

 それに対して後藤はそう言うと、隊員の後に付いて行ってエレベーターに乗り込んだ。その途中、後藤は目撃者の中に神楽坂が居たことに気付く。

「(……神楽坂くんも現場に……。)……鬼塚くん、私たちは私たちに出来る事をしよう。君も付いて来てくれ。」

「!……はい‼︎」

 そうして、客と、一緒に乗り込んだ隊員数名と二人を乗せたエレベーターは、ゆっくり一階へと降りて行った。その途中、後藤の言葉が気に掛かった鬼塚は耳打ちで問い掛ける。

「警部、どちらに……?」

「監視カメラを確認しようと思ってね。既に調べるよう指示は出してあるから、そろそろ何かが分かったかもしれない。」

 鬼塚が納得し後藤の後を追ってエレベーターから降りると、二人はモニタールームに走って訪れた。

「カメラの映像で何か情報は得られただろうか?」

 モニタールームへ訪れると後藤が部下に指示を出し、指示された警察官はキーボードを操作しエレベーター付近に設置されている防犯用の監視カメラの映像を拡大した。

「事件発生時刻より1分前に巻き戻して再生します。」

 指示された警察官がそう言って映像を流し始めた。

 そこには、一人の女性と他の客たちが写っている。勿論、鬼塚と神楽坂もだ。そして、被害に遭ったであろう女性が夜景を眺めている時にそれは突如起こった。

 目撃者たちの言う通り、女性が悲鳴を上げた瞬間、突如として彼女の姿が見えなくなると、持ち主を失った左腕だけが勢い良く飛び床に赤を撒き散らしながら転がり落ちていったのだ。

「‼︎」「っ……。」

 想像を超えた衝撃的な映像に後藤は目を見開き、鬼塚は目を逸らさないよう我慢しながら口に手を当ててその映像を見ていた。そして、映像を止めた警察官が口を開く。

「……解像度の限界で現時点ではこのようにしか見られませんが、これから本部に戻って詳しく解析してみようと思います。」

「あぁ、お願いするよ。」


 ピロリロリン♪ピロリロリン♪


 その直後、後藤の携帯電話から着信音が鳴り響く。

「!すまない、着信だ。」

 そう言ってズボンのポケットから携帯電話を取り出し受話ボタンを押すると耳に当て、後藤は二人に静かにするようジェスチャーした。そして、多少の会話、相槌を挟むと通話を切り携帯電話をズボンのポケットに直して話し掛ける。

「現場の処理が終わったようだから、私たちも本部に戻ろう。」

 後藤の指示に従い、鬼塚たちは破天荒の塔を後にした。


----------------------


 破天荒町の北公園で、一組のカップルが湖の見えるベンチに座っていた。

「……遥、明日は楽しみだね。」

 天色の長く艶のある髪と、誰が見ても人が良いと思うような雰囲気をした若い女性と、その同年代であろう鶸萌黄色の髪と瞳をした優しそうな若い男性だ。

 その男女は誰から見ても仲睦まじいと分かるくらいに身を寄せて、互いの左手を重ねると薬指に嵌められたお揃いの指輪を見る。そして、遥と呼ばれた男性は嬉しそうな様子で女性の顔を見つめて抱きついた。

「そうか、今日が結婚前日かぁ……!」

 それは、互いが普段の仕事が忙しく遠くへ出掛ける事も出来ない為、いつものように近くの店で夕食を済ませ最後に公園内を散歩した帰りのことだった。

「ふふ、いつものデートと変わらない感じだったけど、……これが恋人として最後の日だもんね。」

「だなぁ……。今思えば、高校からの顔見知りだとしても婚約者として改めて愛咲の親に挨拶した時とかが懐かしいよ。」

「私、パパとママの『分かってました。』って顔が忘れられないなぁ。」

 愛咲と呼ばれた女性がそう言うと遥は苦笑いし、二人は笑いを堪えるように目を合わせ夕暮れから夜へと移ろい始める空を眺めた。そして、遥は公園のモニュメント時計が目に止まった。

 現在時刻は19時になる手前で、街頭が所々で点灯し始めている様子だ。

「……明日も早いし、そろそろ帰らないとな。」

 遥がそう言って二人はベンチから腰を上げて帰路へと足を運び始めたが、愛咲は公園の出入り口で立ち止まった。

「愛咲?」

 後ろから近付いて来る様子の無い愛咲に、遥は振り返って名前を呼ぶ。すると、愛咲は頬を掻きながら答える。

「遥、すぐ帰って来るから、先に家で待ってて。……ちょっと、行きたい場所があって。」

「行きたい場所?……あまり一人で出歩くと危ないし、着いて行くよ。」

 それを聞いた愛咲は少し考えるような素振りを見せた後、首を左右に振った。

「多分、退屈するだろうから、先に帰ってて大丈夫。」

「…………、分かった。」

 長年の付き合い上、これ以上言っては怒らせてしまうと直感した遥は、言われたまま一人で先に帰ることにした。


 ……これが、この遣り取りが、彼女との最期の会話になるとは知らずに……。


----------------------


 これは、その後の調査で分かった事だ。

 破天荒の塔にある展望台で被害に遭った腕の持ち主はアパレルメーカーで働いている23歳の女性で、事件の起きた日の明日には結婚式を迎える筈だった極普通の幸せな人だったらしい。

 事件発生から2週間が経ったある日、女性の身元が判明したと遺族に連絡を入れると、女性の両親と男性が目に涙を浮かべながら遺体安置室にやって来た。

 すると、鬼塚は男性と目が合い、それに気付いた二人にも目が合ったので会釈する。

 その視界に入った悲しみに暮れた表情の3人の顔と重々しい空気に耐えられず、鬼塚は考える前から深々と頭を下げて不意に謝罪の言葉を述べていた。

「今回は警察の私があの場におりながらも、事件を未然に防ぐ事が出来ず申し訳御座いませんでした……っ!」

「「「‼︎」」」

 鬼塚自身も何故か内心驚き、鬼塚の突然な行動に3人は動揺している。そして、その行動が切っ掛けだったかのように頭を下げた鬼塚の視界の外では女性の啜り泣く声が響いた。

 それから直ぐに男性たちは優しく声を掛ける。

「っ……鬼塚さん……。」「鬼塚さん、頭を上げて下さい。」

「…………。」

 暫くして鬼塚は頭を上げて自分の不甲斐なさから目を逸らしたいという気持ちを我慢しながら3人に焦点を合わせると、目が合った女性は目の周りを赤く腫らし、その夫であろう男性が泣いている女性の肩を寄せながら呟くと鬼塚の方を見た。

「……貴方は何も悪くありません。一番憎むべきは、この事件を引き起こしている犯人なんです。……だから、そんな事は言わないで下さい。」

 その言葉を聞いて、夫婦の隣に居る男性も涙を堪えている様子だった。

「申し遅れてしまいましたね。わたしは白崎 束莎。そして、こちらは妻の千咲。」

 束莎はそう言ってもう一人の男性と目を合わせ、男性が鬼塚に向かって会釈する。

「大鳳 遥です。」

 大鳳が名乗った後、束莎は硬く目を閉じ涙を堪え、布が掛けられた台を見つめた。そう、展望台のカメラ映像をモニタールームで確認した時、現場に取り残されてしまっていた薬指に指輪の着いた白崎 愛咲の左腕だ。

「彼は娘の……、愛咲の婚約者でね。今頃は結婚式も挙げて夫婦としての生活を送っていた筈なんだ。だのに、その娘はもう……っ。」

 束莎が言い終えた後、鬼塚は気が付いた。大鳳の左手の薬指にもそれと同様な形の指輪が嵌められているという事に。そして、布を捲り彼女の左手と指に嵌められた指輪を見た大鳳は、地面に膝を突くと同時に泣き崩れた。

「‼︎……愛、咲……、…………うっ…………うぅっ……っ…………。」

 大鳳の嗚咽に千咲は再び涙を溢し、二人の泣き崩れる姿を見ていた束莎はずっと堪えていた溢れんばかりの涙を零した。

「…………っ……。」

 鬼塚はそんな彼等を見ているだけで辛くなり、思わず目を逸らしてしまった。

 鬼塚が刑事に成り立ての頃、遺体を初めて見た時は嘔吐してしまい肉も食べられないような状態だったが、それも数を熟す内にほんの少しづつ、僅かに慣れてきていた。

 ……しかし、こういった光景だけは何度見ても慣れる事は無いだろう。……だが、これも仕事だ。

 鬼塚は遺族が落ち着くのを待つと、遺体のこれからについての説明を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る