第八話 突き如かれる
何が正しいのかなんて誰にも判らないし、他人の正義なんて誰かが決める事は出来ない。
だから、ぼくはこの決断に、経過に少し満足している。ねぇ、そうだよね。■■■。
ぼくは、わたしたちは—————正しい。世界中の全てがぼくを、わたしたちを否定しても、ぼくは、わたしたちは正しい。
ぼくは、わたしたちは手段であり、可能性であり、唯の正義だ。
だからまた……ぼくが、わたしたちが笑って暮らせるように終わらせるんだ。
—————この世界を。
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カタカタカタカタカタ……。
どんな時間帯であれ常に閉まっている遮光カーテン、普通の人間が見ればそんなに必要なのか?と言われそうな縦や横に並べてある数台のデスクトップパソコン、そしてそのディスプレイが放つ僅かな画面の明かりだけが頼りの真っ暗な部屋の中で、タイピング音が響いていた。
部屋の主である女性の名前は、熊谷 光。自営業でパソコンなどの電化製品を修理・販売して生計を立て、手先が器用で売りの〝クマさん電気〟の店主である。
しかし、それは彼女にとっては副業で、本業としてはこの町を中心に情報を張り巡らせている、いわゆるハッカーだ。
破天荒町に住んでいる人間は、本当の職業を偽って表稼業(一般的に公表できる仕事)を本業と言いふらし、その裏では裏稼業(一般的に公表しないほうがいい・できない仕事)に手を染めている町民は少なくは無い。この町の裏を知っている、ないし知ってしまった人間はだいたい彼女のように表向きは一般人を演じていても実は裏稼業をして生きているのだ。
観光地としても有名であり、一見は平和に見える破天荒町だが、奇妙な噂や今回起きている事件のような事や、基本的に変わった人間が多く、他の町からは遠く距離を置かれている。
なので破天荒町を出て行く人はいても、破天荒町に住み着く人間は少ない。ここに留まるのはこの町で生まれ育った〝異常者〟だけだ。異常者とは、普通の人間(非異常者)には見られなような〝異常〟と呼ばれる力を持ち合わせている人間の事である。
破天荒町で生まれ育った人間は生まれた頃から異常を待っており、神楽坂、鬼塚や後藤などの破天荒警察署にいる人間も数人を除いては該当しているので自然と身体に異常が身に付いている。因みに、異常者か異常者でないかは虹彩の色を見れば直ぐに見分ける事が出来る。虹彩の色が二色に分かれているのが異常者、単色なのが非異常者だ。
そして、そんな彼女は、Web上に書かれている記事を眺めながらとある防犯カメラのデータをハッキングしていた。
「『連続怪死事件、被害者の紛失した体の一部は未だ見つかっておらず。』『無差別連続失踪事件との関連性⁈』…………面白そうじゃん。……?」
すると、流し見をしていた防犯カメラの映像に違和感を覚え、動画を止めて巻き戻す。それは、持ち主を失った女性の左腕が落ちる瞬間だった。
「っうわぁ……、怪死ってこれかぁ。(っじゃなくて……。)……あ、ここだ。」
熊谷が独り言を呟きながら、違和感を覚えた瞬間に動画を停止させ左奥に拡大する。すると、事件現場を見て慌てふためく客の輪から遠く離れた場所に、フードを深く被った小柄な人間が写っていた。
停止した画像の解像度を上げ、更に拡大すると、フードから僅かに藍色の髪が見える。本来ならこれ以上解像度を上げる事は不可能な為、フードの中の表情などは見えないだろう。だが、熊谷は直ぐに分かった。
……その人間が事件現場を見ながら笑っていた事を。
「もしかして、こいつが犯人……?…………んなワケないか。」
そう言いつつも、熊谷はその人間を特定する為に町全体の監視カメラへとハッキングを仕掛けた。だが、用心深く死角を選んでいるかは分からないが同じ格好の人間がカメラに映っている所は殆ど無かった。しかし、可笑しな事に北公園の監視カメラには2回もしっかりと映っていた。それも、灰色の髪をした男性と共に。
何かを思い立った熊谷は再びキーボードを叩き始めた。
「…………、(この灰髪さんを探した方が早いかな。)……そうと来れば早速ー。」
暫くすると男性の身元が判明した。どうやら、この町で探偵事務所をやっているらしい。住所も割り出せた為、常備しているポータブルナビで目的地に設定すると熊谷はデスクから立ち上がり部屋から出て行った。
人が居なくなった真っ暗な部屋には、付けっ放しのパソコンの明かりと黒い影が漂っていた。
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その日は、鬼塚から2週間ほど前に起こった破天荒の塔の天望台での事件について被害者の身元が分かった上での事情聴取が神楽坂の事務所で行われていた。
「神楽坂さん。ご協力頂けるようで、感謝致します。」
「いえ、こちらこそ。私がそちらにお伺いすれば良かったのですが……。」
鬼塚は首を左右に振り、返答する。
「事件現場を直視したのですから、ショックを受けるのは無理も有りません。」
その言葉に少し安心したような顔を浮かべた神楽坂はソファから立ち上がると、とあるアルバムと依頼の資料が挟まれたファイルを抱えて鬼塚の前に置いた。そしてまず、彼の死亡についての事情聴取を受ける以前に彼と接触していたことを打ち明けた。
「鬼塚さんから峰枩が亡くなったと知らせを受けた時にお答えすれば良かったのですが、自分自身も混乱してしまって……。」
「!……と言うことは、神楽坂さんと接触していたその人物は、峰枩 悟さんに成り代わった誰かだった。と言うことでしょうか……?」
すると、神楽坂は破天荒の塔の展望台で起きた事件以降に北公園で出会った峰枩 悟の双子の妹だと名乗る峰松 悟のことを切り出してみようとしたのだが……
バタンッ……!
「「‼︎」」
とある人物が訪れたことにより遮られた。
事情聴取中の神楽坂探偵事務所に突然、金髪の見知らぬ女性が入って来たのだ。外の休業中のプレートが見えなかったのだろうと思い、今日は休業だという事を伝えたが、女性は遠慮なしに割り込み、ノートパソコンが置いてある方のデスクの椅子に腰を掛ける。
余りに堂々とした行動だったので神楽坂と鬼塚は言葉を失ったが、女性は不敵に笑った。
「そこの灰髪さんが神楽坂って人で間違いない?」
「っぁ、はい。」
指を差されながらいきなり話し掛けられた為、思わず硬い返事になってしまった。すると、次は鬼塚の方に目線を向けて女性が指差した。
「で、もう一人の誰?」
急に割り込んできた彼女に不満そうな面持ちで鬼塚は警察手帳を胸ポケットから取り出し返答する。
「破天荒警察署の鬼塚と申します。」
「そう。〝かぐっちゃん〟と〝おにちゃん〟ね。アタシは熊谷 光、よろしく。」
不思議と熊谷のペースに乗せられそうになったが、鬼塚は気を取り直して話を区切った。
「すみませんが、只今、事情聴取中なので後にして頂けませんか?」
鬼塚がそう言うと、熊谷はまた不敵に笑った。
「破天荒の塔での事件の事でしょ?」
「いえ、まだその件については今から神楽坂さんに御説明願おうとしていたところでした。」
「え!アタシ出てくるのちょっと早かったかな……。」
よく分からないことを言っている熊谷に二人は目を見合わせて困惑していると、彼女はお構い無しに話題を切り出した。
「まぁいいや!早めに結果が出るのも悪いことじゃないよね?……だって、大体の犯人の目星が付いてるんだもん。」
「「!」」
その言葉に神楽坂も鬼塚も反応を示した。
「因みに、ここ数年の行方不明事件も破天荒の塔の展望台での事件も犯人の目星は付いてるから、アタシに協力してくれるなら犯人とその理由を教えるよ。」
「本当なんですか?」
神楽坂がそう言うと、熊谷は自信満々げに頷いた。
「アタシの頭とこの異常さえあれば、ね。」
「!……、人を探すような異常をお持ちなんですか?」
「当てちゃったら面白くないじゃん‼︎」
「す、すみません。(あ、当たってたのか……?)」
そんな中でも鬼塚は疑いの目を変えずに、熊谷に問い掛けた。
「しかし、俄かには信じられませんし、熊谷さんの言っていることが本当かどうかの確証を示して頂けませんか?」
鬼塚がそう言うと、熊谷は「協力するって言わないと犯人が分かった理由も教えないし異常も見せない。」の一点張りで、鬼塚と熊谷は互いに激しい火花を散らしていた。
「熊谷さん。」
暫くして神楽坂が口を開くと、言い争っていた二人は口を止めた。
「呼び捨てタメ口でいーよ、かぐっちゃん。……んで、何?」
「俺は、熊谷に協力しようと思う。……まだ、熊谷の言っていることが本当かは理解が追い付かなくてよく分からないけど……。」
そう言うと、熊谷は優しく笑った。
「ありがとう、かぐっちゃん。……んで、刑事さんはどうするの?」
二人の視線に刺されている鬼塚は溜息を吐いた。それは呆れて出たように見えたが、何処か覚悟を決めたようにも見えた。
「……協力する。」
「え?何⁇声が小さくて聞こえない。」
「協力する。」
そう言うと、熊谷は先程の神楽坂へ向けた優しい笑いと打って変わって大胆不適に笑った。
「……じゃあ、条件通りアタシが目星を付けた犯人と、その理由について話すよ。」
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破天荒町。〝異常〟と呼ばれる力を持つ人間が生まれ育ち、それ故に他の町からは遠く距離を置かれている町。
しかし、この〝異常〟が生まれる以前は破天荒町も他の町とは変わらない位に平穏な町だったらしい。
外観から見て利用されていないことがハッキリと判る程に荒れた廃マンションの屋上で、タヌキのような耳が付いた特徴的なニット帽と夏に羽織るような薄手の上着を身につけ、綺麗な赤毛の長髪に澄んだ水色の瞳をした少年が破天荒町の夜景を柵に手をついて眺めていた。
そして、その〝異常〟という力を創り上げてしまったのは他でも無い————「浮網。」
少年がそうしていると、背後から落ち着いた声色の何者かに苗字を呼ばれ振り返る。
そこには、190センチメートル程の高身長で馬面の白衣を着た中年男性が居た。
「そんな所に居ると冷えるだろう。」
今の季節は冬ということもあり、更には日も落ちて微かな冷たい風が吹いていた。
「あぁ、確かに冷たい。……だが。」
少年は外に向き直ると言葉を続けた。
「一度死んだ身だからだろうか、この冷たさすらも感じなくなってきている。」
男性の目線からでは少年の後ろ姿しか見えないが、その小さい背中はどこか寂しげなように見えた。あくまで男性の主観だが。すると、男性はゆったりとした足取りで少年の隣に立ち、同じく夜景を眺め始めた。
「黒臣、我はこのまま〝彼女〟が起こす悲劇を見届け続けなければならないのだろうか。」
少年は夜景を眺めたまま、黒臣と呼ばれた白衣の男性に問い掛けた。
「この悲劇を望んでいるのは彼女自身だ。……そして、浮網自身も彼女と同じ結末を望んでいるのだろう?」
「同じ、結末……か。」
黒臣も浮網に顔を向けることなく問い掛けに答え、彼の出した問いを聞いた少年は僅かに薄目になった。
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