第二十九話 歩み入られる

 神楽坂が復帰した後、少しの衝突があったがそれぞれが自分を見つめ直し改めて無差別連続失踪事件を解決させるという同じ方向を向いた。そして無差別連続失踪事件と峰松 悟についての調査やそれに関連する情報を探る為、一先ず手分けして調べることになり熊谷は自身の店に戻り、鬼塚は事件のファイルを再確認しに署へと戻った。

 事務所から人が出払い取り残された神楽坂がすることは一つだった。そう、名前も明かさなかった謎の女性(?)から手渡された現神楽坂の部屋から繋がる屋根裏部屋の鍵、神楽坂の父親の再従兄弟である都雲沢 禎公はその屋根裏部屋で鬼神の研究をしていたというので、悟と行動を共にしている鬼神について知るにはそこに向かうしかないのだろうと確信していた。

 都雲沢との記憶は、段々と思い出していた。しかし、屋根裏部屋の記憶に関しては何も思い出せずにいた。だから、あの部屋に行けば、何かを思い出せる筈だと期待と不安を込めながら、神楽坂は鍵を回した。

「梯子……?」

 鍵を開けるとそこには狭い空間があり、見回すと一本の梯子が伸びていた。恐らく、ここが屋根裏部屋へと繋がる唯一の経路なのだろう。上る以外の選択肢は無いので、神楽坂は躊躇うことなく梯子の足を掛けた。

 家の所有者が居なくなったことや神楽坂自身が屋根裏部屋の存在を忘れさせられていたということもあって管理する人間が居なかったからか、長い梯子を上った先には蜘蛛の巣や埃の塊が所々に散らばっている悲惨な空間だった。幸い、窓が付いていたので即座に駆け寄り開放すると鼻と口を保護する為にマスクや布巾を取りに一旦下へと降りた。


 再び戻ってみると多少空気が入れ替わったのか異様な埃っぽさと不快感は薄れていた。

 先程は窓へと一直線に向かった為に気が付かなかったのだが、窓から少し離れた場所に机と椅子が置かれており机の上には『調査・研究記録』と達筆に書かれた一冊のノートが無造作に置かれていた。神楽坂の記憶にある限り、この字は都雲沢の書いた字で間違いない。このノートに何かがある気がした神楽坂は、埃を払いノートを手に取り開いた。


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 きっと、私はこれを見返す度に弟との永訣した日が想い起こされ、鬼神への興が沸き起こる事だろう。

 現状を整理する為に、まずはこの家を建てた目的と鬼神の研究をするに至った経緯を記しておく。元々この家は弟が亡くなったと知った時、私が事件を独自に調査する為に建てたものだ。人目につかず噂にもならないような森の中に建っているので、私の狙い通りに人が近寄らないのは好都合なことだ。

 人目に付かない方が良い理由は無論、あのマンションで起こった惨殺事件が警察でも探偵でも無い只の一般人が調査していることを知られない為だ。もし事件の調査をされて不都合になる人間が居たとすれば問答無用で私を消しに来ることだろう。そうならないよう、私は人目に付かない場所を選んだ。

 そして時は経ち事件の調査が進んだ頃、弟が巻き込まれた事件には〝鬼神〟と呼ばれる存在が関係していることを知った。

 多少説明が前後してしまうが、私の弟〝都雲沢 拓征〟について説明しておく。拓征は私と10歳離れており、事件当時は大学生だった。昔から一人暮らしが夢だったようで、大学に進学するのと同時に家を出たらしい。当時は異常者が定着してはいたのだが他の町に出ることは未だ外からの抵抗意識が拭われ切れていなかったので、両親は破天荒町の外に出ることは許さなかったと言う。もし、弟の住んでいるマンションが違えば、彼は巻き込まれずに済んだのだろうか。彼のことを思い出す度にそう考える私が居る。



 何か書いてるなぁって思いながら後ろ姿見てたけど、急に啜り泣き始めたから隙を突いてノートを覗き見と落書きしてみるわ。というか、全然書き出しじゃない。……あぁ、弟のこと思い出して泣いてたのね。変に濡れてると思った。



 我に返ってノートが無くなったことに気付いたら、性別不明の人間に寄生している鬼神に盗られていたらしい。女性の体格にしてはしっかりした体つきと低い声だが女性の体の特徴でもある胸の膨らみが充分にあり〝彼〟と呼んだら怒られるので〝彼女〟と呼んでいる。

 背後に気配を感じて振り返ってみたらやはり覗き見をされていた。鬼神の名前も器の名前も未だ一切教えてくれないのだが、器の身の上話は勝手に教えてくれるようだ。

 どうやら寄生した人間の元々の性別は男性らしく、彼は女性になることを望んでいたらしい。結果、寄生は失敗し器そのものの魂は掻き消えたと言っている。一度寄生すれば器から引き剥がすことは困難らしく仕方なく器の人間の願いを半分叶えるため、他の鬼神に寄生を施された人間に知識に長けた医者がいて豊胸してもらったので彼女の下半身は男性のままだ。

 彼女が私の所に来たのは突然のことだった。理由はマンションの惨殺事件を私が調べていると知り記憶を消しに来た、だ。

 人目に付かないことが利点の筈だったのだが、人間ではない鬼神たちにとっては情報を辿ることもこの家を見つけることも容易いのだと理解してしまった。そして、私はその鬼神と言う存在に興味を惹かれていた。

 何故なら、弟が亡くなった理由である鬼神のことを調べていく内に段々と虜になっている自分が居たからだ。

 記憶を消されてしまうのは勿体無いと思い、私は彼女に必死の交渉を試みた。交渉をしてとんでも無いトラウマを植え付けられてしまって思い出したく無いので何をされたかは絶対に書か無い。初対面は女性だと思っていたのであんなことになるとは予想もしていなかった。

 ……これを書いていて悟った。器の人間の願いを半分叶えてあげると言うのは完全な建前で、豊胸を施して貰った真の意味は胸を目的にした男性を寄って来させる罠だと言うことを。鬼神は人間を餌にしているので、本来なら私は事後に死んでいたのだと考えるとトラウマで済んだのは不幸中の幸い……だと思わないと正直、心が持たない。————話題を変えよう。


 彼女から聞いた鬼神の情報を元に現状分かっている事を纏める。

・鬼神を召喚するには人身御供が必要になり、そのほか、鬼神に割り振られている特定の魔法陣と召喚するための呪文を知っていないと儀式は出来無い。この書斎にはまだ一部の情報しか収集出来ていないが、現時点で収集出来ている物は他の資料に纏めてある。

・寄生するのには特別な条件は無い。しかし、寄生をさせている間に精神が耐え切れなければ魂は跡形も無く消滅して身体を奪われてしまうので聞く限りはとてもハイリスクだ。よほど鬼神の異常が欲しい人間や冷静な判断を欠いた人間でないと寄生させようなんてことは思い立たないだろう。これは鬼神の召喚そのものにも言えることだ。

・寄生を成功させた場合、自身の身が滅びる前に自身と血縁関係のある人間を一人、又は、不特定多数の人間を喰べることで生き延びられる。それに加え、寄生させた鬼神の異常が使えるようになり、不老に近い状態になると言う。老いたくないという願望があれば、惹かれる条件なのだろう。

・寄生していない状態の鬼神は人間のみを餌にするのだが、寄生して人間の体を得た鬼神は人間の食物を抵抗無く食べることができるようになる。ただ、寄生していない状態でいれば人間に気配を感じ取られることなく好きに喰えるのでそちらを好む鬼神も居るようだ。

・寄生した人間の記憶は寄生が失敗(器の魂が消滅)しようと成功しようと鬼神に共有される。なので、失敗しても簡単にその人間のフリが瞬時にできるので恐ろしいことだ。これは同じく記憶に関してのことだが、鬼神を召喚する為に人身御供をされた人間の記憶が極稀に引き継がれる現象があるらしい。

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