第二十八話 追い憶えられる

 神楽坂との会話の後、彼の元から姿を消したレフィクルとスェドムサは廃マンションへと戻って来ていた。

[あの人間と何を話していた。]

 レフィクルが神楽坂の元を離れた後、スェドムサが神楽坂に近付いて会話をしていた事を遠くから眺めていたレフィクルは彼女に問い掛ける。

「ふあみるこそ、かぐしょーちゃんに下手な猿芝居しながら何お話してたの?」

 悪気の無い笑顔でスェドムサはレフィクルの方を向き、対するレフィクルは今すぐにでも殺しに掛かりそうな殺気に満ちた獰猛な目線を静かに向けている。そして、無言の威圧をしているレフィクルに「冗談よ。」と言ってスエドムサは言葉を続ける。

「すこぉ〜し昔のお話をしてただけよ。」

[あの人間の記憶にスェドムサが干渉していた、と言うことか。]

 状況をピタリと言い当てるレフィクルにスェドムサは嬉々として言葉を連ねた。

「ふふ、そうよ。❤︎ウチたち鬼神に魅せられた癖して、あの子に鬼神を近付けまいとウチたちの存在を忘れさせて、自らを鬼神に捧げた人間。その人に頼まれて消してあげた記憶だけど、面白そうだったから、そっくりそのまま思い出させてあげちゃったわ。」


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 立ち去ろうとしていた暮坂 実希(スェドムサ)を呼び止めた神楽坂は都雲沢について知っていることを聞き出そうと実希に再び腰を下ろしてもらい、同じく神楽坂も隣に腰を下ろす。すると、実希は目を細めて嫌に優しい声で告げた。

「この際だから、ぜーんぶ教えてあげるわ。❤︎」

 峰松 悟が無差別連続失踪事件を引き起こすより前のこと。神楽坂の住んでいる家には元々、都雲沢 禎公という男性が破天荒町の破天荒の森に家を建て住んでいた。

「まず、かぐしょーちゃんが〝つくもん〟について覚えてること、教えてもらえるかしら?」

 実希の言う〝つくもん〟とは〝都雲沢 禎公〟のことである。

 実希の問いに神楽坂は頷き、都雲沢と初めて会った日のことや彼が自身の親戚だったこと、撮った覚えのない彼との写真があったことや無差別連続失踪事件が起きる前に失踪してしまったことなどを僅かな記憶を頭の中で掘り起こしながら話す。

 それを聞きながら自分の消した記憶が未だ忘れられたままであると再確認した実希は、神楽坂と出会う以前の都雲沢が建てた家の屋根裏部屋で鬼神についての研究をし書物を集め、研究書類を綴っていた事を打ち明けた。自身の住んでいる家に屋根裏部屋があったことすら知らなかった神楽坂は呆気に取られて聞いている。

 だが、神楽坂には少しだけ心当たりがあった。二階の神楽坂の部屋にはクローゼットとは違う、鍵穴はあるのだが家のどの鍵にも合わない扉とその奥にある不自然な空間が存在していることだけは知っていたからだ。

 都雲沢の行っていた研究の内容は詳しく教えてはくれなかったが、彼は鬼神に深く心酔していたのだと言う。

 スェドムサ自身、人間に寄生している鬼神だとバレた時には研究の付き添いという名目で暫く軟禁に近い生活をしていたらしい。面倒だと思い彼を喰べてしまう事も考えていたのだが、時々協力のお礼だと言ってどこからか人間を運んできていたので何となく屋根裏部屋で過ごしていた。また、神楽坂には人間に寄生している鬼神だと伝えていないのでこのことは話していない。

 そして、神楽坂たちが彼の家へ迷い込んできたのは都雲沢の研究が一段落しようとしていた日のことだった。都雲沢は神楽坂の父親、神楽坂 和馬と年が近く連絡を取り合う仲なので息子がいることを知っていた。なので、神楽坂たちと玄関先で初めて対面した時は容姿の似ている方の少年が彼の息子なのだろうと言わずして勘付いており、名前を聞いたところ確信に変わったようだ。

 実希が言うに都雲沢と出会って以来、森からの道を覚えていた神楽坂は毎週のように一人で彼の家へ通っていたらしい。勿論、通っている記憶すら無い神楽坂にとっては信じがたい話なのだが、写真が残っていることからあの写真が通っていた何よりの証拠なのだろう。

 神楽坂が都雲沢の家へ通うようになってから数ヶ月後、交流のある親戚の子供ということと都雲沢自身も警戒をしていなかったということから事態は起きてしまった。

 彼が自身の部屋へ入室し、それを目撃した神楽坂は彼を追ってみたが部屋には誰もおらず不思議に思い部屋の中で彼を待っていた。そして、部屋の入り口より死角に施錠された扉を発見して近付いてみると屋根裏から降りようとしていた都雲沢が施錠を解いてしまったが為、神楽坂に屋根裏部屋への侵入を許してしまったのだ。

 その日は都雲沢も屋根裏に入られるようなことは無いだろうと思い込んで部屋の出入りを自由にしていたのが甘かったと自責したと言う。ただ、都雲沢の収集した書物や実験書類に拒絶することなく受け入れるどころか興味を示していた神楽坂には多少の敬愛があった。

「簡単に言うと、かぐしょーちゃんは鬼神を深く知り過ぎたのよ。」

「俺には落ち度が無いけど、頼まれごとだから……って、そう言うこと、だったのか……。」

 神楽坂に干渉していた記憶をある程度伝えた実希は話し疲れた様子で結論を言い、朧げに記憶を取り戻し始めていた神楽坂は記憶を消された日に彼女から言われた言葉を独り言のように呟いた。

「だけど、つくもんがこんな事を〝鬼神に頼む〟時点で、かぐしょーちゃんを鬼神と関わる道に引き摺り込ませる事と変わりはないのよね。……今だって、かぐしょーちゃんは鬼神の契約者や鬼神と関わりを持ち続けているし?」

 目の前の女性は神楽坂を嘲笑うように嫌な笑みを浮かべ、神楽坂は反射的に目線を下に逸らして眉間に皺を寄せた。そして、都雲沢との記憶を全て消されたとしても、峰松 悟の起こしている事件と関係を持ってしまったので、結局、神楽坂は鬼神から逃れられない運命だったのだろうと分からされた。

 ふと、実希の言葉に引っ掛かりを覚えた神楽坂はあることに気付く。

「〝鬼神に、頼む〟……?…………!」

[あら、口が滑っちゃったわ。❤︎]

 再び顔を上げると、隣にいる人物は雑音の混じった低い不気味な声でそう言った。目の合ったそれは、黒色の強膜と虹彩に浮かぶ十字の線、鮮やかな青色と黄色の瞳をしていたので人間では無いのだろうと瞬時に判断できた。そして、自分の記憶を消した人物が只の異常者などでは無かったことに驚きを隠せないまま言葉を失っている。

 その様子が目に見えていたスェドムサは愉快に笑い、追い討ちを掛けるように続ける。

[今なら、さっきまでのつくもんの話もつくもんから消すように頼まれていた記憶も、ウチとこうやって会った記憶もぜ〜んぶ消してラクにしてあげるわよ。❤︎]

 人通りの多くなってきた北公園で自身が鬼神であることをこうも包み隠さず話しているのは、彼女の持っている異常が記憶に関することだからなのだろう。

「……屋根裏部屋に行けば、悟の連れている鬼神について知れますか?」

 彼女の問いに首を左右に振った神楽坂の意外な反応にスェドムサは少し嬉しそうにしている。神楽坂の記憶を中途半端に消したことは都雲沢に伝えており、彼が失踪する当日に屋根裏部屋への鍵を預かっていたスェドムサはどこからか鍵を取り出した。

[この鍵、持ってるの面倒だったのよねぇ……、合鍵も作れない変な形だし。まぁ、つくもんにもかぐしょーちゃんが記憶取り戻したら渡して良いって言ってたから、何でも調べてみると良いわ。]

 実際、屋根裏部屋の鍵は都雲沢から盗んだもので、神楽坂に出鱈目なことを言って屋根裏への興味を持たせることがスェドムサの目的だった。スェドムサの話していた都雲沢と神楽坂の関係については事実だが。そして、ベンチから立ち上がったスェドムサは半ば強引に鍵を神楽坂に握らせると彼を両腕で挟むようにベンチの背凭れに手をつき彼の耳元でこう言った。

[すこ〜し早いけど、ウチからのクリスマスプレゼントよ。❤︎]

「‼︎」

 スェドムサは神楽坂から顔を放すと、何故か満足そうな顔をして彼の元から離れていった。

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