第二十七話 持ち合わされる

 破天荒町立病院から退院した次の日、神楽坂探偵事務所内に神楽坂、熊谷、鬼塚の3人は居た。

 会話の内容は入院時に鬼塚が言っていた退院後の話したい事についてで、鬼塚は悟を探っていた事を打ち明けると顔を顰めて結果を告げた。

「峰松 悟は、鬼神を連れていました。」

「ほ、本当なんですか……?」

 そして、北公園や破天荒の塔の展望台の事件と同様に人間が一瞬にして消滅するのを目撃した事を話し、最終的には接触する事態になり悟が異常を使用し鬼神を可視化させ襲わせた事を説明した。

「……何でそんな危険な事を?」

 また自分が何も知らされずにいる時に友人が居なくなる事を恐れ、神楽坂は眉を潜めて咄嗟に語気を強める。

 心配と苛立ちを含んだ神楽坂の目は静かに鬼塚を見つめ、目が合った鬼塚は思わず目を伏せ熊谷が口を開いた。

「おにちゃんもアタシと同じで、かぐっちゃんを放っておけなかったんだよ。」

「放って、おけなかった……?」

 神楽坂はその言葉に目を見開き、熊谷は言葉を続けた。

「みこっちゃんの一件とか峰枩家と峰松家の分裂の事を詳しく知った時から、その出来事に気が付かなかった事を全部……、自分のせいにしてる気がして。」

「!……。」

 図星だった神楽坂は何も言わずに俯き目を逸らす。それを見た鬼塚は、急に立ち上がるとゆっくり玄関へ歩き出した。

「神楽坂さん、峰松 悟の件のことについては暫く休んでいて下さい。」

「や、休んでいて下さい……?〝彩花たち〟と峰枩家の人たちの命が危ない時にですか⁉︎」

 神楽坂自身、二人に余計な心配を掛けないように彩花たちの件は胸中に留めたままでいようとしていたのだが、都雲沢の件や悟たち件、本人の知らないところで巻き込まれた彩花とその子供のことで頭を悩ませていた為に思わず口を滑らせてしまった。声を荒げた神楽坂に対して背中を向けている鬼塚は立ち止まり聞き間違いでは無かっただろうと困惑している。

「彩花って、かぐっちゃんの妹の名前だよね?」

「……何故、神楽坂さんの妹である彩花さんの名前が……?」

 鬼塚の疑問点はそれだけでなく、神楽坂の口から飛び出した〝彩花たち〟という言葉にも引っ掛かっていた。だが、直ぐに思い出した。巳越の実家へと向かう車の中で神楽坂の妹が妊っていると嬉しそうに話していたことを。

「彩花さんだけでなく、そのお子さんの命も峰松 悟に握られている。と言うことですか?」

 鬼塚は再びソファに腰を下ろしてそう問い掛けると、狼狽える神楽坂はこれ以上隠し切れないと観念し悟に呼び出されたあの廃ビルで何があったかを時間を掛けて話し始めた。

「‼︎……ほ、峰松 悟を殺せば彩花さんも死ぬ……?(……彩花さんが亡くなると言うことは、胎内の子供の命も危うい状況になると言うことか……。)」

 白状し肩身を狭めている神楽坂を見て同じく居た堪れない様子で二人は黙り込んでいると、ソファに座り顎に手を当てていた熊谷が口を開いた。

「『峰枩の人間を喰い尽くすか自分が殺されるまで事件を終わらせる気は無いから、それを止めたいならわたしを殺してみせろ。その代わり、お前の大事な妹もその子供も命を落とす。』……って事なのかな……?」

「…………。」「熊谷!」

「あ……。」

 急な言葉に神楽坂と鬼塚は目を見開き、その刺すような二人の視線を感じて熊谷は俯きながら目を逸らす。

「……かぐっちゃんの言ってたアイツの行動聞いてるとそう言ってるような気がして……、不安にさせてごめん。」

「いや、きっと……そう言う事なんだと思う。」

 神楽坂は首を横に振って暫く黙り込んだ後、鬼塚が神楽坂の病室に来るまでに妹とその夫が見舞いに来ていた事や、熊谷から聞かされた神楽坂が悟から呼び出された場所が峰枩 悟と峰松 悟の母親である峰松 朱悝が自殺したビルだったことなどを受け取っていた印刷した記事の紙を見せながら伝えた。そして、鬼塚はとある疑問を思い出した。

「病院に居た時に聞き逸れていたんだが、そもそもなんで熊谷は神楽坂さんの病室に居たんだ?」

「そ、それは……ほら、呼び出された張本人のかぐっちゃんにまず伝えようと思って!」

「……成る程な。」

 疑わしい眼差しで見つめる鬼塚に熊谷は潔白を示すように頻りに頷いている。

「彩花さんたちが人質に取られているのなら尚の事、神楽坂さんが峰松 悟と関わり続けるのは危険なのではないでしょうか?」


『これ以上、彼女に関わると、貴様は成長した甥姪を拝むことなく早死にすることになる。』


 鬼塚と熊谷が事務所に来るまでの間に神楽坂が早朝に出会った少年、琉神に告げられた忠告が神楽坂の脳裏に過り気を取られる。

「おにちゃん!ちょ、ちょっと待とうよ‼︎」

「っおい!」

 熊谷の声に気が付くと鬼塚はまたしても二人を置いて出て行こうとしており、熊谷は鬼塚の後を追って立ち上がり肩を掴んで無理矢理ソファに座らせていた。

 不意な事で抵抗が出来なかった鬼塚はそのまま神楽坂と対峙すると、ばつが悪そうに目を逸らし重い空気を放っている。そんな空気の中で熊谷は頭を抱えた後、溜息を吐いた。

「アタシたちがバラバラになったら元も子もないでしょ?」

「「…………。」」

 問い掛けにすら黙り込む二人に嫌気が差した熊谷は勢い良く机に手をついた。

「「‼︎」」

「ねぇ。かぐっちゃんへの依頼、取り止めよっか。」

「く、熊谷……。」「熊谷……?」

「だってさ、3人でこの事件を追う必要が無くなるなら……、もう集まったって意味が無いじゃん。」

 その言葉に神楽坂と鬼塚は目を見合わせて再び熊谷の方に視線を移すと、二人を見た熊谷の目は澄んでいながらも瞳の奥が淀んでいるように見えた。そう、彼女の複雑な感情を瞳が物語っていたのだ。

 気不味い空気に神楽坂は数秒固く目を閉じ、二人はそれを静かに見つめる。そして、再び目を開けると僅かに薄めた。

「熊谷、確かに俺は巳越の騒動や峰枩の異変の原因を巳越の実家で聞いた時から、当時それに気付かなかった事を自分の責任として引き摺ってた。」

「かぐっちゃん……。」

「……だけど、巳越の実家で話を聞いた時に鬼塚さんが言ったように、終わった事を責めても遅い事が今はっきり分かった。」

 すると、神楽坂は突然立ち上がって二人の顔を見ると急に頭を下げた。

「依頼としてじゃなくても、俺はこの3人で事件を解決したいです。改めて、力を貸して下さい。」

「‼︎」

 神楽坂の不意な行動に白崎 愛咲の遺族と遺体安置室で対面した時の自分を重ねた鬼塚は、戸惑いを隠せず顔を赤くしてソファから腰を上げた。

「おにちゃん?」

 熊谷はそれを見て首を傾げていると、鬼塚は何も聞くなと言う眼差しで睨み付けている。

「か、神楽坂さん……、取り敢えず頭を上げて下さい。」

 鬼塚に言われた通りに神楽坂は顔を上げると、先程の迷いのある表情とはまるで違った決意を固めた顔をしていた。

「鬼塚さん、熊谷、力を貸してくれませんか?」

 改まった神楽坂の問い掛けに二人は顔を見合わせると、熊谷はソファから立ち上がって二人の前に右手拳を突き出して無邪気に微笑んだ。

「当ったり前じゃん。ほら二人共、手。」

「……熊谷。それ、する必要あるのか?」

 引き気味の鬼塚の視線に熊谷は拳の方に目を向け、釣られて目をやった鬼塚は目を見開いた。何故なら、神楽坂はいつの間にか熊谷の拳に拳を合わせていたからだ。

 それを見た鬼塚は呆れながら神楽坂を見ると二人の拳に自身の拳を合わせて独り言のように小さく呟いた。

「我ながら、こんな時に良い年してよくやるな……。」

「こんな時だから、ですかね?多分、年齢は関係ないですよ。」

「まぁ、こうやって友情を交わせたんだからいーじゃん?」

 得意げに臭い台詞を話す熊谷に二人は自然と表情を綻ばせ、重たい空気とは一変して和やかな雰囲気に包まれていた。

「神楽坂さん、これだけは言わせて下さい。」

 すると、鬼塚は改まって口を開く。

「これ以上、この失踪事件を神楽坂さん一人にだけ背負わせるつもりは有りません。……絶対に。」

 鬼塚の言葉と真剣な眼差しに二人は緊張感を覚え、鬼塚は続けた。

「だから、今回の妹さんの件のように一人で抱え込むような真似はしないでくれ。……!」

 感情に任せて思わず口から飛び出してしまったタメ口に鬼塚自身が驚くと咄嗟に口を噤み、神楽坂と熊谷は横目で目を合わせて緊張を解くように口元を僅かに綻ばせ神楽坂は答える。

「分かりました。……けど、まだ私の中で整理がついていない事もあるので、その事についてはまた時間を置いてから話をさせて下さい。」

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