第三十話 謀り議られる
「と、言うことで。キミから教えて貰ったことが本当かどうか、片っ端に研究してみようと思っているんだ。」
「……つくもん。ソレ、本気なの?」
暮坂 実希の身体に寄生している鬼神スェドムサは破天荒町内に潜む他の鬼神に命令され仕方なく都雲沢 禎公の住む家に近付き彼と接触した後、彼の調査しているマンションの惨殺事件についての記憶を消そうとしていた。
しかし、スェドムサが人間に寄生している鬼神だと知った時の彼は鬼神に喰われるかもしれないという恐怖に震えるでもなく記憶を消される事の不安を見せるでも無く、ただ、何かを期待するような眼差しで目を爛々と輝かせて居た。
弟の仇に成り得る鬼神に命知らずな交渉をしてまで記憶を消させまいとしていたのは、都雲沢が鬼神について蓄えた知識を失ってしまうことが勿体無いと感じていたからだ。弟のことが二の次になり始めていた都雲沢がどれ程までに鬼神に深く心酔していたのかは、実際に関係を結んだスェドムサがよく知っていることだろう。
都雲沢の交渉を受け入れ一時的な協力関係になっていたスェドムサは自身が知っている限りの鬼神についての情報を教える羽目になり、その情報を仕入れた彼は実現できる限り鬼神の召喚を試みた。
鬼神を召喚するには〝人身御供〟を行う必要があり、その為に彼は供物になる人間を集めていたのだが、他人と関係を作ろうとしない孤立した人間を狙ってスェドムサの異常で記憶を歪めて丸め込むといった方法をしており彼のしていることは人道から大きく外れているので決して公に出来るものでは無かった。
研究記録に書かれていたものは、鬼神という存在そのものが何かも知らない常人や存在を知っている人間からしても誰も彼の感情に理解をすることが出来ないであろう常軌を逸した内容が多く見受けられた。
……だが、その記録を食い入るように読んでいた神楽坂は都雲沢と出会ったあの日よりスェドムサから枉げられた屋根裏部屋の正体を知ってこの家を譲られるまでの記憶を思い出し、どこか懐かしさを感じていた。
北公園で神楽坂と接触をしたスェドムサが以前、屋根裏部屋の正体を知った神楽坂が都雲沢の収集した書物や実験書類に拒絶することなく受け入れるどころか興味を示していたと語っていたのを、その時の記憶が戻っていなかった神楽坂は自分がそんなものに興味を抱いていたのがとても信じられないといった様子だった。しかし、記憶が浮き上がるに連れてそれが真実だったこという現実に得も言われぬ思いのまま心が揺るがされていた。
「(だけど、出来るのならこの感情は……、知りたく無かった……。)」
神楽坂はそのノートを閉じることなく、彼の顛末を知るため読み進めることを選んだ。
鬼神の召喚及び研究を始めてから数年が経った頃、私は弟の巻き込まれたマンションの惨殺事件について一つの仮説を立てた。いや、仮説と言っても私は既に事件の真相に辿り着いていたのかもしれない。
それは、彼女が教えてくれた鬼神を寄生を成功させた場合の条件の中にある〝不特定多数の人間を喰べることで生き延びられる〟という内容を実現させようとした誰かがあのマンションを標的に選び事件を起こしたのではないか?という考えだった。
不特定多数という数量がどこまでを表しているのかは鬼神に寄生をさせたことがないので全く見当の付きようが無いが、14階建てマンションの住人が丸ごと殺されてしまったような惨殺事件なので鬼神が満足するような人数は超えているのだろう。
生憎、私は鬼神を寄生させている人間や人間に寄生して人間の振りをしている鬼神は彼女しか知らず、彼女自身もこのことについては教える気が無かったようなので根拠や確証は得られなかったが自分の集めた情報を信じられるくらいの自信はある。
そう……もし、私の辿り着いた仮説が本当だとしたら、私はその人間を見つけ出し弟の仇としてそいつを————モルモットにしてやる。
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「……………………。」
珍しく反異常者たちの集まった廃マンションで、少々不機嫌気味な悟が溜息を吐いた。
「わたしの知らない所で色々と動いてるみたいだけど……。もしかして、今更になって邪魔しようとしてるの?」
神楽坂を行動不能にしている間、鬼塚と思わぬ接触をしたことで不信感を抱きレフィクルとスエドムサが神楽坂に接触していたことを知ってその不信感に確実性を持ったので手っ取り早く聞き出すことを選んだのだ。
「邪魔なんてしてないわよ?❤︎ウチがかぐしょーちゃんに絡んだことは、お姫様にな〜んにも関係しないことだから。(……直接的には、ね。)」
実希はいつもと変わらない様子でそう言い、黒臣とレフィクルもいつもと変わらない様子で無表情のまま閉口している。
実のところスェドムサは神楽坂の件とは別に、面白い物見たさで鬼塚にも何度か接触をし場の混乱を誘う行動を密かにさせていた。勿論、接触をした記憶すらも改ざんしているので鬼塚本人が気付くことはまず無い。
事件の現場を鬼塚に目撃され衝突し掛けた状況も、スェドムサが起こした事なのだろうと薄々理解していた悟は目を閉じる。
「……もういいや。刑事さんの方はわたしなりにあしらったし、神楽坂君の方は君たちなりのおふざけをしたかったみたいだし。」
「ねぇ、お姫様。それより、一つだけ聞いていいかしら?」
「何?」
「アーカシプの異常で取り憑かれてるそこのイケメン君は、新しい遊び道具か何かかしら?」
悟が帰ってきた時に一緒に入室して来た、現在も部屋の出入り口で腕を組んだまま立っている鶸萌黄色の髪と瞳をした青年が目についた実希は、悟がまた何かを起こそうとしていることに気付き目を細めた。
「うん。またちょっと面白いこと考えついたから、鬼神君に手伝ってもらおうと思って。身体の持ち主は反発も抵抗も出来ないみたいだから、異常がうまく効いてくれてよかったよ。……その代わり————。」
悟の言葉に黒臣は口を開いた。
「構わない、代わりは近い内に用意できるだろう。」
驚いた様子も見せない黒臣を挑発するように実希は頬を突きながら呟く。
「誰かさんの食べ残しをキレイに片付けたのに勿体無いわね。」
頬を突かれていた黒臣は痺れを切らしたのか、次の手が来る前に実希の腕を勢い良く掴んだ。
[ちっ、好きで食べ残したワケじゃねぇって!一度に食えるキャパっつうもんがあんだから仕方ねぇだろ‼︎]
「やっぱり、おちょくったら出てくると思ったわ。❤︎」
黒臣の反応に実希は興奮気味に声を明るくしている。そして、その黒臣の目は黒色の強膜と虹彩に浮かぶ十字の線、鮮やかな青色と黄色の瞳という鬼神の目をしていた。恐らく黒臣の中で大人しくするよう言われているナタスの方が実希の茶々に対して激昂したのだろう。
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「かぐっちゃぁぁあん……‼︎‼︎‼︎」
「!」
都雲沢の綴った記録を読んでいてどのくらいの時間だ経っていたんだろうか、いつの間にか神楽坂の家に戻って来ていた熊谷の泣きつく様な声で神楽坂は我に返る。
その拍子で顔を上げてみると、埃っぽかった空間は澄んでおり視界に入った窓の外に雪が降っているのが見えた。
「雪だ……。」
恐らく神楽坂が研究記録に食い入っている間に降り始めたのだろう、視認してやっと寒気を感じた神楽坂は窓を閉めると屋根裏部屋からノートを持ち出して施錠し一階へと降りた。
「どうしたんだ、熊谷?……!」
只事では無い気がした神楽坂は急いで駆け降り玄関へ向かう。すると、そこには体に雪の積もらせ蹲りながら身を震わせる熊谷が居た。
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