第三十一話 暴き露われる

「急に雪降ってくるとかどうなってんの……!」

 ゆらゆらと穏やかに揺れる暖炉の火にあたって毛布に身を包み神楽坂の淹れた熊谷専用(スティックシュガー・ミルク4つずつを入れた)コーヒーを飲んでいる熊谷は身を温めながら雪に対しての怒りを露わにしていた。

 熊谷曰く店に戻り色々と調べてはみたが既出している情報ばかりで主だった手掛かりは何処にも見当たらず無駄足だったらしい。なので取り敢えず神楽坂の事務所へ戻ろうとバイクを走らせていたのだが、収穫が無く不機嫌になっていた熊谷に追い討ちを掛けるように雪が降り出したと言う。

「そういえば、おにちゃんはまだ帰って来てないんだね。」

「そうだな。多分、まだ事件について色々調べてるのかもしれないから待ってみよう。」

 同じくブラックコーヒーを飲んでいる神楽坂の方に顔を向けた熊谷は接待用の机に置かれている都雲沢のノートが目に入り神楽坂と向かいのソファに腰を掛けた。

「かぐっちゃん、このノートって?」

 首を傾げている熊谷を見て神楽坂は少しだけ顔を曇らせると、心の整理がついたので鬼塚が戻って来たらゆっくり説明させて欲しいと言ってコーヒーを飲み干した。


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 手当たり次第に失踪事件と関連のありそうな事件資料をまとめ終えた鬼塚は腕時計に目を通すと予想以上に時間が掛かっていたことに気付き慌てて警察署を飛び出した。そして、構内から出た時に目に飛び込んで来たのは曇り空から降り注ぐ無数の小さな白い塊だった。

「やけに寒いと思ったら、雪が降ってたのか。」

 降ってから数時間が経っている気がしたがまだ積もっている様子は無かったので警察署の事務所からトレンチコートを持ち出し車に乗り込んだ鬼塚は安全運転で神楽坂の事務所へと向かった。

 その道中、度重なる事件に気を取られて気が付いていなかったが破天荒町の装いがクリスマス一色に染まっているのを横目に見た。木々に電飾が巻き付けてあり、人通りがいつもより多い様子だ。何かあるのかと思い車の日付表示を見てみると気付けば明日はクリスマスらしく、誕生日も近付くのも加えて子供の頃は待ち遠しく思えたものが無差別連続失踪事件が起きるようになってからの鬼塚は何事もなく時を過ごせるかなどのことの方が気掛かりになっていた。

「(今年も、無事に年を取れれば良いんだが……。)」


 鬼塚が神楽坂の事務所に辿り着いて入室してみると、電気の点いておらずいつもと雰囲気の違うような気がしたので可笑しく思い足早に二人の元へ行った。

「悪い、予定より遅くなった。」

 すると、事務所内に設置されている暖炉が灯されており柔らかな光で辺りを照らしていた。その周りにはソファに座り毛布を肩に掛け古びたノートに目を通している神楽坂と、鬼塚を待ちくたびれて神楽坂の向かいにあるソファで毛布を掛けられ寝息を立てている熊谷が居た。

「資料を纏めていたらこんな時間になってしまっていて、済まない。」

「いえ、大丈夫ですよ。いつ頃に戻られるか連絡を入れようとしたのですが作業の邪魔になってしまうかと思って……。」

 神楽坂が顔をあげると右手に黒色の沢山の資料が挟まったファイルと左手に何かの袋を提げている鬼塚が居た。ファイルについては事件の資料が入っているのだと推測できたが、提げている袋についてはその中に白色の四角い箱が透けているというだけで箱の中身は見当が付かなかった。

 鬼塚はそれらをソファの間に設置されている机に置くと、まだソファで寝息を立てている熊谷の元へ行くと頭にチョップを咬ました。

 熊谷は突然の衝撃に驚いたのか勢い良く飛び起き視認した鬼塚に向かって声を荒げる。

「何すんの、この鬼!鬼畜‼︎」

  頭を抑えながら熊谷はそう言ったが、鬼塚は特に気にした様子も無く半透明の袋から白色の四角い箱を取り出した。

「待たせてしまったお詫びと言って足りるか分からないが、もし良かったら食べてくれると嬉しい。」

 そう言って鬼塚が箱を開けると丸太のような形をしたスイーツ、ブッシュドノエルが入っていた。

「え!ケーキ⁈」

 チョップの痛みが治ったのか、熊谷は鬼塚そっちのけで箱の中身のケーキに釘付けになっている。

「遅れている自覚はあったからな、何か差し入れになりそうなものが無いか探してたら明日がクリスマスと知って買って来た。」

「そうか、今日はイヴでしたね。」

 一人暮らしをしている神楽坂もクリスマスについては意識外だったらしくケーキを見て納得すると、三等分にしてくると言ってキッチンに運んだあとケーキを皿に移しコーヒーを淹れ直して再び机に戻ってきた。

「おにちゃん、アタシにクリスマスプレゼントとか無いの?」

「それを踏まえてのケーキだろ。」

「……そーいうもんじゃなくない?」

 そう言って熊谷が薄目で鬼塚を睨んだあと神楽坂に視線を移したが、神楽坂は困った顔で笑顔を作って言った。

「悪い、熊谷。今は、あげられそうな物が無くてな……。」

「えー……。」

 神楽坂の返答に熊谷はあからさまに落胆してケーキを摘んでいる。

「熊谷、神楽坂が困ってるだろ。」

「だってアタシ、生まれてこのかた誰からもクリスマスプレゼント貰った覚えないし。」

「親からもか?」

 鬼塚の言葉に熊谷は首を傾げながら答えた。

「え、言ってなかったっけ?アタシ、親も親戚も居ないし居たとしても顔も知らないよ。」

「「‼︎」」

 特に言い淀む様子もなく平然と告げた熊谷に、神楽坂と鬼塚はケーキを食べる手を止めて言葉を失った。


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 子供の頃の成りたいものの夢なんて、アタシには無かった。ただ、ただ誰かが、アタシの家族だと名乗る人がアタシを迎えに来てくれるんじゃないかって夢だけはずっと見てた。

 捨てられた自覚は一つも無い。というか、そういうことも考えられないくらいアタシは幼くて、物心つく前から独りだった。それまでどう生きてたとかも一切覚えてなくて、だけど、アタシが異常を持っているって認識したあの日からの事は覚えてる。……面識も無い、顔も思い出せない誰其れに拾われた日のことからは。

 拾われて訳も分からず連れて来られた所は、どんなものかも分からない薬品臭い空間に四方八方を冷たいコンクリートで覆われた部屋。

 自分以外にも集められた子供や赤ん坊が居るようで、みんな子供は同じ服に身を包んでいた。

 これは、アタシが少し大きくなってからその拾った人に聞いた話。

 破天荒町で生まれる大抵の人間は、異常といった力を持って生まれてくるらしい。そして、その虹彩上部の色によって異常の種類が色々と違うみたい。確か、〝異常系統色〟って言ってたっけ。ただ、難しい話だしどうでも良いって思っていたから詳しい種類とか分類のことは全く覚えてない。

 ただ、アタシの異常系統色は緑で、〝緑系統〟の異常は何かを探したり探ったり、要は〝捜索に特化したもの〟だってことは自分の事だからなんとなく覚えてる。しかも、蓋を開いてみれば『探す相手の明確な顔と名前さえ分かればその対象の現在地が特定出来る異常』だなんて。皮肉以外の何ものでも無い異常だよね。……親の顔も親戚の顔でさえ知らないのに。

 そういえば、こんな話も聞いたことがある。異常は伝染するもので、親のどちらかが異常を持っていればその子供は異常を持って生まれてくるらしい。勿論、どちらも異常を持っていればその子供も異常者だ。だから、非異常者の親からは異常を持った子供は生まれないとか。

 生まれた時に判明するのは異常の有無と、その異常系統色による異常が何に特化したものってだけで、最終的に異常を正式に発現させるのはその異常者自身だと言う事も聞いたことがある。

 アタシや他の実験台の子たちは異常を発現するに至るまでの期間はその異常系統に該当する異常を発現させるまで色々とさせられた。思い返せば、早めに異常を発現させたアタシは何かと手伝いみたいな事をさせられたような気がする。

 昔から自分の利になると感じた事への物覚えは早かったのか、どこそこへのデータのハッキングや機械・電子機器の修理は教えられた時にすぐ覚えたし、その時に裏の存在を色々と知れたし、現にこうやって生きる為の表稼業・裏稼業に役立ててるから昔の知識は意外と無駄になって無い。

 期間も曖昧でよく覚えてないけど、とにかく長く続いた異常発現実験は拾われた全員が異常を発現させたことで終わりを告げた。そして、異常者が異常を発現させられるのは3歳から12歳が終わるまでということが実験を通して判明した。12歳を過ぎてから異常を発現する例も無く、遅くても13歳になるまでには漏れなく異常が使えるようになる。だけど、異常を発現できたとしてもちゃんと使えるようになるとは限らないみたい。

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