第二十四話 奮い立たされる

 悟がいつものように峰枩家の人間を狙って静かな襲撃をしに外へ出回っている間、他の反異常者たちは荒れ廃れたマンションに居た。しかし、黒臣は他のフロアに居る為その場にはレフィクルとスェドムサの器を持った鬼神の二人だけだった。

 レフィクルは何をしているということも無く椅子に深く腰を掛けて足を組んで気怠げに外を眺めており、スェドムサは黒臣の淹れたコーヒーを飲んでいた。すると、何の前触れもなくレフィクルが呟く。

[目覚めたか。]

 恐らく、神楽坂に掛けた異常が解けた事に気が付いたのだろう。スェドムサが視線を移すとレフィクルは薄目になっており、何のことを言っているのか問おうと左手に持っていたコーヒーの注がれたカップを口から放してソーサーに置いた。

「あら、誰が起きたのかしら?」

 知っていて聞いているのか、はたまた本当に知らずに聞いているのか。レフィクルは答えようとしたがスェドムサには余り関わりを持ちたくないと警戒すると、彼女(?)と目を合わせるだけ合わせて答えないままレフィクルはマンションの階段を降りていった。

「ちょっと!ふあみる冷たぁ〜い。(……まぁ、誰のこと言ってたかのは見当もついてるし知ってるんだけどね……。❤︎)」

 コーヒーを飲み切ったスェドムサはカップとソーサーを洗い終えた時、レフィクルを追ってみようと閃いた。


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 神楽坂が意識を取り戻してから物部と彩花の夫の直実が病室に駆けつけていた。

「神楽坂さん、意識が戻ったんですね……!」

「……はい。……?」

 直実とは妹の夫ということもあって顔見知りだったのだが、声を掛けてきた白衣を着た見覚えの無い顔と対面して神楽坂は呆気に取られている。

 物部と会った時は眠っていたので自分を知らないのも無理は無いと思いながら、物部は名札を見せた後に頭を下げる。

「申し遅れました。私は神楽坂さんの主治医の物部 小説と申します。」

 そう言うと神楽坂も釣られて頭を下げた。すると、物部は検診をする為に彩花たちと熊谷は少しの間だけ病室を出るよう指示し、3人はそれに従って病室の目の前にある休憩室で待つ事にした。

 それを二人は見送ると、物部は神楽坂に他愛の無い会話をしながら検診を進める。

「ご家族やご友人と色々話されましたか?」

「そうですね、色々と心配をかけてしまっていたみたいで……。」

「けど、目が覚めて良かったですね。」

「……そう、ですね。(……?)」

 運の良い話ではない内容の筈だが物部は目を爛々と輝かせてこちらを見ており、神楽坂は戸惑いながら作り笑いをする。

 暫くすると検診が終わり神楽坂は病衣を再び着直した。

「……ぐっすり眠っていたお陰でしょうか、身体も回復しているようで可笑しな所は無いですね。この調子なら明日には退院できますよ。」

「……。(検診の間、やたらと目を合わせられた気がするけど……。……気のせい、か?)」

「神楽坂さん?」

「っあ、いえ。早めに退院出来るみたいで良かったです。」

 神楽坂の片言な返答に物部は困った笑みを浮かべている。そして、少しだけ念を押した。

「そうだ。元気になったと言っても、退院後暫くは無茶をしないようにして下さいね。……貴方を心配する人の為にも。」 

「!……はい。」

 その後、物部は鬼塚に連絡を送っておくと言って病室から出ていった。

 物部が病室から出て3人の方に会釈すると、検診が終わったのを察して再び入室し椅子に座る。

「かぐっちゃん。検診、どうだった?」

「可笑しな所は無いみたいで、明日には退院出来るって物部さんが。」

 それを聞いて3人は安堵し微笑み、神楽坂は彩花に問い掛けた。

「赤ちゃん、いつ産まれる予定なんだ?」

「予定では2月かな。男の子か女の子かは、まだはっきりしてないけど。」

「そうか……男の子と女の子、どっちだったら嬉しい?」

 神楽坂の問いに3人は目を見合わせている。どうやら神楽坂が検診をしている間に熊谷が全く同じような質問をしたらしく、その話で花を咲かせていたらしい。

「さっきも話してたんだけど……私、付けたい名前があるからもし産まれるなら男の子がいいなって思ってて、直実さんも賛成してくれてるんだ。」

「男の子かぁ……!やっぱそうなると、直実君に似るのかもな。」

 目が合った直実は照れ臭そうに笑いながら彩花の腹部を優しく摩っていた。付けたい名前のことも聞き出してみようとしたが、結果うやむやにされ聞く事はできなかった。

 悟が峰枩の人間を次々に襲って事件を起こしているであろう時にゆっくりとしていられる状況では無かったのだが、今この時だけは、そのことを忘れていたいと神楽坂は切に思っていた。

 悟に呼び出された時、去り際に言い放たれた彩花を人質にしている事実を知っているのは神楽坂だけで、彩花とその胎内にいる赤ん坊を誰よりも案じていたのは他でもない彼だっただろう。

「……元気に、生まれてくれると良いな……。」

 少しくらい弱音を溢してしまいたい。だが、事件についてのことも自身が関わっていることすらも彩花と直実に知らせていない神楽坂は口に出せないで言葉を押し殺しながら、神楽坂は彩花の腹部に手を伸ばした。

「大丈夫だよ。」

「!」

「詳しい事は熊谷さんからも聞けなかったけど……、翔兄なら、大丈夫だよ。」

 その言葉が取って付けたような言葉では無く彩花の本心だと理解できた神楽坂は何も答えずに、ゆっくりと首を下に落とし涙を堪えて震えていた。


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「待たせちゃってごめんね?携帯、壊されちゃってさ。」

 悟は鬼塚に携帯電話を撃ち抜かれる以前に神楽坂を誘った時と同じ場所に誰かと落ち合うようになっていたらしく、その人間に近付くと話し掛けた。

 すると、男性は険しい顔で悟に言葉を返した。

「貴方が……、いや、貴女が失踪事件を引き起こしている犯人なんですね。」

「へぇ、妙に決めつけた言い方するんだね。えっと……?」

「大鳳 遥。貴女の又従姉妹である白崎 愛咲の婚約者だった者です。」

 拳を強く握り締めながら大鳳がそう答えると、悟は目を丸くしていた。

「!……ごめんね。消した人たちの名前なんて、いちいち覚えてないや。」

「っ……‼︎」

 瞬間、大鳳は恐ろしい剣幕で悟の側へ駆け寄る。しかし、悟はそれを気にした様子も無く直立不動だった。

「お……っと。」

 すると、大鳳は彼女の胸ぐらを掴み、10センチメートル以上差のある悟の体は大鳳に軽々と持ち上げられた。そして、抵抗できないような状態でさえも目の前の人間は表情を崩すことは無く、大鳳を見下したような眼で見ている。

「くくく……、女性相手に手荒じゃないかしら?」

「只の女性だったら、俺もこんな事してません。」

「……昔はそうだったんだけどね。」

[今や、彼奴は反異常者に成り果ててしまった。]

 悟を持ち上げていた大鳳の耳元で、何者かが囁いた。

「⁈」

 その途端、大鳳は本能で動きを止めてしまった。

「大鳳君、だっけ?……ほら今、君の後ろにお嫁さんの仇が居るよー。」

 悟の言葉に目を見開いた大鳳は息を呑み、愛咲の母親である千咲から鬼神という存在がこの破天荒町に住み着いていることを聞いたのを思い出した。

「……鬼神、か……。」

[やはり、存在は知っていたか。]

「話が早くて何より、だね。……それより、この手、離してくれない?」

「誰が[大人しく離せば、貴様の命は保証しよう。]……!」

 大鳳は察した。自分の背後に居る悍しい気配を放つ鬼神が影を伸ばしていることに。そして、そっと後目に見つめる。

 ふと、悟は自分を掴んでいる大鳳の左手に両手を添えて呟いた。

「わたしも元々は非異常者だったし、無力な人間を無駄に殺したく無いんだよね。」

 その行動に驚きながらも自身の左手に焦点を合わせた大鳳は言葉を返す。

「だからって、異常者だったら殺していいのか?」

 峰枩はその言葉に目を伏せると、新たな質問を投げ掛けた。

「なんで、大鳳君は峰枩家と繋がりのある家系の人間と結婚しようと思ったの?異常者のお嫁さんと非異常者の君が、なんで付き合おうと思ったの⁇」

 峰枩の問いに暫く大鳳は俯き、その場は静寂に包まれた。

「……ぃ……。」

「?」

 俯いていた彼は口を動かし、何かを言っていた。それを聞き取れなかった峰枩が黙っていると、大鳳は顔を上げしっかりと目を合わせて言い放った。

「関係ない!」

 そして、口を挟む隙もなく続けた。

「家系がどうとか、異常が有るとか無いとか!……俺は、そんなこと一度も考えたことが無かった‼︎」

 大鳳の言葉に悟は反応し、再び口を挟もうとしたが遮られる。

「へぇ、随分幸せな生き方して「考える必要が無かったし、何より、愛咲のことを愛してたからだ‼︎」……下らないね。そんなの、……理由にもならないよ。」

 心底、下らない話だった。結局は愛情が、思う気持ちがどうかなど、あの日を境に峰枩家を憎む事しか考えられなくなった峰松 悟には特に下らない話だった。

 人道を外れたような悟の反応に大鳳は唖然とし、手を離した。

「大鳳君の生きた10年間と、ぼくが、わたしたちが生きてきた10年間じゃ、環境が大きく違うんだよ。」

「…………。」

 掴まれていたところを軽く手で払った後に語った〝二人〟の顔は、ニヤけたようにも泣き出しそうにも、様々な感情を押し殺したような表情だった。

 その複雑な表情を目にした大鳳は、不覚にも気を緩めてしまった。

「!」

 そう、急に覆われる視界に抵抗出来なかったのだ。

「……あーぁ、普段こんなこと話す人居なかったからスッキリしたよ。」

 意識が失くなる前に聞いた声は、とても明るい無邪気な子供のような声だった。

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