第二十三話 呼び込まれる
神楽坂は目を覚まし自室の天井とは違う見慣れない天井が広がっていることや起きようとしても起き上がらない身体に違和感を感じながら、瞬きを繰り返したり精一杯に眼球を動かしたりした後に辺りを確認して自身の手を握っている妹を認めた。
「(なんで、彩花がここに……?)」
目が合ったことで神楽坂が意識を取り戻したのだと確信した彩花は、寝そべったたままの神楽坂の横から上に覆い被さる形で胸に飛び込んだ。
「さ、さっちゃん!お腹お腹‼︎」
そして、その後ろで聞き覚えのある焦る声が聞こえたのでゆっくりと首を動かすと熊谷が居ることに気が付いた。熊谷に声を掛けられたことで彩花は慌てて起き上がり、神楽坂のベットの背凭れを上げて微笑んだ。
「翔兄、おはよう。」
「……おはよう、彩花。」
呑気に見えるような彩花と寝惚けているように見える神楽坂とが互いに和やかな雰囲気の中、熊谷は一人戸惑ったままでいた。
「な、なんで起きたの?えっと、なんでって言ったら変だけど……。」
熊谷の問いに神楽坂は首を横に振ると、目覚めた経緯のようなものを朧げに思い出し始めた。本人曰く、意識を失っていた間のことは無のままで感覚も無かったようだ。そして、このことは伝えなかったのだが、意識を失う以前に悟から吐き出された彩花についての脅迫に似た言葉が胸に刺さったまま彩花のことを気に掛け続けていた中、彩花本人の兄に対する信頼の言葉が聞こえたが為に目覚めたのだろうと実感できた。
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これは、神楽坂が未だ目覚めていない間に起きたことだ。邪魔者が居ない間に悟は次の標的と接触する為に獲物を誘き寄せる準備に取り掛かっていた。
「あと何人いたっけなぁ……?」
ノートを広げて家系図の資料を見ながら、不気味な笑いを浮かべると片手を指折り数える。
ピピピピッ……ピピッ……。
「あ、…………。」
そんな時、上着のポケットにある携帯電話から着信音が鳴り響いたので取り出し相手を確認することにした。
[掛かったな。]
着信相手は接触する予定の人物だったので更に口角を上げ受話ボタンを押すと耳に当て、暫く他愛の無い会話をして電話を切る。すると、待ち合わせ場所を指定したのでその場へ歩みを進めた。
暫く歩いていると男性の姿が見え、早足で向かう。
「!悟……くん、なのか?」
指定の場所に峰枩が近付いていることに気付いた男性はそちらに歩み寄って行き、峰枩のフリをした悟も男性の方に駆け寄ると頭を下げた。
「……お、お久し、振りです。」
「あ、あぁ。久し振りだね。……会ったばかりで急に可笑しな事を言うかも知れないが、君は亡くなったと聞いていたんだが……?」
「……それは……。」
男性の言葉に峰枩は目を伏せると、亡くなったのは双子の妹の方だと悲しい顔をした。そして、自分たちは顔も名前も良く似ていたから間違った情報が流れていたのではないかとデタラメを言って相手を丸め込むと本題に入る。
「あの……お、叔父さんは、異常を持っていない峰松家の事、……どう、思ってますか?」
峰松という単語に反応した男性は目を逸らしてあからさまな険しい表情になり、峰松はそれを見ると視界の外で鋭い目つきで睨み付けた。
「悟くんの妹は峰松の家系だったね。もしかして、話の内容はそれかい?」
男性がまたこちらに目線を向けそうになると悟は作り笑いをした後に浮かない表情をした。
「……す、すみません。気分を、……悪くしてしまって。」
「気にする事はないよ。何せ、悟くんの唯一の妹だったからね……、家系が違っても〝心配な気持ちは分かる〟よ。」
「(へぇ、〝心配な気持ちが分かる〟?ただの建前な癖に面白い事言うなぁ。)……ほ、峰枩の本家に引き取られることが決まった時も……、ぼくの家族は、……心配、だったと思います。」
「だけど、悟くんは峰枩の家系に来て正解だったと思うよ。異常を持っていない家系の人間と一緒に居ても分かり合えないだろうからね。」
「“ (‼︎) ”」
一緒に居ても分かり合えないという男性の言葉に峰枩は表情を無くして無言になる。その急変した様子に可笑しいと気付いた男性は身を凍らせた。そう、悟は異常を使い鬼神に姿を表すように指示していたのだ。そして、男性は自分の目の前に居るのは人間でない事に気が付いた。
[やはり、人間は鈍感だな。]
「死んだのが妹だったなんて馬鹿みたいな嘘、よく引っ掛かるよね……?」
「……⁈」
理解の出来ない光景に恐れた男性は、身動きが取れず呆然と立ち尽くす。そして、襲われそうになった瞬間に峰枩 悟らしき人間と一緒に居る存在が鬼神だということを知ったが、全てを理解した時には遅かった。
悟が叔父と対話している時、偶然にも彼女の動向を辿ることができた鬼塚はその付近に近付こうとゆっくり路地を歩いていたが、悟が行き止まりのある道に立っているので鬼塚は足を止めると角の塀を盾に顔を半分覗かせる。すると、その視線の先に悟と男性が対峙しているのが見えた。
「本当に峰松家の人間に興味が無いんだねぇ、叔父さん。」
「っ‼︎」
「……‼︎」
顔を覗かせて数秒後、鬼塚は言葉を失った。
なんと、男性の身体から赤い液体が飛散し跡形もなく消え去ったのだ。そして、男性の体内から吹き出したその赤い液体は、紛れもなく血液だった。
しかし、不思議と悟には付着せず、壁や地面の一面にそれが広がっている。
「くくく……、美味しかったぁ?」
視界には悟以外の人物は見えないが、彼女は笑い声を上げて何者かに問い掛けていた。そんな目を疑うような光景に鬼塚は体を固まらせて動けないでいると、悟が振り返る素振りを見せたので再び塀に隠れた。
「(ぁ……あれが、北公園や展望台にいた目撃者たちが目の当たりにした光景なのか……⁈)」
失踪事件が起きた後や直後の現場を見ることは多々あったのだが、悟自身が実際に事件を起こしている現場を直接目撃したことが無かった鬼塚は衝撃を受け次第に息が上がって行くのが自分でも分かった。そして、とても不愉快な顔をしながらあれは失踪ではなく〝消滅〟という言葉が正しいのではないかと感じた。
その突如、こちらに向かってくる足音が聞こえ鬼塚は反応するとホルスターに手を掛けた。
「あ、やっぱり来てたんだね。」
拳銃を向けられた悟は戯けたように両手を挙げて微笑み、こちらを睨んで黙っている鬼塚に向かって言葉を続けた。
「大丈夫だよ、怯えて見てるだけの人間なんて喰べる気にもならないから。」
そう言って両手を下ろすと不自然に考えるフリをし、何か仕掛けてくるかもしれないと感じた鬼塚は身構えた。が、その必要は無く、悟は鬼塚に問い掛けた。
「わたしを追って来た理由は……そう、神楽坂君の事でしょ?」
睨む鬼塚の顔とは裏腹に悟は無邪気な笑みを浮かべて目を細めたが、気付かれているかも知れない事を分かっていた鬼塚は図星を突かれても平静な顔をしていた。
驚かないのを見た悟はつまらなさそうな顔をして溜息を吐く。
「なんだ……、わたしが気付いてる事に気付いてたってことは意外に頭が切れるみたいだね。」
「知りたい事が分かっているのなら、神楽坂さんに何をしたのか答えて貰おうか。」
その言葉に悟は首を横に振った。神楽坂に何をしたかを答えるつもりがないのだろう。
「君だって気付いてるんでしょ?峰枩の人間を喰べ終わるまで止める気が「お前の身勝手な行動でどれだけの人間を陥れたり殺めたりするつもりだ⁈……俺は……っ、これ以上、悲しむ遺族たちを見たく無いっ……!」……へぇ。」
聞き分けの無い素振りを見せ続ける悟に鬼塚は痺れを切らして声を上げ、その言葉を聞いた〝二人〟は目を見開くと力無く下に俯いた。
「……悲しむ遺族たちを見たくない……、か。……じゃあ、ぼくだけが……、……わたしたちだけが我慢してれば良かったの?家族をめちゃくちゃにされて、両親も失って、異常が有るか無いかってだけで引き離されて……⁇‼︎」
「‼︎」
始めは声を荒げていたのだが、その後は息を吐きながら何かを呟いていた。それが聞き取れずにいたので鬼塚はその不気味な姿に思わず顔を顰める。
その少しの間〝二人〟は何もせず俯いていたが、落ち着いたように悟が顔を上げると瞳の色は異常を使用する色に変化しており、満面の笑みを浮かべて声を大にした。
「くくく……刑事さん、わたしに会うの最期かも知れないから見せてあげるよ‼︎」
「……っ‼︎」
[峰枩の人間以外は食さないと言う計画だった筈だが、その行為の邪魔になるのなら消すしか無いという事か。]
鬼塚の耳には人間では不可能な雑音が混じった不気味な声が響き渡り、目の前には人のような形を模した黒い影が存在していた。そう、これこそが鬼神の正体だった。想像を絶する姿に鬼塚は言葉を失い、悟は口に手を抑えて目を細めながら笑いを堪えている。
「くくく、驚いてるねぇ……。」
「……これ、が……、鬼神なのか……?」
恐怖で微動だにできない鬼塚を見て鬼神は影を伸ばしながら呟いた。
[最期なのだから、目に焼き付けておくと良いだろう。]
ピピッ……ピピピッ……。
「………………。」
「⁉︎」
[ふん…… 。]
瞬間、何処からか携帯の着信音が鳴り響き、鬼塚へ伸びていた影が既の所で止まる。鬼塚が鬼神の後ろをを見ていることから察するに、恐らく発信源は悟の携帯電話からだろう。
「………………面白い所だったのになぁ。」
着信音が響く空間で、悟は大きな溜息を吐いて携帯電話を取り出す。こんな状況でありながら余裕そうに画面を見つめると、先程の殺気立った顔から一変して良い事があったかのように優しく微笑んだ。
「っくく、これがとんとん拍子って事ね。けど、喰べて貰うのはお預けかぁ……。」
残念そうに肩を落とす悟は異常を使うのを止める。すると、鬼神は鬼塚の目の前から姿を消した。
ただ、向こう側に立っている悟が不気味な笑みを浮かべながら何者かに謝罪をしているところを見ると、鬼神はあちら側に移動したのだと予測できる。
「(!……これ以上、奴に連絡を取らせる訳には……!)」
自分から注目が外れたと感じた鬼塚は緊張が解け、息を整えると異常を使用し悟が持っている携帯電話に照準を合わせて撃ち抜いた。
「っ‼︎」
その衝撃で悟は携帯電話から手を離し、飛び散る破片を目に入れない為に腕で庇う。そして、咄嗟に向き直った時には鬼塚の姿は見えなくなっていた。
拳を握り締めながら路地を見つめる悟を見て鬼神が語り掛ける。
[してやられたな。]
「人の携帯壊すなんてヒッドいなぁ……。」
痺れる手を撫でながら悟は遠くを見つめると、鬼塚がまだ遠くには行っていないと理解しながら虚空に向かって態とらしく話し掛ける。
「わたしを怒らせた刑事さんは、次また会ったら絶対に喰べてあげるね!」
悟はそう言いながら、自身の携帯電話を踏み潰した。そして、笑い声を上げてその場から背を向け離れて行く。
「………………。」
逃げたと思わせる為に付近の角に隠れていた鬼塚は、悟の言葉を耳にした時この事件を必ず終わらせると固く誓った。
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