第二十五話 到り達られる

 涙を堪えて震えていた神楽坂に震えている原因が分からなかった彩花と直実と熊谷の3人は心配した様子で声を掛けていたが、神楽坂が涙声で心配いらないと答えたので彩花と直実は安堵し病室から退室した。

 その後の病室で、二人を扉まで見送り残っていた熊谷が呟く。

「さっちゃん……かぐっちゃんに似て、いー人だね。」

 その言葉に少し照れ臭さを感じながら神楽坂は微笑むと、何かを思い出したように熊谷を見た。

「そう言えば熊谷、俺に何か用があって来たんじゃないのか?……起きた時に色々あって聞き逸れてたみたいで……、ごめん。」

 神楽坂がそう言って申し訳なさそうな顔で目を伏せると、熊谷は首を左右に勢いよく振り答えた。

「いやいや、何でかぐっちゃんが謝ってんの⁈」

 すると、熊谷は神楽坂が目覚めるまでのことを話し始めた。神楽坂の病室に赴いた時に椅子に座っていた人影を見つけ神楽坂に似ていたのでもしやと思い声を掛けてみたら神楽坂の妹である彩花だったこと、そして、その彩花が神楽坂へ声を掛けた数秒後に神楽坂が目覚めたことを。

「かぐっちゃんの事で色々あったからさ。おにちゃんに『あまり外を出歩くな!』って釘刺されてて……、まぁ、こうやって来ちゃったんだけど。」

「……そうだ、鬼塚さんはどうしてるんだ?」

「警察署で無差別連続失踪事件の調べ物したり、峰松 悟を探し回ったりしてるらしいよ。まぁ元々おにちゃんは、ほぼ一人でこの事件追ってたらしいし慣れっこなのかもしんないね。」

 悟の捜索の手伝いを柄にも無く申し出てみたのだが鬼塚に却下されてしまったらしく自宅での留守番を命じられていた熊谷はどこか不服そうに頬を膨らませてそう言ったが、神楽坂は熊谷が犯人の目星をつけていなければ峰松 悟を調べることすら無かっただろうと熊谷に恩義のような言葉を投げ掛けると熊谷は微かに口元を緩めた。

 再び話が逸れてしまったのでそろそろ本題を話すべきだと思いたった熊谷は、不意に自身のズボンのポケットに手を伸ばし小さく折り畳んだ紙を取り出し広げて神楽坂の膝元に差し出した。一眼見て分かったのは何かの新聞記事だということだった。熊谷が無言でそれを渡してきたので暫くその記事に目を通していたが、見覚えのある苗字と添付された建物の写真を見つけて神楽坂は思わず目を見開く。

「アイツがかぐっちゃんを呼び出したトコ……、峰枩 悟と峰松 悟の母親、峰松 朱悝が自殺したビルだったんだよ。」

 その言葉でやっと熊谷が神楽坂の元に来た理由を理解した。だが、悟がなぜその建物に神楽坂を呼び出したのかということだけが引っ掛かっていたので考えを巡らせていると、熊谷は今年にそのビルが取り壊されるのだと言っていた。

 異常の有無で自身の家庭を壊した峰枩の家系である人間と関わり続ける神楽坂への当て付けなのか、それとも、ビルの取り壊しがされて母親のことが忘れられてしまう前に強い印象を付けさせたかったのか、理由を想像し始めていたらキリがなかったので神楽坂は一旦その記事がプリントされた紙を折り畳んだ。

「このこと、鬼塚さんも知ってるのか?」

「んや、まずかぐっちゃんに教えておこうと思って病院に飛んで来ちゃってまだ。」

「そうか……。物部さんが俺が起きたことを鬼塚さんに連絡するって言ってたから、鬼塚さんが来たら色々と情報共有しよう。」

 神楽坂はそう言いつつも、悟からビルに呼び出された時に言われた妹のことを話すべきかを迷っていた。

「(ビルでの出来事は俺と悟しか知らな……)……そうだ!」

 思い詰めていた神楽坂は突然に声を上げ、熊谷は思わず飛び上がった。様子が変わった神楽坂に熊谷は何事かと聞き返してみると、神楽坂は自分がこの破天荒町立病院に運ばれた経緯を教えて欲しいと言い始めた。

 すると、熊谷は神楽坂が倒れていた現場に足を運んでいた後藤に聞いていた出来事を説明し始めた。

「廃ビルに人が倒れてるって通報が来て、急いで来てみたらかぐっちゃんが建物の中で倒れてたってごとっちゃんから聞いたよ。」

「その通報したって人は……?」

 眉を顰める神楽坂に熊谷は首を横に振って答えた。

「名前を聞く間に電話を切られちゃって、発信源を見つけて辿り着いた頃にはかぐっちゃん以外誰も居なかったって。声で言うと子供っぽかったらしいんだけど、性別はどっち付かずって言ってたかな。」

 熊谷の言う子供という単語に神楽坂は意識を失う前に見た背後から目を塞ぐ子供のような小ささをした誰かの手の影を思い出した。そして、悟ではない第三者の声であると判断できていたので一言しか聞けていなかったが恐らく通報した人物と同じなのだろうと漠然としているがそう仮定することにした。

「かぐっちゃん?」

 熊谷の話を聞いて再び思い詰めた顔をしている神楽坂に熊谷は顔を覗かせると、鬼塚が到着してから詳しく話すと言っていた。


 鬼塚を待っている間、熊谷は何か他に話したいことがあるのだろうか、落ち着かない様子でいたので聞き出してみると熊谷は神楽坂の話していた都雲沢と一度だけしか会っていないというのは嘘なのではないかと言い出し始めたのだ。

「嘘って、……どうしてなんだ?」

 どうやら神楽坂が意識不明になって鬼塚から外出禁止令を出されている間、熊谷は表の仕事をしつつ合間合間で裏稼業で情報収集をしていたところ神楽坂の話していた都雲沢のことに矛盾ばかり出てきたらしい。

「もしかしたら、かぐっちゃんが忘れてるだけで本当はつくもっちゃんの家に何度か行ったことがあるんだよ。写真だって、初めて会った時に撮ってないならその日以外に会ってないと説明つかないし。」

 熊谷の言葉を聞きながら考えていると、神楽坂は都雲沢が失踪した後に出会った何者かの姿を思い出していた。

 都雲沢が家の権利書とその権利を神楽坂に譲るといった文面の手紙だけを残して失踪してしまい、廃墟にしてしまうくらいなら都雲沢の言う通りに自分があの家に住もうと考えた神楽坂は権利を受諾した後、移住のために必要な最低限の荷物を運ぼうとした日のことを思い返す。


[かぐしょーちゃんには落ち度はないんだけど、これは頼まれごとだから……ね?]


「‼︎」

 そう、その日、神楽坂が玄関を開けてみると見知らぬ人間がドアの前で立っていたことを鮮明に思い出したのだ。

「(なんで、こんな不自然な出来事を忘れて……?)「神楽坂さん!」……!」

 熊谷と神楽坂がお互いに深く考え事をしていたところ、聞き慣れた呼び声が聞こえて二人は顔を上げた。そこには、面会時間に間に合うよう急いで来たのかジャケットを小脇に抱えて少しだけ息を切らした鬼塚が立っていた。

「鬼塚さん、エレベーターを待ってる時間も惜しんで階段でそそくさと上がって行っちゃったんですよ。しかも、神楽坂さんの病室から一番離れてた階段だったんですよね。」

 そう言って鬼塚の背後から顔を出したのは神楽坂の検診をしていた物部だった。

 余計なことを言うなと言わんばかりに鬼塚は物部に鋭い視線を向けると、物部は宥めながら鬼塚の背中を押して歩くと椅子に座らせる。

 しかし、面会時間が残り数分しか残っておらず情報共有は時間を要するだろうと考えた3人は神楽坂が退院した後日、神楽坂の事務所に集まることにした。

 面会終了時刻まで話し合っている間、鬼塚だけは何処か真剣にも余裕が無さそうにも見える面持ちで神楽坂と熊谷の会話を眺めていた。

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