第十二話 知り察られる
これは、巳越と神楽坂が出会って間もない小学生時代の話だ。
「かぐら〜!」
「?」
下校しようと支度していた神楽坂を上機嫌な様子の巳越が呼び止め、目を輝かせていた。
話を聞くに巳越が祖父と散歩中に破天荒の森を通りがかった時にタヌキを見たらしく、それを一緒に探しに行かないか?と言うことだった。
破天荒の森というのは破天荒町の硬山である破天荒の山の周りの地帯だ。
破天荒の森や山では普段から動物が住んでいるなどの噂は無く、巳越の話を聞いた当時の俺は彼と同じく好奇心で胸を躍らせた。なので、帰りの支度を済ませると二人して家に戻らず連絡も入れず帰り道の途中にある破天荒の森へ直行した。
「タヌキ、どこで見たんだ?」
「どこだったっけ……、入り口の近くだったし、おぼえやすい見た目してたからすぐ見つかると思ったんだけどな……。」
それから数十分が経った頃、いや、正しくは時計など持っていなかったので正確な時間までは覚えていないが1時間程度だったかもしれない。
タヌキを探すという目的で入った筈の破天荒の森だが、いつの間にか森での探検が主旨になったことから、俺たちは見事に森で迷ってしまったのだ。
二人して森の探索に夢中になっていてどっちが悪いなどの話ではない事はお互いに理解していたので、休める場所を見つけて腰を下ろすとただ何も言わずに帰る方法を考えていた。
「かぐら、ごめんな。」
「?何でみこしがあやまるんだ⁇おれは、みこしと森をたんけんするの楽しかったし、今も楽しいから気にしなくていいのに。」
神楽坂は巳越と目を合わせて首を傾げながらそう言うと、それを見た巳越はしょげた顔つきから口角だけ上げた無理な笑顔になると顔を袖で拭った。
そんな時だった。屋根代わりになっていた木々の葉っぱから一滴の雫が巳越の頭に滴り、それが合図だったかのように大粒の雨が降ってきたのは。
「雨だ……!」
「今日の天気よほう、雨だったんだな。」
「雨やどりできる場所探さないと!」
そんなことを言いながら森の中を無我夢中で走っていると、巳越に腕を掴まれていた神楽坂は電灯の点いた家を見つけて足を止めた。巳越は急に止まった彼に驚いていたのも束の間、神楽坂は手を繋ぎ直してその家へと走り出した。
「家があるから、雨やどりさせてもらおう!」
パソコンの椅子からソファに戻ってきた熊谷は問い掛ける。
「で、そこに住んでたのが〝つくもっちゃん〟だったってワケ?」
「(つくもっちゃん……?)そうだな。」
「その人が親戚だって気付いたのは?」
「この家を俺に譲るって話を知らされた時に。多分、初めて会った時、あの人の方は俺が親戚だって気付いてたと思う。」
神楽坂の聞いた限り都雲沢 禎公は忽然とこの家から姿を消し、この家の所有書と便箋が入った封筒だけが置き去りになっていたらしい。便箋の内容を簡潔に説明すると、神楽坂にこの家を譲るといったものだった。
「それにしても可笑しな話しだろ?一度しか会った事がない親戚の子供に家を譲るなんて。」
都雲沢は無差別連続失踪事件が始まる以前に姿を消していたので、この事件とは関わりがないらしいのだが、彼の居場所が気になった熊谷は彼の写真はないかと聞いてきた。
「そう言えば……、撮った覚えがない写真がベッドに飾ってあったな……。」
「え、撮った覚えないのに飾ってんの?」
熊谷は彼の無頓着な様子に引き攣った顔を見せると神楽坂は首を左右に振った後、顎に手を当てながら答えた。
「写真の人が都雲沢 禎公って人に間違いはないんだけど、その写真をいつ撮ったかが何も思い出せなくて……。それと、飾っておきたいって気持ちもあるからな。」
それを聞きながら熊谷はコーヒー(?)を飲み干して立ち上がった。
「ふ〜ん……、まぁ、取り敢えず写真見せて!」
「分かった。あ、その前に鬼塚さんの着替えを用意して来ないと。」
そう言って二人は神楽坂の部屋へ行き、神楽坂が着替えを持っていっている間に熊谷はベッドに腰を掛けながら噂の写真が入った写真立てを眺めていた。薄水色の髪にチェーンの付いた眼鏡を掛けた優しい表情の男性と幼い頃の神楽坂が一緒に写っている写真だ。
「かぐっちゃん、やっぱ今とあんまり変わってないなー。(主に頭の髪が。)」
そんな独り言を呟きながら、熊谷はポータブルナビを操作して彼の居場所を探していた。
「熊谷、……どうだった?」
着替えを置いて戻ってきた神楽坂は部屋に入るなりそう問い掛け、その問い掛けに熊谷は目を僅かに薄めて言葉を発さないまま首を左右に振る。
「……そうか。」
そして、その動作が何を表すか直ぐに理解できた神楽坂は肩を落としてそう呟いた。
暫くして浴室から出てきた鬼塚が神楽坂の部屋へ向かう途中、神楽坂の部屋の方から話し声が聞こえたので入って何気無く声を掛けてみる。
「二人とも、部屋に居たんですね。一階に居るのかと思っていました。」
「うん、かぐっちゃんの部屋で少し調べ物しててね。」
ベッドに腰掛け写真立てを眺めていた二人は鬼塚の声に気付いて顔を向けたが、どこか暗い様子だった。すると、神楽坂はベッドから重たい腰を上げてジャケットと脱ぎネクタイを外すと鬼塚を横切って浴室へ向かう。
「そうだ、好きにテレビを点けて見てもらっても大丈夫ですよ。」
鬼塚とすれ違う時にそう言った神楽坂は普段通りに見えたが、無理に表情を作っているようにも見えた。そして、神楽坂の部屋のドアが閉まったのを確認する為に鬼塚は軽く振り返ると、熊谷に何かあったのかを聞き出すことにした。
熊谷は写真立てを鬼塚に手渡し、元々、神楽坂が住んでいるこの家は彼の隣に写って居る都雲沢 禎公という男性が建てた家で、彼の行方を熊谷の異常で探していたが、彼はもうこの世に居ない人間になってしまっていた事が分かったと話した。
「かぐっちゃんにこの家をあげるって手紙を残したまま、無差別連続失踪事件が始まる前に姿を消したらしくて、アタシの異常で今どこに居るか探してあげようと思ったんだけど……。」
「そういう事だったのか……。」
それから熊谷はベッドから立ち上がると、調べ物をすると言って神楽坂の部屋から出て行った。途中、一階へ下る足音が聞こえたので、きっと神楽坂のノートパソコンを使うつもりなのだろうと察すると、鬼塚はジャケットを掛けているハンガーに脱いだワイシャツとスーツのズボンを掛けながら考え事をしていた。
「(熊谷の話を聞くに、この家の周りは森に囲まれてたって事なんだな……、それよりも、都雲沢って苗字……何処かで……?)」
その頃、浴室にいた神楽坂は湯船に浸かりながら都雲沢と出会った日のことを思い返していた。
巳越の手を引きながら雨宿りをさせてもらうために家へ走り訪ねてみると彼が出てきたこと、濡れたままだと風邪を引くと言われたので風呂を借りたこと、服を暖炉で乾かしている間に雨が止むまで家の中を探検したり何気ない会話をしたりしたこと。雨が止むと再び迷わないように破天荒の森の出口まで送ってもらったことなども鮮明に覚えている。
だが、彼に会ったのはその日が最初であり最後で、会話をしたのも雨が止む間の数時間だけなのだ。
「(やっぱり、何処か引っ掛かるな……。)」
暫くして風呂から上がった神楽坂が浴室を出て自室に戻る途中、バルコニーで喫煙している鬼塚を見掛けた。すると、足音とその視線に気が付いたのか神楽坂がドアノブに手を掛ける直前に彼は振り返った。
「済みません、外の眺めが良くてつい吸ってしまいました。灰は落としておりませんので、心配なさらないで下さい。」
背中越しだったが煙草の火を消す素振りを見せた後ドアを開けながら鬼塚がそう言ってバルコニーから入室すると、二人揃って神楽坂の部屋へ戻った。
「……風呂を借りた上に着替えと寝床まで用意して頂いて、申し訳ないです。」
「いえ、自分で提案した事なのでお気になさらないで下さい。それより、服のサイズが合っていたみたいで良かったです。」
鬼塚の申し訳なさそうな声色に神楽坂は首を横に振ると、鬼塚は何かを思い出したらしく神楽坂に問い掛けた。それは、鬼塚が後藤と通話中に神楽坂が声を掛けてきた事についてだった。
「食事中にお聞きすれば良かったのですが、度忘れしてしまっていました……。何か、用件が有ったのかと思いまして。」
その言葉に神楽坂も思い出したような表情を一瞬だけすると、自室のソファに腰を掛けながら表情を戻してあの時の用件を話し始めた。
「電話の相手が後藤さんだったのは知っていたので、もしかすればと思って……。この事件に協力させてもらえないかを、聞きたかったからなんです。」
「……そう、だったんですか……?」
神楽坂の真剣な面持ちに、彼が『この事件の事をここまで知ってしまったんです。知らない振りもできないし、見過ごす事も出来ません。』と言っていたことが心からの本心でこの事件を止めるという揺るがない決意を持っていることを確信した。
しかし、これは熊谷にも言える事なのだが自分の身に危険が及ぶかも知れない事件に自ら飛び込んでいくことで二人にどのようなことが起こるかへの不安が鬼塚には拭い切れなかった。
鬼塚は神楽坂の隣に同じく腰掛けながらそのことを打ち明けると、神楽坂は目を伏せながら呟いた。
「……少し、昔話をして良いですか?」
その瞬間、鬼塚は身構え、神楽坂は言葉を続けた。
「私が探偵を始めた切っ掛けは、……巳越が騒動を起こした後に失踪した事からなんです。」
これは、神楽坂が巳越の失踪事件当時に後藤に話したことらしい。
「……その頃からずっと探偵を始めようと?」
鬼塚の質問に神楽坂は遠慮がちに頷く。
「私は、巳越や峰枩の異変に気付きながらも無力だった自分が誰よりも許せなかったんです。だから、中学を卒業する時だってあの出来事は片時も忘れる事はありませんでした。巳越や峰枩のような辛い気持ちを抱えた人が出ない為に少しでも誰かの助けに成りたくて……、高校に通学しながら自営業の資格を取る勉強を並行してやっとこの仕事を始める事ができたんです。……今となっては殆ど何でも屋のようなものになっていますけど……。」
神楽坂の話に鬼塚は言葉を失い、居た堪れない様子で見つめている。何とも形容し難い彼の表情に神楽坂は思わず謝罪の言葉を掛けた。
「! ……すみません、長くなってしまっ「……偉いね……、がぐっぢゃ゙ん゙……っ!」……「「‼︎」」
話に夢中になっていると、いつの間にか神楽坂の部屋の出入り口に熊谷が立っていた。驚く二人を他所に神楽坂の昔話を聞いて涙ぐんでいる様子だった。
「熊谷、いつの間に入ってきてたんだ?」
鬼塚の問いに熊谷は頷き、言葉を返す。
「折角お泊まりしてるんだし、個室に一人はつまんないなーって思って。……〝調べ物〟も、一段落ついたしね。」
そうして突然会話に割り込み二人の座っているソファの間に腰を掛ける熊谷に鬼塚は溜息を吐き、神楽坂は困った顔で笑う。
それからは熊谷が勝手にテレビを点けた為、何気なく3人で見ていたのだが少し窮屈に感じたのか、鬼塚はベッドに移動し腰掛けて眺めていた。
「神楽坂さん?熊谷?」
二人の後ろ側からテレビを見ていた鬼塚は、二人が急に静かになったことに気付いて名前を呼ぶ。しかし、反応が無かったので可笑しく思い二人の様子を近付きながら顔を覗かせた。
「「…………。」」
すると、神楽坂はソファに腰掛けたまま寝息を立てており、同じく熊谷も神楽坂の腿に頭を乗せて横たわったまま寝息を立てていた。
「(二人とも、寝てたのか。)」
二人の様子を見て安心した鬼塚は一息吐くとテレビを消して熊谷を担いで空き部屋のベッドへ運ぶ。やはり熊谷は空腹だったのか、運んでいる途中に食事をしているような寝言を呟いていた。そして、神楽坂の部屋に戻るとソファに座ったままの神楽坂を寝やすい体勢にして毛布を掛けると再びベッドへ戻って眠りについた。
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