第十三話 心得られる

 破天荒町は他の町から距離を置かれているということもあって、町といえど殆ど独立しているような場所になっている。そして、そんな破天荒町の場末には破天荒商店街がある。

 そこは町の四分の一程ある少し大きめの商店街で、破天荒町と隣町を行き来できる出入り口にもなっており破天荒町ということを気にしなければ目を奪われる程に様々な店が立ち並んでいるので旅行で来た観光客や地元民にも愛されている。


 だが、ここはやはり破天荒町だ。繁盛している商店街の裏側には、夜になると表情を変える店も少なくはない。

「……お姫様の頼み事(命令)って言っても、不特定多数の人間の記憶を弄るのは骨が折れるわねぇ。」

 一見スタイルも良く胸部も膨らみがあり見た目の印象では女性と見て取れるが、女性にしては低いと感じさせるような声でカウンターの内側に立っている人間が溜息を吐いた。

 ここは破天荒町商店街の片隅にある世間で言うところのスナックバーで、この店の店主である暮坂 実希の背後には酒瓶が陳列された棚やドリンクサーバーが備え付けられており内装も極めて普通だ。ただし、店主の人柄を除いては。そして、実希の立つの向かいのカウンターには浮網と黒臣が座っており、浮網は無言で何も手を付けず黒臣は静かに酒を嗜んでいた。

 因みに今は営業時間外の早朝6時。冬の真っ只中なので外もまだ太陽が陰っており店の外灯も消している為、辺りの道も暗く人通りが殆どない。


「この悲劇は彼女と我が望んでいることだと、黒臣は言っていた。」

 グラスに入った氷が溶け始め音を立ててから暫くの静寂の後、無表情のままの浮網がそう呟いた。

「浮網の願いを聞いた愚生から見ると、彼女は図らずとも主の願いを叶えているようにも見える。それ故、同じ結末を望んでいるものだと仮定しただけだ。」

 黒臣も同じく無表情のまま、そう答えた。そして、店内は再び静まり返った。

 そんな退屈な空気に耐えられなくなったのか、実希は黒臣の呑んでいるものと同じ酒が入ったグラスを琉神に差し出した。〔※未成年への飲酒を勧めるのは違法です、絶対に真似しないで下さい!by.作者〕

「やっくろもお酒呑んでるんだし、ふあみるも一杯ぐらい呑んだらどうかしら?」

 実希の言う〈やっくろ〉や〈ふあみる〉は、二人の名前〈藥士院 黒臣〉と〈浮網 琉神〉を省略して勝手に作った渾名だ。因みに、彼らは他人の呼び方などに興味が無い為、この呼ばれ方を全く気にしていない様子である。

 彼女(?)から差し出されたグラスを暫く見つめていた琉神は、やっと口をつけ始め、その様子を見ていた実希は彼に問い掛けた。

「あのままの姿じゃいられなくなったのは知ってるけど……何でまた、そんな小さい子の器を選んだの?」

 そう問われた琉神はグラスから口を離し、グラスに入った氷を眺めながら答えた。

「器を選り好みするほど、選んでいられる状況では無かったからだ。」

 彼がそう言うと、実希は目を細めながら頬杖を付いた。

「えー、その話はウチが聞いたことない話ね。」

 そして、視線を黒臣に移した。

「やっくろは知ってるの?」

「愚生は浮網と出会った時に聞いている。」

「ふーん……。じゃあ、お姫様は知ってるの?」

「彼女と出会った時に話した。」

 琉神は頷きながら答えるとグラスに入った酒を一気に飲み干した。すると、突然重たくなってきた瞼に抵抗するように片目を擦るといった見掛けに寄る愛らしい行動を取り、ゆっくりと首を下ろし俯いている。

 その様子に実希は子供をあやすように態とらしく問い掛ける。

「あらぁ、おねむ?❤︎」

 だが、先程まで眠気に襲われていた彼は突然に胸を押さえ始め、机に伏せたのだ。

「……ぅ……っ…………。」

 様子が可笑しいことに気付いた黒臣は浮網の体を抱えてソファに座らせると、実希は水の入ったコップを彼の口に運ばせる。

「中身はウチたちよりも遥かに年上で、ちゃあんとお酒が呑めるのに。やっぱり体がお子ちゃまだから具合悪くなっちゃうのかしらねぇ。」

 実希からコップを受け取り中身を一気に空にした彼はソファに力無く倒れると小さい体を丸め始めた。

「あらあら、酔ったまま寝ると体に毒よ?」

 実希の喚起も聞こえていないようで、ソファに横たわった琉神は既に寝息を立てていた。その彼の苦しげな寝顔を見つめながら、二人は言葉を交わす。

「アレ、自棄酒だったのかしらね。」

「どうだろうな。」


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 誰も気が付かないようなビルの隙間、そんな場所で小さく弱った命が終わりを迎えようとした時だった。

[要らぬ気配を感じて来てみれば、こんな町にこんな者が居たとはな。]

「…………、?」

 全身の力が抜け勝手に落ちてくる瞼に抵抗するように、声を掛けられたような気がした少年は伸び切った髪の毛を分けながら僅かに瞼を開けて目を凝らした。

「てん………し、……さん?」

[寝惚けているのか。我をどう見たらそう判断できる。]

「だって、ボクを……見つけてくれたから。」

 冷たく遇らう声に、少年は力が抜け切った笑顔を見せて言った。そして、その少年の希望を打ち砕くように冷たい声の〝何か〟が言い放つ。

[我はこの町に存在する鬼神だ。天使は下界なんぞに、増してや、この町に降りて来る筈も来させるつもりも無い。生憎、貴様を見つけたのは食料を嗅ぎつけたに過ぎん。]

「何言ってるのさ……、病気になってるこんな身体じゃ、お腹いっぱいにならないし、病気が移るかもしれないだけだよ?」

[人間を蝕む病如きで、我々は死なん。いずれ貴様が死ぬのなら、我は活きの良い内に食すのを選ぶ。]

「……そう、か。……天使さんの体が透けてるのって……。」

[……………。]

「ボクたちは、お互いに危ない状態なん……だ、ね。」

[危険な状態なのは貴様だけだ。]

「ね……ねぇ、……天使さん。もし良かったら、ボクのカラダを……使ってくれない、かな?」

[面白いことを言う。第一、我は天使とは程遠いと説明した筈だ。]

 鬼神の呆れたような口振りに、少年は弱った身体を前のめりにさせ縋るような煌びやかな眼差しをしながら力を振り絞って声を発した。

「だって、天使って真っ白で鳥みたいな翼を持ってるんでしょ?ボクが絵本を読んで知ってる限りでは、いま目の前に居るキミはボクを迎えに来てくれた天使さんに違いないんだよ。」

[幾ら違うと言っても、貴様は聞く耳を持たないのだな。]

「えへへ、……最期くらいは、……夢を……見て、い……たい、か…………、ら……。」

 そう言い残し、少年は瞼を閉じて微動だにしなかった。

[事切れたか。]

 それを合図に段々と薄れていく自身の身体に、自分も長くは無いのだろうと鬼神は朧げに気付き始めていた。

[死んでいるのなら、痛みは無いだろう。]

 鬼神は生き絶えている少年に声を掛け、〝あの日〟と同じように死体に寄生し肉体を蘇らせることでこの町に留まることを選んだのだった。


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 鬼塚は薄く目を開け、見覚えのない景色を見て一瞬だけ考えていたが神楽坂の家に泊まっていたことを思い出してベッドから起き上がる。

「(今、何時だ……?)」

 据え置きのデジタル時計がベッドの棚にあったので現在時刻を確認すると、7時18分を示していた。

 神楽坂を寝かせた時は足がソファからはみ出していたのだが、今の鬼塚の目線からではそれが見えなかったのでもう起きているのだと思い、確認の為に立ち上がってソファの正面に回り込んだ。

「……?」

 そこには、ソファの傍らに置いてあったタヌキの大きめなぬいぐるみを大事そうに抱いたまま蹲っている神楽坂が居た。

「カレー……、おぃしぃ……。」

 などのふわふわとした寝言を繰り返していて恐らくまだ眠っている様子だったので、彼を起こさないよう静かに部屋を出た鬼塚は脱衣室の洗面台を借りに行く。

「(ベッドを借りたのはやはり悪かったな……。)」

 鬼塚は神楽坂に少し申し訳ない気持ちで頭を掻きながら足を運んでいた。


「ん……、いつの間にか寝てたのか……。(……それより、毛布なんて掛けてたかな……?)」

 その数分後、目を覚ました神楽坂は上体を起こして頭の中を整理させると、恐らく鬼塚が掛けてくれたのだと気付き毛布を畳んでソファの引き出しに直すと洗面台へ向かった。

 すると、丁度良く脱衣室から鬼塚が出て来た所に神楽坂は鉢合わせた。

「あ、鬼塚さん。おはようございます。」

 声を掛けられた鬼塚は神楽坂に気が付き目線を向ける。

「お早う御座います。……そうだ、昨夜は無断でベッドを借りてしまい申し訳御座いませんでした。」

 神楽坂に挨拶を返した鬼塚はそう言って軽く頭を下げると、神楽坂は首を左右に振った。

「ソファで寝てしまってたのは私の方ですから、気になさらないで下さい。それより、毛布を掛けて下さってたみたいで、ありがとうございます。」

 礼をされると思っていなかった鬼塚は驚いた様子で神楽坂を見ていたが、にこやかな彼に微笑み返した。そして、バルコニーで煙草を吸うと言って煙草を取りに神楽坂の部屋へ一旦戻り、神楽坂は後でコーヒーを淹れると言って脱衣室へと入った。


 数分後、洗面所から出てきた神楽坂はバルコニーから姿を消していることに気が付き、一階に降りているのだと思い足を運んだ。そこには、予想通り接待用のソファに座っている鬼塚の姿があったのだが、熊谷の姿は見え無かった。

「熊谷は……、まだ起きてないみたいですね。」

 すると、鬼塚は神楽坂がコーヒーを淹れている間に起こして来ると言って再び二階へ上がった。

「熊谷、まだ寝てるのか?」

 空き部屋のドアをノックし呼び掛けたのだが反応が無かったのでドアを開け、ベッドの方へと近付く。そこには掛け布団の中に体を入れ込んだ丸い物体が寝転がっていた。

「……熊谷?」

 体の部位が判断できず迂闊に女性の体に触れる訳にはいかないと判断した鬼塚は呼び掛けを続けたが、一向に反応を見せる気配がなかった。

「………………。」

 5分後、痺れを切らした鬼塚は体に触れずに熊谷を起こす作戦を思いついた。それは、熊谷の潜り込んでいる掛け布団を引っぺがす作戦だ。

 殆ど初対面の人間を手荒に起こすことはしたくなかったが、一階で神楽坂を待たせている可能性があったので強行せざるを得ないと判断し、掛け布団を掴んで持ち上げた。

「良い加減に……、起きろ‼︎」

「ぅおわぁっ⁉︎」


 鬼塚が熊谷を起こしに行って10分が経過した頃だろうか、二人がやっと一階へ降りてきた。

「かぐっちゃん、おはよぉー。」

「おはよう、熊谷。」

「すみません、遅くなって。あ、起こしに行った序でに着替えも済ませてきました。(着替える時間よりも、熊谷を起こしてた時間の方が長かったが……。)」

 すると熊谷は何かの匂いを嗅ぐような動作をして接待用のテーブルにトーストとコーヒーの入った大きめのティーカップが置かれていることに気が付いた。どうやら、二人が二階に居る間に神楽坂は朝御飯を作っていたらしい。

「これ、食べて良いの?」

「あぁ。朝ご飯は食べた方が良いと思ったから用意してみたんだけど……、簡単なものしか作れなかったな。」

 神楽坂の言葉に熊谷は首を横に振ると大人しくソファに座って手を合わせ、隣に置かれていたコーヒーにミルクと砂糖を大量に入れた後トーストにマーガリンをたっぷり塗って齧り付いた。

 鬼塚は熊谷の悪びれないその姿に呆れ気味に溜息を吐き、神楽坂は尋常ではない量を見て思わず声を漏らした。

「……体、壊しそうだな……。」

「?……なんの話⁇」

 言葉の意図を理解していない熊谷に微笑みながら何でもないと言うような顔をした神楽坂は鬼塚に顔を向けた。

「鬼塚さんも、どうぞ食べられて下さい。」

「神楽坂さんは食べられたんですか?」

「はい、鬼塚さんが二階に行ってる間に先に済ませました。」

 そう言って神楽坂はソファから立ち上がると、二人が食べている間に着替えてくると言って入れ替わるように二階へ上がっていった。

「そうだ。10時には出発する予定なので、よろしくお願いします。」

「分かりました。」「ふぁふぁっふぁー。(訳:分かったー。)」

「……熊谷、喋るならせめてパンから口を離してから話せ。」

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