第二十話 馴れ染められる
神楽坂が悟と接触し救急搬送されたことで破天荒町立病院に集まった後藤、鬼塚、熊谷の3人は神楽坂の容態を物部から説明された後、後藤の車の中に集まり聴き取りを行っていた。
鬼塚が破天荒の塔の展望台の怪死・失踪事件についての事情聴取を神楽坂に行っていた時、熊谷と言う女性が突然に乱入してきたと報告だけを受けていた後藤は彼女と初めて対面したからだ。
「そうだな……まず、熊谷くんが無差別連続失踪事件に関わろうとしたのは、どうしてなんだい?」
運転席に座っている後藤が、後部座席に座る熊谷に顔を向け問い掛ける。
「オニちゃんから報告受けてるだろうし理由を全部言うとキリが無いから簡単に言うけど。アタシもこの事件の犯人を追ってみたくなった、それだけ……!————です……。」
後藤の質問に対して敬語も使わず飄々と答えている熊谷に、助手席に座っていた鬼塚が左手で拳を握り今にも鉄拳が飛び出しそうになっている。そんな様子に既の所で気がついた熊谷は不味いと思い、取って付けた敬語で言い終える。
「確かに、鬼塚くんから貴女に付いての詳しい報告は貰っているよ。ただ、熊谷くんという人がどんな人なのかは、実際に会ってみないと判らなかったからね。」
「実際に会ってみても、熊谷から本人について何かを得られるということは無い気も致しますが……。」
「え、それどーいうことー?」
目を薄めて熊谷を見つめる鬼塚に熊谷は目を丸くして、後藤は困った顔で笑顔を作る。そして顔を戻すと改まった様子で話す。
「この事件に関わることが危険だと承知の上で貴女は神楽坂くんと鬼塚くんに協力を仰いだんだろう?だから、私も熊谷くんなりの覚悟を察して君たちに捜査を託してみようと考えたんだ。どんな理由であれ、無差別連続失踪事件を止めたい気持ちがあると信じてね。」
「……ごとっちゃん……。」
「(ご、ごとっちゃん……?)」「(こいつ……。)」
困惑する後藤と引き攣った表情の鬼塚を他所に熊谷は続ける。
「鬼刑事の上司だし……どんなお堅いヒトなのかなって不安だったけど、何か話の解りそうなヒトで安心した。ありがとね。」
「おい、俺の上司だから話が解らなさそうってどう言うことだ⁈」
「っちょ、暴力反対!ごとっちゃんの車で暴れちゃダメでしょ、この鬼刑事‼︎」
「ぐ……。」
そうやって熊谷の事情を説明したり会話を通したりしてどことなく馴染んだ3人は、その後に解散することになったのでそれぞれに帰路についており、後藤は巳越の実家へ赴いた鬼塚たちの報告を聞いたのち他に捜査している事件の調査をするため再び警察署に戻った。
しかしその数分後、熊谷を自宅に送り届け帰っている途中の鬼塚は病院で顔を合わせた医師、物部に呼び出され再び破天荒町立病院へ戻ってきていた。
「何だか大きい事件の捜査をしてるみたいだね、鬼塚さん。」
病院の施設外にある小さな喫煙所で煙管を咥えている物部と対峙していた鬼塚はスーツの内ポケットから煙草とライターを取り出し、煙草を咥えながら着火し吸い込むと溜息を吐くように煙を吐き出して返答する。
「……医者になったことは小耳に挟んでたんだが、選りに選って破天荒町に来てたなんてな。」
神楽坂の病室で対面した時は互いは言葉に出していなかったが、鬼塚が反応していた通り二人は初対面では無かった。
物部 小説。彼は鬼塚の祖父の姉の孫、つまりは再従兄弟(はとこ)にあたる人物で、鬼塚の三つ下で年も近いことから幼少時代はよく遊んでいたような間柄だったのだ。だが、互いに明確な目標を見つけてからは個人のことに専念するようになり連絡を取り合っていなかったので直接会うのは十数年振りにもなる。
その十数年振りの再会を嬉しくなさそうな様子で煙草を吹かしている鬼塚に、物部は満面の笑みで返した。
「私は好き好んでここ(破天荒町)に来たんだよ。ほら、異常者はこの町にしか居ないし、現地に来れば異常者のことがもっと知れると思ったので。」
彼が鬼塚の再従兄弟にあたるのは間違い無いのだが、彼は異常を持ち合わせていない非異常者だ。なぜかというと、彼は物部家に来た養子だからだ。
父親も誰か分からない状態で平凡町で彼を産んだ母親はそのまま息を引き取り、物部は生まれてすぐに孤児になった。そして、どういう運命か子供を授かれなかった物部家の今の両親と巡り合い養子となったらしい。名前の由来も〝小説のような出会いをしたから〟だそうだ。
「お前は、異常が欲しいと思ったこと有るか?」
「?どうしたんだい急に。」
鬼塚の急な問いに物部は鬼塚を見て少々驚いた顔をしていた。恐らく、今まであまり見せないような眉を潜めた情けない顔をしていたからだろう。
事件の詳細を全て話す訳にはいかなかったが、この無差別連続失踪事件の犯人が元非異常者で何らかの手段で異常を手に入れ次々に異常者を狙っていることを説明した。そして、その犯人が異常者を恨んでいるかもしれないということを。
「……なるほどね。」
物部は煙管から口を離しながら、そう言って軽く息を吐いた。すると、鬼塚の表情とは反対に目を細めて首を左右に振って答えた。
「私は異常者自身とその人が持つ異常に興味はあるけど、私自身が異常を持ちたいとは思ったことが無いですね。」
「……お前、神楽坂さんに変なことして無いだろうな?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。どんな異常を持っているのか知りたくて目を診ただけですから。」
物部の返答に鬼塚は一瞬だけ眉間に皺を寄せ、疑うような目で見つめる。しかし、鬼塚自身も神楽坂がどのような異常を持っているか知らなかったので思わず口にしてしまった。
「神楽坂さんの異常って、どういうものなんだ?」
鬼塚がなぜこの話題に食いついてしまったのかというと、公務員ではない一般の人間の異常者は親族以外に自分がどのような異常を持っているかを打ち明ける義務がないからだった。
まず、街行く人が異常を持っているかどうかを見分けるにはその人間の虹彩を見れば判断ができ、色彩によって異常の効果が違っている。どのように違うのかというと、鬼塚で言う樺色の、すなわち茶系の色をした異常は戦闘に特化したもので、鬼塚は〝距離や周囲の状態に関係なく照準を合わせた場所に向かって確実に的を当てることが出来る〟といった異常を持っている。本人曰く得物が変わってもそこまで威力と能力に変動がないらしい。だがやはり視力と体力が大事なようで、瞬時に照準を合わせられる動体視力を持っていないと成立せず、遠くなれば遠くなる程に体力の消耗が激しくなるという。
熊谷は以前も説明したように〝探す人間の名前と顔が分かれば対象の現在地を特定できる〟と言う異常で、熊谷で言う薄黄緑色の、すなわち緑系の色をした異常は捜索に特化している。
また、異常者は生まれた時の異常の色彩によってどのような種類の異常を持っているかは判断ができるが、その異常者が異常を発現させるのかは状況次第だったりするので検査でもしない限り明確な能力は本人にしか判断できない。といっても、鬼塚のような公務員は就任する前に自らが申告をしたあと多くの検査もするので職場には絶対に嘘が吐けないようになっている。
神楽坂の異常についての話題に耳を傾けたことを意外に思いながら、物部は答える。
「私は神楽坂さんと実際に会話をしたことが無いから予測になってしまうけど、黄系統の色をしているってことは〝他者がいて成り立つ異常〟だろうね。」
「流石の異常好きのお前でも分からないこともあるんだな。」
「色を見ただけでどういうことに特化した異常なのか予測できるようにはなったけど、異常の内容を特定するには会話を通してでしか出来なくてね……一目見ただけで見分けられるようになるにはまだまだ経験と患者が足りないかな。」
「これだけは言っておくが、自ら患者を増やすようなことはするなよ?」
鬼塚の釘を刺すような言葉に物部は「まさか。」と言って微笑み、鬼塚は改まるように続けた。
「なぁ、物部。異常者の虹彩を非異常者に移植すれば、非異常者は異常を使うことが可能になると思うか?」
「さっき説明してくれた無差別連続失踪事件を起こしている犯人のことだね。……虹彩の移植、か。簡単な手術でもないし視力の回復も患者次第になるけど、移植する側の人間と移植される人間の適応基準が合っていて拒絶反応もなければ異常を使用することはできるかもしれないね。」
「そう、か……。(と言うことは、峰松 悟が双子の兄である峰枩 悟の異常を持っていることの説明がつくかもしれないのか……。)」
「私自身、そう言った施術ができる方が居るのなら是非に会ってみたいですね。」
「お、お前……。」
本意で言っているのか定かではない様子の物部に鬼塚は苦笑いをし、物部はそれを他所に胸を張った。
「取り敢えず、神楽坂さんが起きるまでは主治医の私に任せておいて下さい。」
「あぁ。俺も、神楽坂さんが目覚めるまでは俺なりに捜査を続けてみる。(物部に任せるのには少々不安がある気がするが……。)」
そう言いながら喫煙所のドアを開けて軽く振り返ると、物部は手を振りながら見送っていた。そして、二人は目を合わせ「それじゃあな。」「それじゃあね。」と挨拶を交わし、解散した。
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