第十話 依り託される

「後藤さん、暫く応答できず申し訳御座いません……!」

 熊谷が乱入してきてから話が落ち着くまで4時間程が経っており、後藤の不在着信に気付いた鬼塚は玄関から飛び出し事務所の前で通話をしていた。

 その頃、後藤は破天荒警察署の屋上へ夜風を当たりに来ていた。鬼塚の焦りながらの謝罪に顔を思い浮かべて微笑みながらスーツの内ポケットからライターを取り出し咥えていた煙草に火を点けると、息を深く吸い込み肺に入れた煙を吐き出しながら答えた。

『こちらは問題なかったから鬼塚くんが自省する必要は無いよ。……きっと聴取が難航していたんだろう?』

「……は、はい。少々トラブルが……。」

 そうして、今日の事情聴取中に起きた全てを後藤へと報告した。その間の後藤は話を疑わずに、ただ黙ってその報告を聞いていた。

『…………成る程。今日、違う部署の人間に無差別連続事件の被害者名簿が何者かに漏れたかもしれないと聞いたんだが、その熊谷 光という女性が神楽坂くんのパソコンで……。』

 携帯電話越しに聞こえる後藤の声は深く納得しているように伺えた。

「心当たりがあったのですか?」

『いや、逆探知で神楽坂くんの事務所を特定したんだが、彼の機械音痴は私も知っているから不審に思っていたんだよ。』

「!……そうでしたか。(機械音痴、初耳だったな……。)」

『そう言えば、明日は巳越 裕木くんの実家に伺うと言っていたね。』

「はい。失踪者たちの生死の確認が取れたので、先ずは最初に被害に遭われた彼の遺族に報告しようと考えまして。」

『確かに、一家で被害にあっているところが殆どだが、残された遺族が居る家庭には……「鬼塚さん。」……。』

 声を掛けられたことに気が付き振り向くと、そこには神楽坂が玄関の前に立っていた。そして、何者かの声に反応した後藤は、鬼塚に問い掛けた。

『そこに誰か来たのかい?』

「神楽坂さんです。明日、巳越さんのお宅に揃って伺うのでこのまま泊めて頂けることになりまして。」

『そうだったんだね。……そうだ、少し神楽坂くんに代わって貰っても良いかい?』

「?……はい。」

 後藤にそう指示された鬼塚は神楽坂に自身の携帯電話を差し出して、後藤から代わるように言われたことを説明した。

 少々驚いた様子で鬼塚から携帯電話を受け取り耳に当てると、神楽坂は暫く無言のまま後藤の話を聞いており、少しの相槌を打った後に携帯電話の音量を上げた。

『……鬼塚くん。この無差別連続失踪事件、正式に君たち3人に任せても良いだろうか?』

 煙草の煙が横に流されるほどに吹いていた風だったが、後藤が真剣な様子でそう問うと途端に吹き止んだ。

 予期せず発せられた言葉に鬼塚は動揺しながら、携帯電話越しで見えない後藤の顔色を伺うように声を漏らした。

「け、警部……?」

『いや、突然済まない。鬼塚くんの報告を聞いていたら、ふと、ね。一般の人を巻き込んではいけないと第一に考えていた筈なのに、我ながら可笑しな話だよ。』

 後藤が自嘲気味に言うと神楽坂は黙り込んでおり、二人は息を呑む。


 暫くすると、神楽坂は真摯な面持ちで後藤に答えを返した。

「……私に、その依頼を受けさせて下さい。」

『!……神楽坂くん、この事件を依頼として受けてくれるのかい?』

 後藤の驚く声を聞いた神楽坂は目を伏せると、頷いて言葉を続けた。

「この事件の事をここまで知ってしまったんです。知らない振りもできないし、見過ごす事も出来ません。」

「……神楽坂くん……。」


 そうして数分間に渡り通話していた3人は切断すると、鬼塚と神楽坂は事務所へ戻って行った。

「おかえり〜。」

 後藤との通話が終わり再び事務所に入室した二人に気付いた熊谷は、来客用のソファに寝転がっていた体を起こして軽く伸びをした。

「え?あ、あぁ。ただいま。」「(神楽坂さんの家なのに、遠慮も無く寛いでるな……。)」

「二人してどこ行ってたの?」

 熊谷の問いに二人は顔を見合わせ机を挟んだ向かいのソファに座ると、神楽坂は口を開いた。

「この集団失踪事件、正式に後藤さんから俺への依頼として受けることになったんだ。」

「後藤さんって誰?」

 聞き覚えの無い名前に熊谷が首を傾げると、鬼塚は後藤が自分の上司であることと、その人から不在着信に気付いて事務所を飛び出しその通話中に神楽坂が居合わせた時に「この集団失踪事件を正式に君たち3人に任せても良いだろうか?」と話を受け、神楽坂が依頼として承諾した事を噛み砕きながら説明した。

「つまり……?何か勝手に、かぐっちゃんとこの〝鬼刑事〟と組まされたってこと⁇」

 神楽坂と鬼塚を見て順に指差しする熊谷の〝鬼刑事〟という単語に反応した鬼塚は透かさず訂正を加える。

「俺は〝鬼刑事〟じゃない、〝鬼塚〟だ!……と言うか、先に協力を強制してきたのは熊谷だろう⁈」

 熊谷を睨む鬼塚を宥めながら、神楽坂は熊谷に質問を投げ掛けた。

「熊谷は、こうなる事を分かってたのか?」

 熊谷は目を開き、首を左右に振りながら答える。

「んや。まさか、かぐっちゃんの事務所にケーサツが居るとか知らなかったからさ。なんて言うか……、成り行き?」

 そして、神楽坂の事務所に来るまでの経緯を、自分が裏稼業でハッカーをしている事を打ち明けながら説明した。

 破天荒の塔の展望台の事件記事を見つけ、それを眺めながら調べる為に監視カメラをハッキングしていると事故現場と犯人らしき人物を見掛けたので、その人物を探していたが何処にも姿が無いと匙を投げ掛けたところ、神楽坂と会っている時だけ姿を出していたので悟の正体を知っているであろう神楽坂の所に行けば何かが分かるだろうと訪れた事を。

 その間の神楽坂は少々驚いた様子で熊谷の話を黙って聞いており、熊谷がこの事務所にやって来た理由を理解した鬼塚は一つの疑問を覚え、問い掛ける。

「そもそも、熊谷は何で犯人を追おうとしてたんだ?」

「それは……〝面白そう〟だった、から……?」

「!……〝面白そう〟……、だと?」

 無謀で無責任な熊谷の言葉を聞き、展望台での悲惨な現場を目撃していた鬼塚は熊谷の感性を信じられないと言うような目で眼光鋭く睨みつけた。

 瞬間、熊谷は両手を振って訂正する。

「ごめんごめん、誤解招くこと言った!アタシが言った〝面白そう〟ってのは、そんなサイコパス的な発想じゃないからっ‼︎」

 焦る熊谷に神楽坂は問い掛ける。

「……じゃあ、どういう発想なんだ?」

「こ、この事件の犯人を……、止めてやろうと思って。」

「正気か⁈」「!……正気なのか?」

 熊谷の予期しない発言に二人は目を丸くし、熊谷は呆れたように目を薄めた。

「ほら、アタシの異常のこと話したでしょ?顔と名前さえ分かれば、この犯人の居場所がは分かっちゃうんだよ。」

「それは知っているけど、居場所を知ってどうするつもりなんだ?」

 神楽坂の問いに熊谷は胸を張って答える。

「そこで、かぐっちゃんとおにちゃんの出番だよ。ほら、協力するって言ったでしょ?」

「俺は言ったんじゃ無くて、言わされたんだけどな。」

 熊谷を半目で見ている鬼塚が言うと、熊谷も同じ顔で睨んだ後、神楽坂に問い掛けた。

「でも、かぐっちゃんはケーサツからの依頼としてこの事件を受けちゃってるんでしょ?」

「そうなるな。」

「アタシの協力もしながら、ケーサツにも協力するってカンジ?」

 熊谷の言葉に神楽坂は頷くと、探偵をしていればいつの日か巳越の目撃情報が舞い込んでくると心の片隅で信じ続けていた事を打ち明け、巳越が亡くなっていると知った今では犯人を止める事と事件を終わらせる事に出来る限り協力しようと決心したのだと、迷いのない顔で説明した。

「これ以上、被害者を出さない為にも……。俺に出来る事なら尽力したい。」

 神楽坂の凛とした表情を見た二人は暫く目を見張ると、神楽坂は恥じらうように口を左手で覆い隠した。

 彼自身、普段から胸中を曝け出して語る人間ではなかったので自分でも驚いている様子なのだろう。

「そ、そうだ。二人は今日ここに初めて泊まるので、部屋の案内だけしますね。」

 ソファから立ち上がった神楽坂は階段に向かいながら照れ隠しをするように二人に背を向け、向き直ると家の案内をし始めた。


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 鬼塚が電話をすると言って外に出て行き、暫くして神楽坂が追って出て行った後のこと。

 部屋から人が出払い話す相手も居らず急に暇になったので、座っていた接客用のソファにそのまま寝転がることにした熊谷が不意に机の上に目を遣った。

「なにこれ、……卒業アルバム?」

 そう。これは、破天荒の塔の事件での事情聴取に併せて峰枩の話も行おうとしていた神楽坂が彼の顔を見せる為に置いていた中学時代の卒業アルバムだった。

 することが無く暇だった熊谷は特に意味も無くそれを手に取りパラパラと眺め、クラスの個人写真のページを開く。

「うわ、かぐっちゃん変わってない‼︎」

 そんな事を言いながらまた他のページを眺めていると、所々に藍色の髪をした顔色の悪そうな小顔な青年が写り込んでいる写真が幾つかあった。

「あ、この髪色もしかして……、これが峰枩 悟?」

 破天荒の塔の展望台の監視カメラをハッキングした時に僅かに見えた藍色の髪。それに見覚えが有り、峰松 悟が成り代わっていたと言うこの青年が兄の峰枩 悟なのだと気付いた熊谷は確認の為にポータブルナビを取り出して彼の居場所を探ることにした。

「…………やっぱり本人はこの世に居ない、かぁ。」

 結果、アルバムに写っている峰枩 悟は何処にも居らず探すことが出来ず、熊谷はポータブルナビを仕舞い、神楽坂の卒業アルバムを閉じると再びソファに寝転がることにした。

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