第30話 アトリエ

「パレット 銀。」

舎人がその言葉を発すると、画面右手にパレットが表れ、銀系の色が24色選択可能になる。舎人は今描いている白竜の鱗の部分を凝視した後、パレットの銀系の色を吟味して、

「決定、銀13」

と音声入力をする。タッチペンを操作してしばらく竜の背の部分に紋様を描き足した後、再び、

「決定、ペン先0.8」

と音声を発して、今度は鱗の細かい部分を描いていく。


この音声アシスト付きのイラスト作成アプリを使えるようになってから、正直、舎人のイラスト製作速度は、相当上向いた。わざわざ手元で操作しなくても、口でしゃべるだけで、画面上にパレットやスクリーントーンなどを呼び出せ、取り消しや消しゴム機能も思いのままに使用できる。少々値が張るアプリではあったが、舎人が、

「あのアプリがあれば、もっと早く完成できるのになあ。」

とぼやいているのを耳にした阿久津さんが、ポンと気前よく提供してくれたのだ。


阿久津さんのため!

舎人が絵を描くモチベーションの大きな要素を占めるその人物とは、とあるSNSでの出会いがきっかけだった。


「君は! 本当に高校生なのかい?」

「ええ。そんなプロだなんて、お世辞は…。」

「いや、本当にビックリしたんだ。ここまで精細なイラスト、私は間違いなくそれ専業の人だと思ってアプローチしたんだが…。とにかく私は君の絵が気に入った。どうだい? わたしの会社の為に絵を描いてみないか?」

「仕事ということなんですね?」

「そうだ。絵と版権を買い取りたいということだ。」

「版権?」

「ああ、聞きなれない言葉だったかな? つまり、君の描いた絵をわたしの会社のアプリ、スマートフォンの壁紙を変えるアプリなんだが、その壁紙のラインナップの中に君の絵を加えたい。」

舎人は、想像してみた。今でもTONERYという名で投稿している某イラストサイトでは、そこそこの推しユーザーも付いてくれていて、それを嬉しく感じている。ただ、どうしても、イラストが好きな者同士の仲間内の馴れ合い的な部分がないとはいえない。もし、壁紙として多くの人の目に触れる機会ができたら…。自分の絵は、一般の人の目にどう写るのだろう? 全く評価されないことを考えると、それは怖いことでもあり、逆に真の実力というものを知るきっかけになるような気もする…。

考え事をしていたので、阿久津の次の書き込みを見るのが遅れてしまった。そこには版権込みでの、舎人の絵の買取価格が提示されていた。

「!?」

自分の絵に、ここまで価値があるんだろうか?思わず、

「こんなに高い値段で買っていただけるんですか?」

「そうだ。さっきも言ったように、私は君の絵が気に入ったんだ。」

「その…、契約とかあまり詳しくなくて…。」

「年間の売上が●▼万までは気にしなくていい。それを越える場合は、ご両親に相談した方がいいだろう。税金がかかることになる。」

「さすがに●▼万は…。」

「分からんぞ、君には才能がある。」

「そう言ってくれるのは、すごく嬉しいです。」

「ただ、最初の契約は5点、その後継続して私が買うかどうかは、壁紙の人気による。人気はダウンロード数で決まる。ある意味実力勝負となる。だが、わが社のアプリユーザーはもう既に6桁後半で、7桁に届く勢いだ。多くの目に触れることになるのは間違いない。私は信じている。君の絵はきっと人気が出る。」


こうして、舎人兼人は、光プランニングとイラストの版権契約を取り交わした。これは、今から一年ほど前の話である。阿久津が言ったように、舎人の壁紙は人気を博し、一定のダウンロード数を維持し、その後も契約は続いていた。

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カオネナ2 ~髪を洗って、乾かしな♥️~ 彩 としはる @Doubt_Corporation

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