第15話 ムガ塾
「ムガ~、雷二郎、いる~?」
玄関の扉を開けて声を掛けたが、反応は無し。二階から賑やかな笑い声やギターの音が聞こえる。会話に夢中で、自分の声が二階に聞こえてないなと思った京香は、一旦ドアを出て、インターホンを鳴らす。が、無反応。何回か試すが、
「駄目か…。」
そう呟くと、仕方無く、二階に届くよう大声を張り上げるために息を大きく吸い込んだ。この家のチャイムは、かつて執拗な借金の取り立てがあり、雷二郎が一度、配線を切って鳴らないようにしたことがあった。その後、修理をしたのだが、どうも調子が悪く、鳴らない日の方が多かった。まあ、たまに鳴ることもあったが、最近は京香もほとんど使用していなかった。
「ム、ん?」
住人の名前を叫び掛けた京香は、玄関に二つ並ぶ明らかに女子のものと思われる二つの靴が気になった。そこで、おざなりに、
「おじゃましま~す。」
と言って玄関から上がると、二階の階段を上りはじめる。二階の賑やかな様子から、間違いなく女子がいるらしい。雷二郎の審査を通ってムガに彼女が出来たという話は聞いていなかったので、おそらく…と検討をつけながら、ムガの部屋のドアを開ける。
「お邪魔しま~す。何やってんのムガ? なっ!!!」
京香の目に飛び込んできたのは、ある程度予想していた双子の姉妹であったが、問題はそこではなく、部屋にいる三人の顔と衣装であった。どこから引っ張り出してきたのか、あちこちが破れているぼろぼろの衣装、そして顔には…。何より、ムガだけではなく、3人とも肩からギターを下げている…。
―――― 数日前
「ねえ、ムガくん。ちょっといいかな?」
雷二郎が席を外したタイミングを見計らって、寿々葉が声を掛ける。雷二郎がいたとしても、特に問題はないのだが、何だか恥ずかしい気がしたのだ。
「ん? 何、寿々葉ちゃん。」
「実は私たち、ギターを始めようかと思うんだ。それで、もしよかったら、私たちにギターを教えてくれないかな?」
「いいよ~。」
あまりにあっさりオーケーの返事が出たので、逆に不安になった寿々葉は、
「あの、ムガくんが忙しくないときで、いいから。」
「わかった~。」
「あと、これから楽器買うんだけど、もしアドバイスがあれば…。」
「弦が6本付いてるやつ~。」
寿々葉は、6本以外のギターなんてあるのかな?と思いながら、
「でも、あのメーカーとか…。」
「メーカー?」
「そう。ギターを作った会社。ムガくんのギターはどこのメーカーかな?」
「知らな~い。」
「…。」
占いの結果に出たラッキーアイテムの楽器から連想した、ギターを使って仲良くなる作戦。昨日は野々葉といいアイディアだよ!と、はしゃいでいたのだが、何だか心配になってきた。そこに、雷二郎が戻ってくる。
「あっ竜神くん。ムガくんの使ってるギターって、どこのメーカーか分かる?」
「ん?ギター」
少し思案する様子を見せたが、結局、
「いや、知らないな。」
ムガも、
「何でもいいんじゃない?」
と、さしてメーカーにこだわる様子はない。寿々葉は、そんなもんかなと思いながらも、やはり、自分たちだけで選ぶのが不安で、
「そっかあ…。ムガくん、買いにいくとき付き合ってくれないかな?」
「いいよ~。じゃあ」
風鈴姉妹が、占いから導き出した作戦は、ギターを買って、ムガをセンセイとしてギターを教わるというものだった。この作戦が上手くいけば、夏休みになってもムガとの接点が出来るし、当然いつも一緒にいる雷二郎とも…。そんな思惑で、風鈴姉妹は貯金をはたいてギター購入という思い切った行動に出たのであった。
―――― 再びムガの部屋
「ちょっとムガ、あんたその血、何で書いてるのよ!」
「え~と、※ムッキー。」
※油性マーカーのド定番
「馬鹿! どこに女子の顔に油性マーカーで血を描く非常識なヤツがいるのよ!」
「ん~と、ここにいま~す。」
京香は、この油性マーカー、何で取れるんだろうと思案しながら、取り敢えず洗面所にお湯を張ることにした。
「ごめんね、風鈴さんたち。お湯で取れるか分からないけど、準備するから、呼んだら下に下りて来てくれない?」
階段をトットットと下りながら京香は、全く何でこんなことになってんのよ!と、呟きながら洗面所へ向かう。給湯器のボタンを操作して、お湯が洗面器に貯まるのを待ちながら、先程の風鈴姉妹の顔を思い浮かべる。ゾンビのメイクでもしようとしたのだろう。阿保ムガに付き合ってたら、ロクなことにならないのに!そういえば風鈴姉妹の顔を思い浮かべながら、
(腕とか脚にも血を描いていなかったっけ?いっそ、お風呂の方が…。)
お風呂場のドアを開けて確認する。綺麗好きの雷二郎だ。完璧に清潔。女子が使っても問題無さそうだ。京香はバスタブに湯を張ることに変更し、パタパタとバスタオルなどを取りに別の部屋へ向かう。そして、洗面所に入浴の準備が整うと、ふと洗面所の出入口に鍵が新しく設置されていることに気が付いた。
「あれ? 鍵なんか付いてたっけ。」
まあ、女子二人が入るのだから、ちょうどいいのだが。二階へ戻り、
「取りあえずお二人さん、顔の血とか落としてきなよ。一階にお風呂の用意しておいたから。それにしても、ムガ! 後先考えないで、適当なことやらないの!」
「え~、でも京香ちゃん。夏はホラー要素が…。」
「何なら、リアルなホラー体験をアンタにしてあげようか?」
ムガが、ひぇ~と言って体を小さくする。
「お風呂場で分からないことがあったら、呼んでね、私、一階にいるから。」
そう風鈴姉妹に告げると、野々葉が、
「ご免なさい。私たちムガくんにギターを習いに来たの。そしたら、ロックは、まずは格好からだって…。」
それを聞いた京香がムガを睨む。さらに体を小さくしたムガが、ひぇ~と、また悲鳴を上げる。
「バスタオルも置いておいたから遠慮しないで。取れるといいけど、その油性マーカ―…。」
野々葉は、すみません、と恐縮していたが、姉の方は、何か言いたげに京香の方を見ている。その視線に気付いた京香は、
「何か?」
そう寿々葉に尋ねる。
「いえ、ずいぶん、ここの家のことに詳しいなって思って…。」
隣の野々葉がハッとした感じで、
「止めなよ、お姉ちゃん…。」
小声でそう言うのが聞こえた。京香は、フフと笑みを浮かべると、
「まあ、長い付き合いだからねえ…。」
そのまま笑みを浮かべた顔で寿々葉を見下ろす。何か二人の視線の丁度真ん中辺りにバチバチと火花が散ったような気がする。野々葉は口元を押さえて、目を大きくしている。姉と京香の一触即発の雰囲気を敏感に感じ取ったようだ。だが、そのタイミングで、
「じゃあ、ボクも一緒にお風呂に入ってくるね。行こっか、野々葉ちゃん、寿々葉ちゃん!」
さりげなくムガが、二人を促して移動を開始する。
「待てやコラ!」
京香が辺りを凍らすような声を出したかと思うと、ムガの手を掴み、後ろ手に締め上げる。そして、さらに膝をつかせたかと思うと体重を掛けてムガを背中から押し倒して腹這いにさせ、その上に乗っかかる。今度は、こめかみをピクピク動かしながら、風鈴姉妹の方を見ると、
「どうぞ、ごゆっくり~。」
お風呂へ行くよう促す。しばし呆気に取られてその様子を見ていた姉妹であったが、やがて野々葉が姉を促して一階へ降りていった。
「お姉ちゃん。止めなよ~。心臓が止まるかと思ったよ~。」
湯船に浸かりながら、洗い場で腕の赤いペンの後をゴシゴシやっている姉に話しかけた。
「ごめん、野々ちゃん…。つい、ついね…。」
「京香さんかぁ~。確かに強敵だと思うけど、安心してお姉ちゃん。角山スニッカーズ文庫の幼馴染み枠の勝率はそんなに高くないの。」
ボディーソープを泡立てて、反対の腕をゴシゴシやりはじめていた寿々葉が、
「そうなの?」
「うん。題名がモロ、幼馴染みの何チャラ!だったら勝率高いんだけど、そうじゃないときは、負けヒロイン側だよ。」
「本当!」
と、言ったものの寿々葉は、顔を赤らめる。
(ラノベの中の話を真に受けてしまうなんて、私ったら…。)
寿々葉は、誤魔化すように
「あ、野々ちゃん、私の顔の赤いの取れてる?」
寿々葉は、振り向いて、野々葉に顔を見てもらう。
「そうねえ。よく見せて。う~ん、油性ペンは取れてるけど、雷二郎くんラブで、ほっぺたが真っ赤だよ!」
「こら、野々ちゃん!お姉ちゃんをからかってはいけません!」
そう言って立ち上がると、自分に掛けていたシャワーを野々葉の顔に浴びせる。
「うぉっと、やったなあ~!」
その後、派手にお湯を掛け合って、二人とも頭からずぶ濡れになってしまった。二人は京香を呼んでドライヤーを借りると、髪を乾かし始める。今は、野々葉が丸椅子に腰かけた寿々葉の後ろに立って、ドライヤーを姉の髪に当てて乾かしている。優しい手付きで髪に触れながら、
「楽しいね。お姉ちゃんのおかげで…。まさかムガくんのお家でお風呂に入るなんてね。」
髪に当たる温風を心地よく感じながら寿々葉は、
「うん。中学の頃には、想像もつかなかった。恋だとか、男子と仲良くなるとか、憧れてはいたんだけど、手が届くなんてまったく考えられなくて…。」
しばらくして、
「野々ちゃん、交代しよ。私が乾かしてあげる。それにしても、髪まで洗うことになるとはね。」
「それ、お姉ちゃんが先にシャワー掛けてきたんでしょ!」
「フフ、そうだったね。髪を洗って、乾かしな♥️、か。」
「何それ?」
「いや、独り言。顔を洗って出直しな!的な。雷二郎くんに言ってもらいたいというか。」
「ハハ、相変わらず恋する乙女だよ、お姉ちゃん。でも、それいいね! 私なんか、ムガくんの、寝直しな♥️、でとんでもないことになったからね。」
ブオォ~ンというドライヤーの音と、姉妹の楽しそうな会話が、洗面所では、その後もしばらく続いていた。
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