第29話 見覚え

―――少し時は遡り、ニャンキットの実験をした日の夕方


「お姉ちゃんさあ、無理にニャンキットとかのアプリ、入れなくてもよかったんじゃないの? だって、私たちあんまし関係ないじゃん。」

ムガ家からの帰り道に野々葉が、姉に思っていたことを口にする。寿々葉は、

「ごめんね。野々ちゃんにまで、無理にアプリ入れさせちゃって…。でもね、私、思うんだ。関係ないじゃ駄目で、好きな人とは、どんな関係でも繋がっていた方がいいんじゃないかって。」

野々葉が口に手を当てて顔を赤くする。

「お、お姉ちゃん。好きな人って、そんな高らかに宣言しちゃって、何だか昔のお姉ちゃんじゃないみたい。」

寿々葉も顔を赤くし、

「そ、その、私がこんな風に思える切っ掛けは、野々ちゃんが、高校に入って、別々に行動しよって言ってくれたからだよ。心のどこかで私は、こんな風に自分の思っていることを素直に聞いてもらいたかったんだって、ずっと思ってたんだ。きっと。」

野々葉は、相変わらず口に手を当てたまま、

「リアルで高校デビューを見ることになるなんて、滅茶、刺激的なんですけど! しかも、実の姉が!」

照れた寿々葉は、少し笑うと、

「とにかく、私は、京香さんに勝たなくちゃいけない。だから、どんな形であれ、竜神くんと係わりが持てるのなら、後悔はしないって、そう思ったんだ。」

野々葉は、なるほどと頷くと、

「お姉ちゃん、成長著しいわ。私、今すごく差を感じてます。あ~あ、羨ましいなあ。」

野々葉は、背負っているギターが少しずりおちたので、また、肩の上部にかけ直したあと、ペコリと礼をする。

「お姉ちゃん。ありがとう。私、この夏休み、きっとお姉ちゃんの力が無ければ、何も変わらなかったと思うの。お姉ちゃんが占いをしようとか、ギターを買おうとか、そういうこと言ってくれたから、私の未来が変わった。そう思ってるの。」

「大げさだよ野々ちゃん。それより、ギターって思ったより難しいね。コードも3つぐらいしかまだパッと出来なくて…。」

野々葉はエスカレーターを指差してから姉の方を向き、姉が首を振るのを確認して、階段を上り始める。東野駅の改札は2階にある。二人とも普段の登下校は歩いて上っているが、今日はギターがあるので一応確認した形だ。

「ムガくんは、凄い上手だよね。自分の声を出すかのような感じで、自然にメロディーを弾いてるよね。ずっと昔からやってるって言ってたけど。角山スニッカーズにも軽音部とかバンドは割と出てくる設定なんだけど、クラシックギターのイケメン弾き語りはレアだよ。いいとこついてる。」

「また、ラノベの設定? それよりも他の女の子に取られないようにしなよ。野々ちゃん。」

「それは安心してるんだ。何だかんだいってもガーディアンの審査厳しいから。って私も通過できないんだけどね…。」

雑談をしながら、二人はホームまでやって来ていた。土日は平日よりも電車の間隔が長いため、少々ホームで待つことになりそうだ。スマホをいじり始めた野々葉を見て、

「あっ、野々ちゃん待ち受け変えたんだ。」

ファンンタジーっぽい壁紙がチラと見えたので寿々葉が尋ねる。野々葉は以前の角山スニッカーズの壁紙も捨てがたかったんだけど、と前置きしてから、

「まあ、課金しちゃった手前、使わないともったいないかと思ってね。これ、ニャンキットの人気の壁紙らしいよ。」

そう言って画面が姉に見えやすいようスマホの角度を変える。銀色中心の色使いで繊細な画風だが、描かれているキャラクターたちの表情が柔和で、あまり冷たい印象を与えない独特なタッチの壁紙だ。ただ、この色使いは…。

「何だか見たことあるような…。」

野々葉が画面を自分の方に戻してしまったので、寿々葉も自分のスマホを取り出して、ニャンキットを立ち上げる。おすすめというカテゴリーを押すと、サムネイルで小さく壁紙が8つほど提示されたが、その中に既に銀色の特徴のあるタッチを見つける。おそらく先程野々葉が見せてくれた作者と同じ人だと直感が告げている。その壁紙をタップすると、「パーティーの休息」という絵のタイトルと作者、ダウンロード数が表示される。

「TONERY…。」

ホームに電車が到着するアナウンスが放送される。野々葉が、やっと来たよと呟くのが聞こえる。寿々葉は。野々葉の声で一度電車に視線を送ったものの、すぐにまたスマホの画面に目を落とし、作者TONERYという文字をタップする。サムネイルがTONERYの作品だけになる。

「間違いない。この絵は舎人くんだ。」

電車の扉が開き、降車する人がぞろぞろと出てくる。二人はそれをやり過ごし電車に乗り込む。あまり間を置かずにドアが閉まり電車が発車する。

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