第28話 ライブハウス
「こんばんは、竜神くんだったよね。驚いたわ、君たち一緒に住んでるんだね。」
下妻会計事務所から帰宅した雷二郎は、居間でムガと話していた不二野麻美から、挨拶を受ける。
「不二野さん…。」
雷二郎は、以前京香からムガがライブに誘われていることを聞かされていたのを思い出した。
「ごめんなさいね。こんな遅くに。でも、ちょっと近くまで来たものだから。」
ムガが、雷二郎の分のお茶を入れながら、
「ボクが大丈夫って言ったからだよ。別に押しかけてきた訳じゃ無いよ~。」
雷二郎はお茶を受け取ると、
「ムガにどんなご用件ですか? 確かライブがどうとか…。」
と不二野に尋ねる。
「あら、ムガくんから聞いてなかったのかな。私の会社で、浜松のライブハウスを借り切ってフェスみたいなものを開くのよ。それにムガくんに出演してもらいたいなって。」
ムガが嬉しそうに、
「あのメタキュラーが東京に行く前に演奏したこともあるライブハウスなんだよ!結構大きいんだよ。」
静岡出身のメジャーデビューまではいっていないものの、そこそこ知名度のあるバンドの名を出しながらムガが説明してくるが、雷二郎はそこではなく、
「不二野さん、出演の条件というか、ムガにどんなメリット、デメリットがあるか教えていただけませんか?」
「雷ちゃんはね、すぐそういう堅い話にしようとするんだから。メタキュラーだよ!」
ムガではなく、雷二郎は不二野の方をじっと見ている。不二野は視線を受けて頷くと、
「竜神くん、警戒してるのね。ムガくんのメリットは、費用無しでライブハウスでライブを行えること。しかも配信されるから、知名度を上げるのなら絶好の機会よ。私の会社は広告配信会社で、企業の依頼を受けて、企業の宣伝広告をネットに流す形をとってるの。ライブハウスの貸し切り代は、その広告元の会社が出す形になる。ここまではオーケー?」
雷二郎は肯定の意味で頷き、
「分かります。ライブハウス貸し切りの費用は、普段は出演者達がチケットを売ることで何とかしてるって聞いたことがあります。ムガ自身がチケットを売り捌かなくていいっていうことですよね?」
「そうよ。私たちの会社のメリットは、若いアーティストがたくさん出演することで、若い年代の視聴者数を稼げること。それから、演奏や出演者の交代の合間にステージで生で広告配信を行うので、インパクトのある広告を打てること。」
雷二郎は、確認のため、
「デメリットは本当に無いんですか?」
「無いわ。まあ出演料や交通費は出ないので、いつもチケットを完売させる実力があって、儲けが出ているバンドだったら不利益かもしれないけど、ZtoA規模のライブハウスで、黒字を出せるようなバンドは今回はいないわ。あっムガくんの場合は私が車に乗せていくから、交通費の心配もいらないわよ。」
「でしょでしょ!雷ちゃん、大丈夫だってば!」
腕組みをして考えていた雷二郎は、一応大丈夫と結論を出したようで、
「ちょっと浜松までは見に行けるかどうか…。そう言えば当日のお客さんは?」
「残念だけど、チケットは販売されない、広告を依頼してきた企業側でお客を集める形ね。竜神くん達が見たいならネットのライブ配信で見ることになるわ。」
「これで、メタキュラーのようにボクの名声が一気に!」
相変わらずムガの言葉はスルーしながら、
「不二野さん。お節介かもしれませんが、コイツの曲の歌詞、センスが壊滅的なんで曲選びだけは慎重におこなった方がいいですよ。」
不二野も眉間にしわを寄せ、
「うん。分かってる。さっき何曲か聞かせてもらったんだけどね…。誰か作詞だけ別の人に頼まない、ムガくん?」
ムガが、全身を使って抗議する。手をバタバタ動かして、
「ダメだよ! ボクの歌詞の良さが分からないようじゃ、不二野さんも、まだまだだね! ぼくよりスピリチャルな歌詞書けるアーティストなんていないんだから!」
「そ、そうね。ま、曲選びはおいおいって事で…。」
その後、不二野が帰った後も上機嫌なムガは、2階に上がるとギターを夢中になって練習しているようだった。雷二郎としても今のところ不安材料は特に見当たらず、せいぜい頑張ってこい!という応援の気持ち意外の感情をこの時点でもつことは無かった…。
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