第22話 花月から
放課後、明日佳ビルディング7Fの甘味処、和菓子喫茶「れ庵」で、向かい合って座っているのは、東野東高校の花月綾音と時屋京香であった。チャットでも尋ねたことではあったが、もう一度京香は花月に尋ねる。
「会わせたい人がいるってのは分かるんだけど、校内じゃ駄目だったの?花月さん。」
花月は頷くと、
「前も、お話ししましたけど、時屋さんとは取引をお願いしたいと思っておりますの。」
「それと、この場所を選んだことがイマイチつながらないな。」
花月はその問いにではなく、
「時屋さんは、ニャンキットのことお調べなんですよね。すみませんね、この前二年の教室でのやり取り、聞いてしまったの。」
「確かに、ニャンキットのこと調べてます。」
「進捗状況はいかがですか?」
「え?」
「その調べもの、進んでおりますの?」
京香は正直に、
「思わしくないかな。一番肝心の部分が見えていなくて…。」
「わたくし、そのお手伝いをさせていただいても構いませんことよ。」
「え?」
再び京香が驚く。そして、これは取引なんだと言うことを思いだし、
「そちらの条件は?」
そう花月に切り出した。花月は微笑むと、
「話が早くて助かりますわ。単純ですことよ。あなたはこれから期末テストの結果収集を始めますでしょ?」
「うん。」
「その時、取材した相手に、この前お話しした真城さんに投票するよう、一言添えてほしいの。あと、このQRコードも添えて。」
「これは?」
「選挙に立候補している候補者のページのリンクよ。」
「ふ~ん。じゃあ真白先輩の個人的な宣伝ページに行くのかな?」
花月は、首を横に振り、
「あら、ご存じないのね。東校の生徒会長選挙の選挙運動は、校内への規定枚数のポスター掲示だけが認められていて、チラシを配ることは禁止なの。」
「じゃあQRコードも駄目なんじゃない?」
「いえ、このQRコードは生徒会ホームページへのアドレスで、そこには全候補のプロフィールや選挙公約が載っているわ。」
「ふ~ん。特定の候補への支持をしている訳じゃないってことね。でも、それじゃあ、そのページ見た人が必ずしも真城さんを選ぶとは限らなくない?」
花月はそこでニヤリとすると、
「時屋さん、あなたは真城さんをご覧になってどう思われましたか?」
「えっ?」
京香は、二年の教室に行ったときのことを思い浮かべてみる。
(理知的な顔立ちで、そうそう眼鏡イケメンだなって思ったっけ。ま、まさか!)
再び花月を見やると、先程同様ニコニコしている。
「か、花月さん!ま、まさかルックスで、票が取れるって考えているのね?」
花月は淡々と、
「そもそも、一般の生徒にとって、生徒会長選挙なんて、興味なんてないものよ。真面目に選挙公約を読んだり、さっきの生徒会のホームページを見たりなんてしていないわ。」
確かにそれはそうだと思いつつも、
「それにしても、見た目で投票してもらえるだろうって読みは、ほんとに当たるのかな?」
「私は生徒会に所属してしまったので、公に一人の候補を宣伝するのは、できれば控えた方がいいの。」
「えっ? でも私には、真城さんに投票して!って言ってなかったっけ?」
京香は、話が逸れてない? と思いながらも次の花月の言葉を待つ。
「フフ、公にはって言ったでしょ。私的に自分の親しい人にお願いするのは、問題無いわ。
花月が続ける。
「京香さんが配ったQRコードを受け取った人が、もし生徒会のホームページを見てくれたら、ざっと候補者を一通り見てみようと思うんじゃないかしら?」
(まあ、わざわざQRコードを読み取ったんだとしたら、そうだろうな。)
「時屋さんは、写真と文章どちらに目がいくとお思い?」
「写真でしょうね。」
「そう、このページを開いた瞬間、ほとんどの選挙になんか関心の無い人は、写真映りコンテストの審査員になるのよ。選挙公約を読む人なんか少ない。この娘かわいいとか、この人カッコいいとか…。」
(なるほど…かわいいは正義!とかっていうやつね。確かに写真を見比べるというところまでもっていけたら、真城先輩に有利に働きそう。)
「分かったわ。私はQRコードを配る。その時に真城先輩が、カッコいいとか一言添えて渡すわ。」
京香は取引を飲むことにした。別に特定の候補がいいと言いふらしたところで、たいしたデメリットではないだろう。
(では、私はニャンキットについて、どんなメリットを手に入れることができるのか?)
「ありがとう時屋さん。では、そろそろかな。」
そう言って花月はスマホのチャット画面に目を落とす。
「ビルには到着してる。」
そう呟き、花月は、れ庵の入り口の方に目をやる。入店したばかりの制服姿の女子が、やはりこちらの方を見て、近づいてくる。
「よっ! 花月。」
「麗々ちゃん、ご無沙汰。取り敢えず座りません?」
自分の隣を勧める。うん、と言った後、腰を下ろしたその人物は京香の方を見て、
「この娘が、例の時屋さん? 私は柏木麗々(かしわぎ うらら)、花月とは昔からの付き合いで。」
京香も名乗る。
「ども、時屋です。南校の方ですか?」
制服から判断した京香が尋ねる。
「そう、私も何の縁があってか、高校に入ってから生徒会に参加しちゃってね。そういうのは花月がやっときゃいいもんだと、ずっと思ってたんだけど。」
ここで花月が口を挟む、
「実は、生徒会同士って横の繋がりがありますの。」
「この前の東野市高等部、生徒会連絡協議会ってのがあるんだけど、そこでね、ちょうど二人とも参加していたんだけど…。」
柏木はその時の出来事を語り始めた。
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