第24話 ハエたたき

「ということなんだけど…。時屋さん?」

柏木が、説明を終えた後、考え込んでいる様子の京香を見守る。花月は、れ庵の看板商品餡蜜を頬張りながら、やはり京香の反応を待っている。しばらくして、

「柏木さん、ありがとう。ごめんなさい、色々考えてしまって…。試してみるしかない気がしてきた。」

「試す?」「試す?」

柏木と花月が同時に声をあげる。ハモったことが可笑しくて、二人顔を見合わせて笑う。京香は、

「ニャンキットは、紹介した人が、さらに誰かを紹介した場合、上位の紹介者にメリットがあるんじゃないかなって思ったの。だから実際に紹介の連鎖というか、試しに紹介、紹介って感じで…。」

花月は、木のスプーンを器に置くと、

「手伝わせて頂きますわ。」

「えっ?というと。」

「あなたが、まずニャンキットを入れる。あなたの紹介で、私がニャンキットを入れる。私の紹介で、また別の誰かが入れる。」

「でも、それじゃあ花月さんに課金させちゃうことに。」

花月はニッコリ笑うと、

「時屋さん。後ろめたく思う必要はなくてよ。私は、あなたがそんな風に私の課金に恩義を感じて、真城先輩推しをしっかりやってくれるという腹黒い狙いをもっているのですから。」

隣の柏木が呆れるように、

「時屋さん。こいつは根はいい奴なんだ。普通なら自分のねらいをしゃべったり、自分を腹黒いなんて言ったりしないだろ?ほんとは純粋に時屋さんのこと手伝いたいって思ってるんだよ。」

「いえ、わたくしは、ただ真城先輩の当選を…。」

京香は頭を下げ、

「ありがとう花月さん。ご好意を受けたいと思います。」

花月はうんと頷くと、

「時屋さんも餡蜜お食べになって。ずっと真剣に聞いてらして、ちっとも進んでいらっしゃらないじゃない。れ庵の餡蜜といえば、東野のタウン情報で必ず取り上げられるような一品ですことよ。」


その後、二人と別れた京香は上りのエスカレーターに乗り込んで、上の階へ向かっている。

(花月さんと柏木さん。幼馴染みって言ってたね。仲良しの人たちを見るのって微笑ましいな。幼馴染みか…。)

自分と雷二郎もあんな風に仲が良かったはずだ…。そんなことを考えているうちに目当ての9階に到着する。占いコーナーの右端にお客の相手をしている女生徒を見つけると、小さく、

「居た。」

と、呟いて近づいていく。お客とのやり取りが聞こえてくる。私服なので見分けがつかないが、中学生か高校生の男子のようだ。どんな占いなのかなと聞き耳を立てると、

「警察呼ぶわよ!」

(おいおい!なんて物騒な話をしているのよ…。)

「そ、そんな!僕はただ君と話をしたいって言っただけだろっ!」

「ここは、占いコーナーなの。あなたみたいなのが出てくると、女の子が、安心して一人で占いをやろうなんて思えなくなるのよね。警察の前にまず警備員ね。」

そう言うと、スマホでどこかの番号につなぎ、

「警備室、バヌメーヌさんいる?うん、そう九階に来て。営業妨害よ。」

「なっ!?」

かなり焦ったようで、その男子は慌ててその場から立ち去っていく。明日佳は、京香が来ていたことに気付いていたようで、ニコニコしながら、

「占いですか?それともナンパですか?」

と、尋ねてきた。京香はそれには答えず、明日佳の前の椅子に腰掛けると、

「バヌメーヌさんって何よ?」

と逆に明日佳に尋ねた。

「ああ。今読んでいる推理小説の登場人物よ。多分コイツが犯人なんじゃないかって思ってるんだ。」

京香はやれやれと首を横に振ると、

「世の中の男性陣は、うかうかとナンパも出来ないのね。」

「あら、意外。京香さんもナンパ否定派だと思ってたんだけど。だって、」

「だって?」

「だって、京香さんもよく告られてたけど、全部断ってたじゃない?てっきり、軽い気持ちで告白してくる軟派野郎たちが、お嫌いだったのかと。」

ふう~と京香はため息を付くと、

「明日佳ちゃん。あんまし気が強すぎるのも考えもんよ。意中の人がいるってのならともかく、今みたいに手当たりしだい虫ケラみたいに叩き落としていたら、ご縁を結ぶのが大変になるんだから。」

明日佳は、全く動ぜず、

「彼氏もちの女の子に言われるのなら説得力があるんだけど、京香さんじゃなあ。説得力が、イマイチ上がらないのよねえ。」

「ぬ、ぬぬ。」

(年々、この娘とのやり取りで、勝率が落ちてきているのを感じるわ。やっぱ雷ちゃんの妹だもんな。)

京香が、そんなことを考えていると、明日佳が、意外なことを呟いた。

「私だってね、彼氏が欲しくない訳じゃないのよ…。ただね、なんか物足りないのよねえ…。」

(それは同意だ。小学校の頃から自立してムガ家の家計を守り、それでいて学業優秀、スポーツも出来る。そんなスーパーヒーローが、近くに居たら…。)

「でも、まあ確かに海外にはいるかもね。」

「ん、何? 何の話?」

「いえいえ、この夏の私には、異性との縁があるという占い結果が。しかも海外なのよ!」

「ああ、なんだ占いか…。」

「コラ、そこ!占い師の前で、なんだ占いか、なんて言わないこと!私だけの占いじゃなく榊さんの占いなんだからね!」

明日佳が、激しく抗議の意味も込めて京香を指差して、手をブンブン振る。

「榊さん?ああ、バロンの夕べのオーナーの方ね。占いもやってらっしゃるんだ。それにしても海外だなんて。」

「とりあえずお母さんにお願いしてるの。夏休み海外に行きたいって。」

「よかった。」

(占いの結果を信じて、お母さんにおねだりだなんて、子供っぽいとこ、ちゃんと残ってるじゃない。)

「何がよかったの?」

「いえいえ、こっちの話。それよりちょっと聞いてよ。」

そこからは、ニャンキットの話やら、それが風北夏美のためだとか、京香の愚痴が続いた。明日佳は、あまり口を挟まずに聞いていたが、最後の雷二郎は風北のことが好きなんじゃないかなあという京香のボヤキにだけは反応した。

「京香さん。自信無くしちゃってるのね…。辛い?」

「えっ?いや、そんなことは…。」

だが、その後に京香の言葉が続かなかった。そして、俯くと、弱々しい声で、

「ツラいよ…。」

そう、呟いた。




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