第4話 墓前

「何だか申し訳ありません。」

そう、恐縮する雷二郎たちに、運転をしている不二野は、

「いいのよ。さっきも言ったけど、たいした寄り道にはならないわ。それより、三人は兄弟ではないよね? お墓参りって言わなかった。あっ、もしかしてお友達のお墓参りとか?」

手にお墓に供える予定の生花を持っている京香が答える。

「いえ、ムガくんのお祖父さんのお墓参りなんです。あたしたちは、その付き添いで。」

「へぇ~、お友達のお墓参りに一緒にかあ。仲がいいのね。ちょっと想像できなかった。」

雷二郎が付け足す。

「こいつ一人だけだと、ちょっと心配なもんで。うちらは保護者みたいなもんですよ。」

不二野は、ここでふと、疑問に思ったらしく、

「保護者と言えば、ムガくんのご両親は一緒じゃないの?」

標識に遠々野の文字を確認した不二野は、その後すぐに、付け足す。

「墓地は、どの辺なの?」

「はい。交番越えたところの信号を右に行って、後は道なりな感じで、大体近くまで行きます。」

京香が道を説明した。

「分かったわ。交番が近づいたら、教えて。」

不二野がそう言ったとき、ムガが先ほどの質問に答える。

「両親はちょっと事情があって、今はいなくて…。」

ムガの雰囲気が暗くなったのを敏感に感じ取った不二野は、

「そう…。」

と言ったきり、その質問のことを、もう深入りしてこなかった。話題転換の意味も込めて、逆に雷二郎が不二野に尋ねる。

「不二野さんは、今日は浜松まで、どんな御用事なんですか?」

「え、ああ。仕事のことでね。最近はトラブルが多くて…。本業の方の仕事より苦情対応ばっかり…。って、あななたちに愚痴をこぼしてもしょうがないわね。」

会話の中の本業という言葉に京香が興味を示し

「不二野さんの本業って何なんですか?」

「京香ちゃんだっけ? その、髪型、素敵じゃない。自分でお願いしたの?」

突然自分の髪型の話に移ったので、意外そうな顔をしながらも、

「え、ええ。ネットで色々見てて、いいなって思ったから美容室でスマホ見せて。」

「そうなのよねえ…。最近は、お任せでって言う娘が少なくなったわね。あなたのようにスマホ見せて、このヘアースタイルでって。まあ、髪だけじゃないけど髪型には詳しいわよ。私スタイリストなの。ま、最近は別の方が忙しくて、あんまし髪に触ってないなあ。」

三人ともへぇ~と声を上げる。最も男子二人は言葉のイメージ以上に仕事の内容は理解していなかったが…。

 そうこうしているうちに、ムガのお祖父さんが眠る菩提寺が見えてきた。お寺の前で車を降りた三人は、深くおじぎをしてお礼を言う。

「本当に今日はありがとうございました。ここまで辿り着くことが出来たのも、不二野さんのおかげです。」

「いえ、仲の良さそうな若い子たちと話すのって楽しいわ。じゃあ、さよなら!」

車が遠ざかっていく。三人は最後まで車を見送った後、お寺の門をくぐる。



―――― 風鈴家の双子の部屋 ――――

「そういえば、小さい頃あったよね、風鈴?」

ふと、思い出したように野々葉が、寿々葉に話し掛ける。

「ん? ああ。そうね、確か一階のリビングのとこに付けてたかな。どうしたの急に?」

「あのね、クラスの娘に、珍しい名字だね、ご先祖様が風鈴でも作っていたのか?って聞かれたから。それで思い出して。」

「ふ~ん。仏壇の隣の押し入れじゃないかな? そういえば、最近見てないね。行ってみる?」


二人が仏間でガサゴソやっているのに気が付いた母親が、

「あんたたち、何やってるの?」

と、声を掛けてきた。

「え~とね。昔、一階に風鈴付けてなかったっけ?」

「あ~あ、小さい頃、あんたたちにせがまれて買ったやつだわ。最近はクーラー使ってる期間が長いから、出すタイミングがなくて、忘れちゃってたわ。あ、右の奥の方じゃないかな。」

寿々葉が、母親の最初の言葉に反応する。

「私たちが、せがんだ?」

母親は、フフと微笑むと、

「そっかあ。小さかったから覚えてないかぁ。風鈴を作ってるところをじっ~と見ててね、その後に、」

「あ、あった!」

野々葉が、押し入れの奥にそれらしき箱を見つけたようだ。さっそく取り出してふたを開けると、透明なガラスに黄色やオレンジを中心にした可愛らしい模様で彩飾された風鈴が目に入る。野々葉が上部のひもを指にはめて持ち上げると、カランと綺麗なガラスの音が室内に響いた。

「そうそう、これだったねえ。」

「取り敢えず、鳴らなくても飾ってみる?」

もうクーラーを使っているので、室内に外の風が入ってくることはなく、確かに音は鳴らないだろう。それでも姉妹は踏み台を出して、居間の窓のところに風鈴を取り付けることにした。取り付け中、ふと、野々葉が「天」という漢字が風鈴に小さく描かれているのを見つけ、

「夏の道具だし、天の川の天かな…。」

と一人言を呟く。取り付けが終わって、踏み台から降りると、姉がご苦労様と、労いの声を掛けてきた。

二人で、取り付けた風鈴を見上げると、何だかとても懐かしい気分になった。



 両手を合わせ、目を閉じていた三人が、ほぼ同時に目を開ける。その後も、しばしお墓の方を見ていた三人だが、雷二郎が、

「行こうか。」

と、残りの二人を促し歩み始める。京香が、

「工房にも顔を出すの?」

とムガに尋ねる。雷二郎もムガの顔を覗き込んで返答を待つ。ムガは、

「じゃあ、ちょっとだけ…。」

そう答えた。

 ムガたちは、遠々野の町の中心部まで歩いてきていた。ガラスの大きなショーウインドウの中に、様々なガラスの工芸品が飾られた一軒のお店の前で立ち止まった三人は、店の入り口にある看板に目を遣る。「ガラス工房レタルサ」と斜めに文字を崩した書体のお洒落な看板は、かつてムガのお祖父さんが店をやっていたころの面影をほとんど残していない。そして、今の店主も、それほどムガにとって親しい人ではなかった。それでも、こんにちは、と挨拶しながら店に入ると、大柄な男性が、ムガのことを認識して、三人のところにやってきた。

「やあ、ムガくん久し振り、元気だったかい?」

「はい。奈良さんもお元気そうですね。おじいちゃんの墓参りで遠々野まで来たので、寄らせてもらいました。」

「そうか、この季節だったね。喜代司さんが亡くなったのは。ま、麦茶でも持ってくるから腰掛けて待ってな。」

そう言って、ムガに奈良さんと呼ばれた男性は奥へ引っ込む。京香はすぐに座らずに、店に飾られているガラス細工を綺麗と言いながら見て回っている。


 ムガの父親は、元々東野市にある比較的大きな会社に勤めていたが、突然会社を辞めて、妻子を引き連れて祖父の元にやって来て、ガラス職人になることを希望した。だが、祖父は、安易な選択を繰り返して生きてきた息子(ムガの父親)のことをあまり高く評価しておらず、自分の後を継ぎたいのなら、五年は何も言わずきちんと修行に専念するように告げた。一年目辺りまでは祖父の言う通りにしていたムガの父であったが、そこそこのガラス細工が作れるようになってくると、精度を求めて訓練することを嫌うようになり、祖父の自分の作風というものを確立しろ!という意見にも耳を貸さなくなっていった。

 また、修行中なので、収入に関しても、祖父の方からの持ち出しとムガの母の稼ぎに依存していたのだが、金遣いは穏やかな方ではなく、やがて、ムガの母親は稼ぎのよい夜の仕事を行うようになっていった。ムガは、まだ小さかったので、あまりその頃の記憶がない。

そして、当然の帰結として、祖父と父は対立するようになり、ある日父は、店のお金をもって消息を絶った。

その後、ムガの母親は賃貸に出していた東野の自宅に空きが出たタイミングで、ムガを連れて戻ることになる。そして、母親も何かがプツリと切れたのだろう。身を持ち崩して、自堕落な生活へと入っていくことになった。


「暑かっただろ。今回も自転車か?」

奈良さんがムガたちに尋ねる。

「いえ、県道が…。」

雷二郎が先程までの経緯を簡潔に説明をした。

「そうか、じゃあ帰りは、自転車置いてきたとこまで送ってってやる。」

「奈良さん、でも、お店が…。」

奈良さんは、ムガの父親がいなくなった後に祖父から工房を譲り受けた人物で、元々は東京のガラス工房に勤めていた人であった。ムガの祖父が体を壊し、工房を閉めなければならなくなった時に、店舗のオーナーが見つけてきた人物で、それ故、ムガとは、直接血縁関係はないのだが、ガラスを作れなくなったムガの祖父と奈良とは、職人同士、意気投合するところがあったようだ。退院後、以前ほどの体力がなくなり、直接作業が出来なくなったムガの祖父は、ちょくちょく奈良の元を訪れ自分からアドバイスをしたり、奈良の質問に答えたりしていたようだ。

 祖父が亡くなると、ムガは母親とたまにしか遠々野に顔を出さなくなっていたが、足を運んだ際には是非寄るようにと奈良さんに言われていたので、お墓参りの際には出来るだけ寄るようにしていた。

 奈良さんが奥に引っ込んで、しばらく経ったころ、かわりに奈良さんの娘、カエデが、店の方に出てきた。ども、と言ってぺこりと頭を下げた楓は、

「父さん。店の前に車を回すって。」


 奈良さんの娘、楓とは毎回顔を合わす訳ではないものの、ときどきは見かけていたので、知らない仲ではなかったが、前回会ってからは何年ぶりだろうか? ムガたちは挨拶をすると、

「大きくなったね。」

と正直な感想を述べた。確か学年は一つ下だったはず。楓は、少し遠慮がちに、

「え~と、ムガさん達は、ニャンキットってアプリ知ってます?」

と、よく分からない話を振ってきた。誰も知らないと答えると、嬉しそうな顔になって、

「もしよかったら、スマホに入れてみませんか? 私の紹介で入ってくれると、ポイントがどちらにも入って…。」

話を半分も聞かない内に、

「いいよ~。」

と、ムガが返事をしたので、雷二郎がそれを止める。

「待てムガ。その前に、それって何のアプリか説明してくれないか?」

楓は、ああ、そうだったと言い、

「え~と、壁紙を変える壁紙チェンジャーのアプリなんだけど、まあアプリ自体はそんなに使わないかな。ただ友達紹介でポイント貯めるのが熱くて流行ってるの。」

「ああ、知ってる。友達紹介ってヤツだね。」

ムガが相槌を打つと、楓はウンウンと頷き、

「ただ最初にアプリで課金しないとイケないんだ。千円なんだけどいい? でも、ムガさんも誰かを入会させれば、すぐ元は取れると思うっていうか、それ以上も狙えるよ!」

雷二郎が京香と顔を見合わす。京香が、雷二郎の視線に応えるようにウンと頷くと、

「楓ちゃん、悪いけど、私たちはソレ、辞めとく。ムガもだよ。」

楓は、えっ?と言って、もう少し勧誘を粘ろうという素振りを見せたが、表に車がやって来たので、諦めたようだ。三人は別れを告げて店を出ると、奈良さんが運転席にいるのを確認して車に乗り込んだ。

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