第19話 世間話
「おっ、やってるねえ塩崎君。それは期末テストの問題かい?」
後ろを通りかかった養護教諭の栄子に声を掛けられたのは、雷二郎たち1年A組の担任塩崎である。彼は社会科の教師で、1年生では歴史総合を担当している。塩崎はデスク上のPCから、目を離すと、後ろを振り向いて、
「竜神にトップを取らせないようなテストを作れんもんかと。う~ん。」
栄子は呆れて、
「おいおい。まだ竜神にこだわってるのか? そう言えば聞いたぞ。竜神が髪を黒くしてきた日に祝杯をあげたとか。ほんっとに大人げないな。」
「いやあ、あれは爽快だったなあ。栄子先生がどう思おうと、あれは僕の勝利です。」
そう言って、またテストの問題づくりに戻ろうとPCに体を向ける。その後ろ姿に、
「だいたい学年トップの竜神が解けないような問題が、他の連中がホイホイ解ける訳ないだろう。」
「そうなんですけど、奴にも弱点はあるはずじゃないかと。」
その言葉を聞いた栄子はニヤリとして、
「塩崎君、君、意外といいとこあるじゃないか。」
「え?」
栄子の意図が掴めなかった塩崎が振り向く。
「君は言わば、竜神の弱点を探してやっている訳だろう。それって他の誰のためでもない。まさにアイツのためだけにしてあげてることだ。もしこのままお前が、奴の弱点問題づくりに成功すれば、期末試験はともかく、今後の竜神にはプラスになるだろうよ。」
「いや、僕はそんなつもりは…。ただ髪を染めるようなチャラチャラした奴が気に入らないだけで。」
栄子は顎に手をやると、
「それも、ちょっと私の認識とは違うな。私も最初は、そう思ってたんだが…。」
塩崎は黙って次の言葉を待っている。
「この前の保健室騒動のときも、他の連中は、みんな竜神に非はないと訴えていたじゃないか。でも、彼は多分その場を収めるには、自分が責任を取って、髪を黒く染めることが、一番我々に効果があると思ったんだろう。何も弁明せず、態度で示しますと宣言しただろ。」
「そうですかねえ…。」
塩崎は、まだ承服できないといった態度で続ける。
「だいたい髪を金髪にするような奴ですからね。そんな深く考えてないですよ。ほんの思いつきですよ。」
「塩崎君は、竜神が髪を金色に染める理由は、何だと思う?」
少し話題が逸れたなと感じながらも塩崎は、
「ああいう連中は、人と違ったことをして目立ちたいだけなんすよ。どうだ、オレすごいだろって、そういうガキみたいなアピールですよ。」
「フフ、そうかな?」
「じゃなきゃ、何だって言うんです? 栄子先生は竜神が髪を染める理由どう思ってるんですか?」
栄子は、一度目を閉じて再び開けると、
「寂しいんじゃないかな…。まあガキの発想ってとこには同意だけど…。」
「寂しい?」
驚いた塩崎の口から、栄子先生の言った言葉が繰り返される。
「いや、忘れてくれ。何となくそう思っただけだ。じゃあ、問題づくり頑張りな。」
そう言って片手を挙げると、白衣の栄子は振り向かずにその場を離れていく。しばし、後ろ姿を見つめていた塩崎は、もう一度だけ
「竜神が寂しい?」
自分には解釈しにくいその言葉を呟いた。
職員室を出た栄子は、保健室の前で自分を待っていただろう女子生徒に声を掛ける。
「こんな放課後にどうした? 花月。それから時屋だったか。」
「栄子先生、ご無沙汰しております。」
「ああ、ま、保健室なんぞ、ご無沙汰の方がいいに決まってるがな。」
花月は、そうですね、と相槌を打った後、
「実は、先生にご相談がありまして、お時間よろしいでしょうか?」
「ん? 相談、お前は生徒会なんだから、頼れる先輩がたくさんいるだろ。顧問の長柄先生じゃ駄目なのか? 自分のとこに来ないで、私のとこに相談に行ったなんて聞くと、長柄先生がっかりするぞ。」
花月は、少し伏せ目がちに、
「そうかもしれません。ただ、みんな会長選挙のことで忙しくしてますし、ちょっと校外のことも絡む案件で…。」
花月はそう言って、京香の方を見る。自分に発言を促しているんだなと感じた京香は、
「1年D組の時屋です。最近生徒の間で気になるアプリが広まりつつあって、花月さんの話だと…。」
この花月と京香の組み合わせは、ある出来事がきっかけであった…。
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