第8話 不二野麻美

「そろそろ、東海地区は見切った方がいいんじゃないか。だいぶ加入率が下がってきてるぞ。」

どこかの会社の会議室であろうか。数名の男たちが、何かの議題について討論しているようだ。最も、この部屋に集まるメンバーは皆若く、20代から30代に見える。

「でもゴッドは、まだイケるって、もうひとイベントやって稼ごうか!なんて言ってたぞ。」

「ふ~ん、ゴッドねえ。お前はどう思う?」

端末ばかりを見ている隣の男に話し掛ける。その男の端末には、何やら折れ線グラフのようなモノが画面に映っていて、動き続けている。

「あ、ゴメン、聞いてなかったわ。いや、思ったより今週は、相場が動かなかったな…。まあ逆に動くよりかはマシだけど。」

そう答えながらも、相変わらず端末を操作する手を止めない。

「三条、お前なあ、会議の時ぐらい相場から離れられないのかよ。」

「うるせえなあ。誰のおかげで金が回ってると思ってんだ。お前の先月の穴埋めしたのはオレだぞ。」

「…。悪かったよ。でも今月は巻き返しただろ。」

そのとき会場のスクリーンに映像が映りだした。白い奇妙な衣装を身につけた男が画面に映っている。その男が話し始めたので、この部屋の者は一応私語は止め、画面の方に視線を送る。

「待たせて済まなかった。それで、どうだね。資料には目を通してくれたかね。」

皆が頷くのを確認したモニター越しのその男は、満足そうに頷くと、

「東海地区の懸念は承知している。だが、せっかく手駒が多いこの地区を離れるのはもう少し後にしたい。配信を意識した内容にするから、関東地区へ移る足がかりにもなるだろう。イベントは加入率の高い年代向け、高校生辺りをターゲットにしたものにしたい。」

先程端末をいじっていた若者が意見を述べる。

「ゴッド、その企画自体には異論は無い。今回のイベントに関わる費用を教えてくれ。」

「そうだな。ライブハウスの貸し切りと司会のモデル、それとサクラの連中を雇うぐらいしか金は掛からんよ。後はうちのスタッフでやる。」

「ん? アーティストは?」

「大丈夫、ビジュアルのいい奴を探してもらってるが、アマチュア中心でいくからな。そんなに費用は嵩まないだろう。」

その後、ゴッドから金額の提示があり、皆確認し合う。ようやく気になっていた相場の動きが落ち着いたのだろう。先程から端末画面に集中していた若者は、端末の電源を切ると顔を上げ、

「オーケー! 俺は賛成だ。今のところ自分に任された資金の運営は順調だけど、より大きく稼ぐには、種銭が大きいほどいいからね。」

「ありがとう三条君、稼ぎ頭の君がそう言うのなら、他の者も文句は言うまい。」


 会議が終了したので、映像チャットを切ったゴッドは、隣の部屋に待たせている部下を呼ぶ。

「不二野君、浜松で行うイベントの企画が通ったよ。」

ボリュームのある髪型の不二野は、硬い表情をしている。今ゴッドが告げたイベントの内容を確認するよりも先に、自分の懸案事項を報告する。

「最近、クレームの数が増えてきてます。本格的に儲けようと口数を多くした客が、孫会員より下の数の伸びに不満を持ってるようで…。イベントでアプリの会員を増やすのはいいと思うんですけど、この地区の人口の限界まで来てるのではないでしょうか?」

「君も意外と勘が鋭いね。先程の会議の※トレーダーたちの分析も似たようなモノだったよ。」

※トレーダー・・・株や為替、先物取引などで資金を動かして利益を得ることを生業にしている者。

「ゴッド…。以前にもお話ししましたが、この地区が行き詰まっても、私をそのまま雇ってくれるんですよね?」

ゴッドは、視線はPCに向けたまま、

「もちろんだよ。不二野君ほど、我々に貢献してくれているスタッフはいないからね。我々がどこに行こうと必ず…。」


 その言葉を信じたい反面、不二野には、切り捨てられるのでは無いかという不安がつきまとう。なぜなら、そもそもゴッドと名乗るこの天上界という投資家集団の会長は、本名を絶対に他の者に明かさない。他のトレーダー連中も、どこか捉え所の無い人物たちばかりで、どういう横の繋がりなのかがハッキリしない。


 そして何より…。この投資家集団の本質は、アプリの課金で得た資金を種銭にしてそれを投資に回すという危うい手法。不二野は詳しくないが、投資家グループが勝って儲けが出ている内はよいが、負けが続くと、課金ユーザーに約束したポイント還元が成り立たないだろうということぐらいは、推測できる。つまり、法律を犯している可能性が高いということ。そこまで分かっていても、不二野がこの集団を離れられないのには訳があった。


 元々東京でスタイリストをしていた不二野であったが、夫との離婚を機に実家のある東野市へ戻ってきていた。東野市で美容室を開業したい意欲はあったが、銀行の審査は全く通らず、かといって東京ほどの収入が望めない田舎の美容室で、雇われの身となるのは不二野には我慢がならなかった。

 不二野には息子がいて、夫との親権争いで負けて、今は向こうの実家に行ってしまっているのだが、離婚協議で親権争いに負けた理由が、夫との収入の格差という点であったことが尾を引いている。つまり収入が低いということに異常なまでのコンプレックスを抱くようになってしまったのだ。さらに、自分にはスタイリストの才能がある。そんなプライドも不二野が低い賃金での雇われのスタイリストになることの邪魔をしていた。


 そんなとき、とある求人広告で、なかなかの高待遇でスタイリストの募集をしているのを見つけた不二野は、一も二も無く飛びついた。それが、「光プランニング」という現在の会社である。ただ、実際の仕事は、天上界と呼ばれる投資家集団の雑用と顧客対応が主で、スタイリストとしての仕事は、天上界の動画配信に顔出しする若い女の子相手の仕事がたまにあるぐらいであった。だが、この天上界で得る高い収入で、美容室開業の資金を貯める。不二野には、今は、それ以外の目標を見つけることが出来なかった…。


 ゴッドから、次のイベントに参加を頼もうかと思ってるバンドやらソロの動画がリンクで送られてきた。

「浜松に近そうな場所で活動してるって本人たちが言ってるバンドやソロだ。さりげなくコメントで浜松のライブハウスで演奏することに興味はないか?と釣り針は垂らしている。既に参加したいってところが3組あるが、音楽性もビジュアルもイマイチで、出来れば残りの6つから出演交渉に入って欲しい。」


 不二野は、会長室を出て自分のデスクに戻ると、さっそくリンク先の動画を見始める。4つ目めの動画を開くと、なかなかハイセンスな前奏で、期待がもてそうだ。ところが、いざボーカルが始まると…かなり残念な歌詞が繰り広げられている。こりゃダメだ…。そうは思ったものの、スラリとしたルックスで、ギターを弾き語りする高校生ぐらいの男の子のビジュアルに、どこか見覚えがあるような気がしてきた。

「こ、この子は…。」



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