第3話 変身

 京香は、鏡の前で持ち上げた、少しだけ長くなった自分の髪を、横にやったり、上にやったりした後、また手を髪から離して、ぼんやりと鏡の中の自分を見つめる。

「不合格よ、京香さん。いい? 長く付き合っている男女にとっての一番の危機の原因は、マンネリなのよ。」

東校の屋上で、明日佳に言われた言葉が甦ってくる。

「男なんてね、新しい猫がやってくると、すぐそっちに気がいっちゃうの。現に今、お兄ちゃんの前には、新顔の猫ちゃんたちが集まり始めてるわ。」

ムガにおびき出されたとはいえ、確かに雷二郎に気があるであろう女子たちは存在していたし、強敵な予感がする。

「京香さん! 変化よ、京香さんに今必要なのは、新しい一面をお兄ちゃんに見せつけること。それが出来たら合格よ!」


「新しい一面…。」

鏡の前でそう呟いた京香は、自嘲ぎみに続ける。

(変化と言われて、髪型ぐらいしか思い浮かばないなんて、そりゃあ明日佳ちゃんに不合格出されるわ…。それでも!)


「あれぇ、京香ちゃん髪型変えたの? すっごく可愛いよぅ。」

待ち合わせの場所に現れた京香を見て、開口一番にムガが、京香の髪型の感想を述べる。肩に近い髪の先端の方にかけて、ちょっぴりずつウェーブが掛かった部分とストレートのままの部分が混ざった髪型だ。チラチラ雷二郎の方を見ながら、ムガに、

「前の方がいいかなあ?」

と尋ねると。

「こっちの方が、可愛いと思うよ。それに何だか新鮮! ねぇ、雷ちゃん?」

京香が、雷二郎の方を伺っているのに気付いたムガが、掩護射撃を送る。スマホで地図を見ていた雷二郎が、京香の方に視線を送り、

「ああ。いいんじゃねえか。」

そう感想を述べる。ムガがすかさず、

「ブ、ブゥ~だよ! 雷ちゃん。何がいいんじゃねえか、だよ。女の子はね、もっとキラキラした言葉が欲しいんだよ。そうだねぇ例えば。」

ムガは、急にポケットに手をやり、雷二郎の口調を真似して、

「京香、前の髪型も素敵だったが、オレはこっちの方が、お前に似合ってると思う。もっと近くで見てもいいか?」

そう言うと、ムガは京香に近づいていき、髪の毛に振れながら、

「素敵だな…この髪型。京香、惚れ直したぜ、って雷ちゃん!」

雷二郎がまた、スマホの地図に視線をやっていた。

「ちょっと雷ちゃん。ダメだってば! ボクの恋のアドバイスをちゃんと!」

「いや、この前の大雨で、この先の県道が、もしかして通れないかもって…。」

ムガが、雷二郎のほっぺたをつねる。

「イテテテ、テテ。」

ムガが、雷二郎をじっと睨む。

「いや、何だか照れ臭くてな。今さら可愛いとか京香に言うのは。そんなの当たり前というか…。前から分かってるというか…。」

ムガが満足そうに頷き、京香の方を向く。そして、

「前から分かってるって、さ♥️」

京香は、二人から視線を逸らす。恥ずかしいのであろう。顔は真っ赤だ。そんな京香は、話題を変えようと、

「で、雷二郎、遠々野へ行く道が、通行止めだって?」

「あ、ああ。ただ、車だけかもしれない。自転車はもしかしたら…。」


 そこへ、向かおうとしていた方角から、一台の乗用車が、やって来るのが見えた。ムガが何を思ったか、自転車を降りて道路に進出すると、その乗用車に向かって両手を振り始める。

「おい! ムガ、何を…。?」

乗用車がスピードを緩め、3人の前に停車する。そして運転席のウインドウが降りていき、

「どうしたの? 君たち?」

不思議そうな顔で、運転席の女性が尋ねてくる。歳はそれ程、若くは見えなかったが、整った顔立ちと豊かな髪が印象的だ。ムガが、

「この先が、通行止めかもしれないって聞きました。そっちから来たから、もしかしたら知ってるかなって思って…。」

「ああ、成る程ね。わたしも油断してて、道路情報なんか見ないで来ちゃったから…。間違いなく通行止めよ。今、引き返してきたの。」

横から雷二郎が口を挟む、

「自転車だけなら、何とか行けないですかね?」

女性はちょっと思案したそぶりを見せると、

「難しいと思うわ。それに、何カ所かは、土砂で埋まってるだけでなく、道路自体も崩れてる場所があるって、Uターンする場所の誘導の人が言ってた。」

「そうですか…。」

雷二郎が思案をはじめる。ムガが代わって女性にお礼を言う。

「すみません足止めしちゃって。ありがとうございました!」

ぺこりと礼をする。

「いえ、いいわ。それより、君たち高校生?」

「はい。東野東高校です。遠々野にお墓参りに行きたかったんだけど…。ん~考えなきゃあ。」

「ふ~ん。そう、それじゃあ!」

女性はそう言うと、車のウインドウを閉め、アイドリングしていた乗用車を発進させる。

先程から代案を考えていた雷二郎が呟く。

「困ったな…。山をぐるりと迂回すると、かなり時間が掛かってしまうし…。」

京香が何かに気がついたようで、

「雷二郎、さっきの車、停まったよ?」

雷二郎たちの元を去った車が、少し先の位置でハザードを付けて停車している。どのみち前は行き止まり、戻るついでに車のところに行ってみようということで、3人とも自転車に跨がる。


 雷二郎たちが自転車で近づいていくと、車から先程の女性が降りたようだ。その女性の元に辿り着いた雷二郎たちに女性が声を掛けてきた。

「君たち、遠々野って言ったよね? この道が使えないんじゃ、辿り着かないんじゃないかなと思って。もしよかったら、遠々野まで乗せてあげる。わたしは通り道だから、たいした手間じゃないわ。ただ、片道だけど。どうする?」

三人で相談した結果、国道まで戻って、そこに自転車を置き、遠々野まで乗せてもらう事にした。帰りは何とかなるだろうという安易なムガの考えに、雷二郎が難色を示したが、京香がいざというときは父親を呼ぶからと言って、雷二郎を説得した。三人を親切に乗せてくれた女性は、不二野さんと言って、これから浜松の方へ人に会いに行くところだそうだ。一応、いつという時間の保証は出来ないが、帰りも拾ってあげようか? と親切に言ってくれたが、さすがにそこまでは迷惑は掛けられないと3人も考え、

「いざというときは、わたしが父親に泣きついて何とかします。それにムガくんは、何だか人を惹きつける魅力があるので、ヒッチハイクがうまくいきそうな気もするんです。」

京香がそう答えた。不二野さんは、フフと笑みを漏らし、

「そうね、この子ね、ムガくん。確かに突然道路に出てきたけど、不思議と怒る気にはならなかったわ。」

「ボクの誠意は、岩をも通すのです。エヘン!」

調子に乗ってきたので、雷二郎がムガを脇にどける。そして、あらためて不二野さんに礼を言って、3人は車に乗り込んだ。






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カオネナ2 ~髪を洗って、乾かしな♥️~ 彩 としはる @Doubt_Corporation

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