第15話 調査の行方

「う~ん。あの娘いつも一人でいるね…。」

廊下から、B組の窓側の席に座る風北夏美の様子をチラチラ伺っていた京香は、今日も交友関係は見つからず、と呟いてそこを離れる。


 雷二郎から、風北夏美がムガの過去を知っているかもしれないと言われ、調査を始めた京香だったが、情報の少なさに手を焼いていた。クラスメイトに聞いても、入学式の2日後に社会の塩崎先生(雷二郎たちの担任)と揉めた例の事件のこと以外、たいして情報が集まらず。ようやく見つけた風北と同窓の中学出身の生徒も、

「あいつかあ…。アイツのことあんまし知らないんだよな。結構休みがちだったはず。同じクラスじゃなかったしな。」

とか、やっと見つけたクラスメイトの子も

「不登校ぎみの生徒だろ。大人しくて害は無かったから、みんな学校に来た日は、そっと扱ってた感じだな。まあ、なんだかんだいって見た目はアレだから、男子がそういう目で見てるの気付いた一部の女子がやっかんでたってのはあるかも。でも、また長く休んじゃうから、話題になることはなかったなあ…。」

(チッ、情報が無いか、美人だっていう情報しか集まらないよ。全く男子からの情報は、これだから役に立たない。)

残念ながら同中の女子はいないようだった。これは小学校の同窓まで範囲を広げないとな、などと京香が考えていると、F組の才女と噂が高い、花月綾音(かげつ あやね)から声が掛かった。

「時屋さん。最近中間テストランキングのアップデート止まってない?」

「あっ花月さん、ごめんごめん。でも、6位は何とか聞き出して、アップデートしたと思うけど。」

花月は、京香が情報を売っている相手の一人で、チャットグループ「情報屋グループ」にも入ってくれている優良な顧客だ。

「そう、それは分かるんだけど、いつまでも学年2位が空欄よ。トップテン早く完成させてね。じゃ。」

(ふぅ~、ま、学年3位の彼女にしてみたら、上が気になるのは当たり前か…。でも雷二郎が1位って教えたときの花月さんの顔は、今思い出しても笑えるな。)

入学してからの最も大きな試験、中間テストが行われて1ヶ月がたつ頃であった。東校に限らず、ばらばらの中学校から集まってきた集団である。誰が勉強が出来るのかなど、皆目見当もつかない状況だ。そんな中、特に学年の学力上位の人たちは、ほぼ京香の「情報屋グループ」に加入している。結局、頭のいい子たちは、自分の立ち位置が分からないと不安なんだと思う。中間テストのベストテンは、2位と9位が京香の情報収集能力を駆使しても依然不明であった。

(ほぼ、すべての中学の子に声かけたんだけどな…。県外からきた子とか、たまたま偶然に中間テストだけ点を取れた子なのかな…。)

京香がそう思うのは、同中なら、だいたい誰が頭がいいかを知っていて、見当がつけられるからだ。そして、同中の子から聞いて、名前が挙がった子に聞きに行けば、だいたい予想どおり、上の方にランキングされることが多い。

(情報が無い、か…。ん! 情報が無い…。ま、まさか?)

 風北夏美のことを聞いた連中のことを思い出す。

「あいつかあ…。アイツのことあんまし知らないんだよな。」


放課後、帰り際の風北夏美に、京香が声を掛ける。

自分でも、かなり心臓がバクバクしているのがわかる。緊張しているのだ。風北夏美に声を掛けるのは…。

(大丈夫。不自然じゃないはず。私が学年内を成績の情報を集めて駆けずり回ってるのは有名な話だし!)

「風北さん! あたし、D組の時屋っていうんだけど。」

「何?」

「じつはあたし、中間テストの順位を調べててさ。」

「そう。」

「風北さんも興味ないかなあって? 他の中学校から来た人のこととかよく知らないでしょ。私の情報結構人気があるんだ。」

「勧誘なの?」

(う、やりにくいなあ…。でも、ここでちょっとエサを垂らして…いひひ。)

「そうだよ。情報屋グループってチャットのコミュニティに入ると、そういった情報にアクセスできるんだ。しかも低価格! たとえば、そうだなあ。爽やか系男子NO1の天城霞ムガくんの順位だってばっちりよ!」

「!!ムガくん」

(喰い付いた~!!! やった!)

「そうだよ。ねえねえ知りたくない?」

「情報って成績の順位だけなの?」

「ま、そうだけど、個別の調査も承ってますよ。なになに? ムガくんの情報が欲しいの? 今なら初回サービスってことで、チャットグループに入ってくれたら。ムガくんの情報ちょっぴり教えちゃうよ!」

「分かった。私も入れて…。そのチャットグループに。お金はどうやって払うの?」

「それは、ハイ、こちらのQRコードに!」


風北と別れた京香は、人目をはばからずにヨッシャー!と叫び、ガッツポーズを作る。自画自賛が続く。

「やりましたよ!京香ちゃん。これは大収穫です! 収穫祭やらなきゃ!うひょ~!まずは、ランキング情報の更新っと。」


「採点間違ってないのか?」

イライラしながら、職員室で同僚に尋ねているのは、雷二郎たち1年A組の担任、塩崎であった。紅茶を片手に脇を通り過ぎようとした保健室の栄子先生が、

「荒れてるねえ。どうした塩崎くん。おや、それ中間テストの成績表じゃないか。うそ! 竜神が学年トップなのか!」 

同じ気持ちの同士を見つけたからか、塩崎のイライラは少し解消したようで、

「そうなんだよ栄子先生。よりによってあの金髪!」

東高の校則は、あってないようなもので、髪の色などは、特に明記されていなかった。ただ、1年の初めから一部分だけならまだしも、堂々と髪を染めてくる生徒は、ほとんどおらず、自分が厳しい校則の学校の出身なこともあり、塩崎は、そういう連中を快く思ってはいなかった。

「でも、塩崎くん。自分のクラスから学年1位が出るなんて、鼻が高いんじゃない?」

「いやいや、そんなのただの運だろ。オレが教えたから1位って訳じゃない。そんなことに一喜一憂している先生方の気持ちがしれないよ…。」

確かに塩崎の言う通りと思った栄子先生は、

「そうだね。じゃあ、竜神を褒めてあげるってことはしないんだ?」

「褒める? いや、まずはアイツの根性を叩きのめさないとな。必ず機会を見て髪を黒く染め直させてやる!」

栄子先生が、それをたしなめる。

「やり過ぎはよくないよ。だから塩崎くん、入学早々風北夏美とあんなことになったじゃないか。結局詫びを入れさせられることになったんだろ?」

「まあ、確かにそれはそうだが…。風北は頭がイカれてるって知らなかったしな。」

「おやおや、反省の色がないな。塩崎くん。」

「だってそうだろ! 入学式の次の日の初めてのオレの授業で、髪の色染めてること指摘したら、いきなりその場で髪を切り出すんだぞ!」

 風北夏美が、メッシュの前髪の片側を切り落とし、それをこっそり撮影していた誰かが、塩崎が切らせた!という誤情報と共に拡散させたため、塩崎は校長の指導の下、風北に謝罪する羽目となった。この女生徒が髪を切ったという事件は、入学したての校内で、一番話題を集めたニュースと言っても過言ではなかった。

栄子先生が、あらためて成績表を見ると、

(あ~コレは駄目だな。塩崎くん、しばらく荒れ続けるだろうな…。)

栄子先生の視線は、学年2位の名前に向けられている。「風北夏美」学年2位の欄には、そう名前が記されていた。



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