第7話 佇む女②
「お断りよ!」
「え? どうした京香?」
珍しく情報収集の依頼を断られた雷二郎が動揺している。今は昼休みで、二人が話しているのは、東高の中庭の一角である。雷二郎が、いつものように京香に女生徒のことを調べてほしいと打診したのだが…。どうも京香の機嫌がよろしくないように見える。雷二郎が不思議がる。
(何故だろう? 前回の双子の妹の時は、こんなことはなかったのに…。)
「イヤなものはイヤ。私にだって仕事を選ぶ権利があるんだからね!」
「何でだよ? 何が気に入らないんだ。」
「だって、ムガくんの彼女候補じゃないって言ったよね。あんたの個人的な用件だって。しかもよりによって風北夏美でしょ!あり得ない!」
「何がどうあり得ないんだ?」
「じゃあ、聞くけど、どうしてアンタがムガくんの彼女候補以外の女の子のこと知りたがるのよ?」
「それは…。ちょっと気になるからだ。」
「どう気になるのよ!」
「いや、それは…。」
「分かってるわ。あんた昔から、ああいうちょっとアウトローな女の子が好きよね!あとスラリと背が高い娘。」
「え!?」
「私はね。アンタがああいう女に引っかかって、どうなろうと知ったこっちゃないけど、私がアンタが破滅へ向かうのを手伝うなんてまっぴらご免だわ。きっと振られたらアタシのせいにするんだわ。お前の情報が間違っていたとか!」
「いやいや、落ち着けよ京香。そんな訳ないだろ。それに、いいか、オレがその風北とかって女が気になるってのはな、もしかしたら昔のムガのことを知ってるかもしれないと思ったからだ。」
「昔のムガ?」
「そうだ。その風北ってやつ、時々ムガの家の前に来て、ムガの家のこと、じっと見てるらしいんだ。それでこの間、それを問い詰めたら、」
「それを問い詰めたら?」
「昔のことだって言うんだよ。」
さっきまで肩で怒りを表していた京香が、きょとんとしている。
「雷二郎は、風北夏美のことが好きなんじゃなくて、怪しいと思ってる。そういうこと?」
「いつオレが好きだなんて言った? そうだ、怪しいと思ってる。だから、調べてほしいんだ。」
京香にしては珍しく念を押してくる。
「風北夏美が怪しい。オーケー雷二郎?」
雷二郎がウンウンと頷く。すると急に京香は笑いだし、雷二郎の背中をバンバン叩き出す。
「な~んだ。そういうことなら早く言ってよ! まったく、もう。怪しい人物の調査ね。それアタシの得意分野なんだからさあ!」
(何だ? 京香の奴 急に上機嫌になり出したぞ。)
「あ、雷二郎。コロッケパンあげるね。まだ一口しか食べてないから、結構あるよ。遠慮しないで。」
「あ、ああ。じゃあ。」
「いや~。まったく雷二郎ったら説明が下手なんだから。ちゃんと説明したら何てことはないのよ。そう何てこと。」
しばらく京香に付き合った雷二郎は、
(こいつの将来、きっと酒で失敗しそう。酒グセ絶対悪いぞ…。)
自分の直感を信じて疑わなかった…。
「顔を洗って、寝直してきな♡」
「オイ。…ムガ。出直すだ…。いい加減覚えろよ…。」
女生徒が走り去っていく。
「門番のバカぁ~!!!」
絶叫している。ムガが雷二郎の隣にやって来る。
「いつもながら、容赦ないね、雷ちゃん。可哀想じゃない?」
雷二郎は、首を横に振りながら、
「夏休みは、※ウニバーサルジャパンに行きたいんだとさ。親に内緒でオフィシャルホテルで、うふふ♡ とか言ってたぞ…。」
「そう…。それは、ボクでない方がいいね…。」
※ウニバーサルスタジオジャパン…大阪にある外資系の大型観光施設。ジェットコースターを敢えて途中で止めて、そこから命綱をつけて徒歩で下りるのが人気だとか…。
「雷ちゃん、この後、どうする? あれ、どうしたの?」
雷二郎が、給水塔の方をじっと見ている。
「気のせいか? いや、最近必ずお前に告白があるときに、覗かれているような気がするんだ。」
「さっきの娘のお友達じゃない? よく何人かで来て、見守ってるってことあったよ。」
「ああ、でも、あの娘は西階段の方へ行ったろ。給水塔は反対側だ。多分違う奴だと…。」
「まあ、いいんじゃないの? それより、ギターの弦が切れちゃってさあ。雷ちゃん新しいの買っちゃ駄目?」
「お前、この前のお買い得パックの弦、もう全部切っちゃったのか! 早すぎるだろ、というか、どんだけ激しい曲作ってんだよ!」
「お願い!」
「しょうがねえなあ。でも、2軒回るからな。カワイイ楽器とハマハと、安い方で買うぞ!」
「ありがとう雷ちゃん!」
二人が西階段側に去るのを確認した京香が、ふぅ~と息を付き。給水塔にへばり付けていた体を剥がすと、
「危ない危ない。雷二郎ってば、妙に勘がいいんだから。それにしても…。相変わらず家計の方、大変なのね…。よくやってるよ雷二郎。」
さて、といって気合いを入れ直した京香は、
「私もちょっと、内職に励みますかね。」
そう言い残して、屋上を後にした。
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