第8話 裏取引
「顔を洗って、寝直しな♡」
「おい、ムガ、何度言えば分かるんだ…。寝直すじゃ無くて、出直すだ! いい加減覚えてくれよ。」
走り去る女生徒を見やりながら、雷二郎がムガにお説教をする。走りながら遠ざかっていく女生徒から、
「ひどいよう~、何で門番なんかいるのよ~! ウエ~ン。」
という泣き声が聞こえる。今日も屋上でムガに告白しようとやって来た女性が、雷二郎から不合格を宣告されていた。今週はもう二人目だ。
「雷ちゃん。今日の娘は、どうして不合格だったの?」
「ああ、ムガと一日、デートするなら、どんなデートにしたいかって聞いたんだ。」
「そしたら?」
「ああ。東京に行って…原宿か渋谷だそうだ。アイスを食べて、最後はレストランでお食事らしい。どうやって行くのって聞いたら、パパの車!とか、嬉しそうに話してたな。ったく、その間、父親は何をしとるっちゅーねん。」
「そっか~。それは難しいね…。ぼく、お金の計算はできないけど、さすがにパパと一緒って娘が家計に強いイメージはないなあ…。その娘が無理だなっていうのは分かる。期待させちゃ悪いしね…。ありがと雷ちゃん。」
「いや、オレの方こそ、あんまし楽しいことにお金回せなくて…。」
「いいよいいよ。それよりボクの通帳にお金振り込んでくれてるのって、誰なんだろうね?」
「さあ、鈴木夫妻か、お母さんじゃないのかな?」
「う~ん。どっちもそんなことしないと思うんだけどなあ。雷ちゃんほんとに誰か知らないの?」
「ああ、知らないな。さ、何だか雲行きがあやしい。雨が降る前に引き上げようぜ。」
「うん。」
二人が西階段の方へ歩み出すのを給水塔の陰からチラチラ見ていた二人は、
「良かった…今日の娘も不合格。やっぱり審査って厳しいんですね…。」
「そうだよ。風鈴さん。だ・か・ら、私の想定問題集が必要なの。私、ことあるごとに、ここで盗み見してたから、どんな問題が出てるか、傾向が読めてきたのよね。だからムガくんとお付き合いするには、私の問題集を買うのが最短コースよ!」
「時屋さん、分かりました。購入させて頂きます。」
「じゃあ千円を、このQRにチャージしてくれる? そしたらパスワード送るから。」
そう言われた寿々葉は、野々ちゃんのためと呟くと、向かいの女性への送金を済ませる。
「ときに風鈴さん、やっぱり双子の好みって似ているもんなの? 例えば、風鈴さんも妹さんみたいにムガくんが気になるとか? よくコミックとかにあるじゃない、双子で一人の男を争ってとか。」
京香は、以前雷二郎から、姉がしっかり者で、合格ラインだと言われていたのを思い出し、ムガに気があるのか探りを入れてみようという気持ちで聞いたのだが、思わぬ返答が帰ってくる。
「いえいえ。私はムガくんにはそれほど興味は…。あ、もちろん優しいですし、人気があるのは分かります。でも、わたしはどちらかと言えば、雷二郎くんの方が…どうしてあんなにお友達のために一生懸命になれるのかなって…。」
「え! …。」
「どうしました? 京香さん。」
京香が固まってしまったように見えたので、風鈴が声を掛けると。
「いや、アハ、アハハハ、双子でも好みって違うんだね。参考になりました!おおきに!じゃ、じゃあ、わたし用事があるから、バイバ~イ!」
入り口のところに躓きながら屋上から去って行く時屋を目で追いながら、
「急に、テンション高くなっちゃった。時屋さん…。」
不思議そうな目で彼女を見送った後、さてと、と呟きながら、チヤットの画面に目を通す。あった!確かに時屋からパスワードが送られてきていた。それを使って、指定のファイルにログインすると…。
「成る程。これは使えそうね。でも、こんなことまで聞かれるのか…。雷二郎くんってホントにお友達のこと真剣に考えてるんだね…。」
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