カオネナ ~顔を洗って、寝直しな♥️~

彩 としはる

第1話 プロローグ

「ムガくん。私、その、一目見て君のこと…。」

その女生徒とムガの間にスッと一人の男性が入り込む。そして、

「おい、何勝手にムガに話し掛けてんだ? 先に俺の審査を受けろ。」

そう言う長身で目付きの悪い男性は、ポケットからメモ帳とペンを取り出し、パラパラとメモ帳を希望のページまで進める。

「審査? ちょっと待ってよ。私はムガくんとお話があるの。だいたい、アンタ、誰よ!」

今日の客人は、金髪で目付きの悪い男に対しても怯まないようだ。恋は盲目というやつだろう。普段なら、きっと逃げ出しているに違いない。

「あん? 俺か、おれはムガの門番だ。お前はどうせ、ムガとお付き合いしたいんです!っとか、そういうのだろ?」

「そうよ。だったら何が悪いの! そこをどいてよ。」

自称門番とやらのその男性は、はぁ~と大きなため息を付き、

「いいか? 俺はムガの門番だ。ガーディアンと呼んでくれてもいいぜ。俺はムガに相応しい客かどうかを見極めて、不合格の奴にはお帰りいただく。そういう役目を一任されてる。ほれ。」

そう言って、ムガの方を振り向くと。

「ごめんね。でも、僕、雷ちゃんに、ホントに全部任せてるんだ。だから審査をね。受けてみてくれないかな♥️」

「えっ…。そんな…。」

(どうして? 憧れのムガくんが、そんなこと言うなんて。)

女生徒は意外すぎる展開に、挫けそうになる。だが、一度は告白しようと口に出したのだ。ここで引き下がるわけにはいかない。そう心のうちで呟くと、

「分かったわ。審査をして。私の気持ちは本物よ!」

雷ちゃんと呼ばれた男は、軽く頭を横に降って、また小さくため息をついた後、

「何が本物よ!…だ。お前の気持ちなんぞ、審査の項目には無いからな。」

「私は真剣なの!いいから、さっさと審査とやらをしてよ。」

雷二郎は、一度チラとムガを見て、ムガがうんと頷くのを確認すると、

「しょうがねえなあ。ま、6月第2週の火曜日を選んで告って来たのは、悪くないセンスだ。」

何だ? 告白する日に、験担ぎでもあるのだろうか。女生徒は、雷次郎のその言葉の意味を図りかねたので、素直に口から疑問が出る。

「どういうこと?」

「ああ、つまり混雑してないってことさ。ムガは中学ん時から通算して、既に134人から告白されてるんだが、一番多いのが夏休みに入る直前。それから大型連休の前。学年が変わる三月も多いな。中学の卒業式の日には行列が出来ちまって整理券配ったし…。アレだな。奥手の娘たちが一大決心をして卒業の記念に告って来たんだろうな。」

女生徒は聞いていて頭が痛くなりそうだった。だがこの話、きっと門番とかいうコイツが盛ってるんだ。嘘に決まってる。そう考えた。

(いくらムガくんが、可愛くて綺麗なお顔をしてるからって、そんなに告白されてる訳…。)

そこまで思考して、自分が憧れるムガくんの方に視線を向ける。すると、向こうもそれに気が付いたようで、優しく女生徒に微笑んでくれた。そして、声には出さなかったが、口の動きで「頑張って♥️」と言ってくれたような…。

女生徒は考え直す。

(あり得るな。134の告白という数字。これは、私も真剣にやらなきゃ!)

ちょうど雷次郎から声が掛かる。

「じゃあ審査を始めるぞ。まずは、結婚の意思からだ。」

「はい? 何それ!ちょっと待ってよ! 何でいきなり結婚の話になってるの!」

メモ帳から視線を上げた雷ちゃんとかいう男が、不思議そうな顔をしている。

「だから、結婚を前提としたお付き合いかどうかを尋ねてるんだが?」

「そんなの考えてないわよ! いきなり過ぎるでしょ。」

雷次郎の耳には、女生徒の言葉は入らないようだ。はい減点っと言いながらメモ帳に何か書き込んでいる。不安になった女生徒が、

「えっ、減点…。結婚前提じゃないと、どのくらい駄目なの?」

雷次郎は顎に手を当て、少し考えた風を装うと、

「そうだな。分かりやすくゲームに例えると、生命力が半減したってところだな。」

(ちょっと何それ!!!)

女生徒の動揺が収まらないうちに次の質問が来る。

「次はだな。え~と、お前、家事はどれくらい出来る?」

(はぁ? この男尊女卑を思わせる質問。ふざけるんじゃねえ!)

女生徒は、いらだちを門番の男にぶつける。

「何よそれ! アンタ頭おかしいの? 今どき女だから家事をしろなんて思考、許されないんだからね!」

雷次郎は、そう言われ、

「ああ、そうか。すまんスマン、説明が足りなかったな。別にそういう意味じゃないんだ。ムガは母親がいないんだ。一人で家事をしてるから、力になってくれる女の子の方が向いてるんだ。別に女だからって意味じゃ無いからな。仮に、俺の彼女になるってんなら家事なんてしなくていい。どうせ俺の方が上手いしな。」

(誰がアンタの彼女に!ってソコじゃなかった。ムガくん、お母さんが…。私手伝うよ。ムガくんの彼女になって頑張るよ!)

「で、どうなんだ? 家事はやったことあんのか?」

(無いわ! なんて言ったら減点だわね…。ここは話を盛らなきゃ!)

「全部出来ます!」

(ん? 明らかに門番とやらの男が疑っている。)

「悪ぃけど、そういう女子が多くてな。テストさせてもらうぜ。2000円で二日間の朝御飯と晩御飯の食材を買うとする。お前なら何を買う? あ、お前とムガの二人分で考えてくれ。お米や調味料は考えなくていい。」

(えっ! ムガくんと私が二人で御飯? エヘッ、エヘヘへ。ってソコじゃない! え~と食材ね。ヤバっ!門番の男がじっと私を見ている。疑ってる!)

「そうね。お肉と…あと、玉子、それから」

一層険しい表情になった雷二郎が、

「オイ、肉って何だよ。そんなアバウトな買い物で金額が分かるか! 何肉を何グラム、あと部位は?」

「えっ、V?」

女生徒が思わず右手の指でVサインを造る。門番は、パタンとメモ帳を閉じると、こめかみをピクピクさせながら、

「お、お前は不合格だ! 顔を洗って出、ん?!」

いつの間にか、雷次郎の隣にムガが来ていた。そして、雷次郎の肩をちょんちょんと叩いて、

「雷ちゃん。そこは、僕に言わせて。」

そして、女生徒の方を向き直り、やさしく微笑むと、

「顔を洗って、寝直しな♥️」

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