第2話 イベント無発生の双子姉妹

 私は、風鈴 野々葉(ふうりん ののは)。東野市にある東野東高校に通う一年生。下から読んでも東野東だよ!と、笑いをとろうとしても、必ず、いや「しがひのしがひ」だろ、というノリの悪い人たちに突っ込まれるので、最近は昔の友達に会っても使わないようにしている。いずれにしろ、ありきたりな名前の高校に通う、ありきたりな高校生だということは自認している。


 私の特徴といえば「双子であること」だ。でも結局、それ以外に何の取り柄もアピールポイントもないことは、恋愛に憧れ始めた小学校の高学年、そして中学校時代を無風で通過してきた事実が証明している。高校になったら、きっと恋のイベントや双子ならではの※入れ替えイベントが起こるに違いないと、淡い期待を抱きながらも二ヶ月半が過ぎてしまった。

 ※入れ替えイベント・・・姉と妹が入れ替わって、意中の男の子の真意を探るというコミックやラノベに出現するイベント

 おかしい。お姉ちゃんと相談して、高校に入ったら、通学も休み時間も一緒にいるのはやめて、別々に行動しようって勇気を出して決断したのに…。何も変わらないよ…。少女漫画や女の子向けのラノベの世界の中だったら、もうとっくに私に気のある秀才タイプのイケメンが現れて…。あるいは、幼なじみの男の子がちょっかいを出してくるはずなのに…。


 そう、そんな都合のよいことが、簡単に起こる訳がないと、私は知っている。だから私は女の子向けのラノベは読まないのだ。どちらかといえば、男の子向けの角山スニッカーズ文庫が私の愛読書。男の子の気持ちを知るにはコレが一番。どんな女の子が男の子に人気があるのか、リサーチに余念はないはずよ。それなのに…。スニッカーズ文庫が、お部屋の本棚を埋め尽くすまで、私は一生懸命努力しているのに、イベントは無発生。

 そして、もうすぐ誕生日。誕生日もラノベの中では、高確率でプチイベントが発生するはずなのに、私の誕生日、何のイベントも起こりそうな予感がしない…。ああ…。


 野々葉が、今日もそんなことを考えながら、学校からの帰り道を歩いていると、

「冷たっ、ヤダ、雨だ!」

量はまだ多くないものの、やや大粒の雨がパラパラと降り始めてくる。しかも、勢いがだんだん強くなっていく気配。慌てて周りを見渡すと、ちょうど閉店したらしいお店の軒下が、雨をしのげそうに見える。野々葉が小走りで、その軒下まで辿り着くと、雨はちょうど勢いを増す。これは、しばらく帰れそうにない。野々葉は、かなり黒ずんだ灰色の空を見上げながら、

「ええ、分かっていますよ。朝晴れていたという、ただそれだけの理由で、6月に傘を持たずに学校へ行くのがお馬鹿だってことは…。」

そう呟いた。野々葉の前の通りを通り過ぎていく人たちは、お馬鹿ではないのだろう。10人中9人は傘を差している。時々現れる傘がない野々葉の同類は、ウヘ~イ!とか叫びながらダッシュしていく小学生の男の子であったり、6月にも拘わらず両手をポケットに突っ込んで、俺雨平気です!といった感じで堂々と歩いて行くちょっと残念な、見た目が怖い若者ばかり…。そんな時、傘を持ち、スラリとした背の高い東高のブレザーを着た男性が通り過ぎ、

(あれ?)

通り過ぎないで、私の方を見た。そして、野々葉の方にやって来る。

「やあ風鈴さん。どしたの? こんなとこで。あれ、ひょっとして雨宿り?」

(な! 何と! 学年の爽やか系男子ナンバーワンの呼び声が高い天城霞アマギカスミムガくんだ! すごいよ、クラスも違うのに、わたしのこと覚えてくれているんだ!)

と、一瞬そんなことを夢想した野々葉だが、

(な~んて、そうだったら、いいんだけどね…。どうせお姉ちゃんと間違えてるだけなんだよな…。)

と、現実的思考に戻らざるを得ない。

(だってそれ意外、クラスも違うあたしのこと知ってるなんて、考えられないから…。)

一方、双子の姉、寿々葉は天城霞と同じクラスである。野々葉が、天城霞の雨宿り? の言葉にうんと頷くと、

「僕、傘二本持ってるから、1本貸してあげるね。あと名字は言いにくいでしょ。ムガって呼んで。」

天城霞はそう言って、傘を畳んで軒下に入ってくる。そして、学生鞄を開けてガサゴソと、探し物を始める。きっと折り畳みの傘を探してくれているんだろう。私のために。いや、正確には、天城霞君と同じクラスのお姉ちゃんのためか…。

(それにしても意外だな。男の子が相手だと、緊張してお話も出来ないようなお姉ちゃんが、天城霞君、いやムガくんって呼んじゃお。ムガくんみたいな、イケメンと知り合いだなんて…。しかも傘貸してもらえるくらい親密な関係だなんて驚きだよ。)

ムガくんは、あれぇ、などと声を出しながら、まだ探し物を続けている。野々葉は、ぼんやり彼を見つめながら、

(意外と不器用なんだな。でも、可愛い。いいなぁお姉ちゃん…。)

そんな考え事をしていたせいだろう。しゃがんでいたムガくんが、スクッっと立ち上がって、自分の正面に正対したので、ビックリして、半歩後ろに下がる。だって彼との距離がすごく近いから…。ムガくんが、そんな野々葉に申し訳なさそうに告げる。

「ごめんね。僕の勘違いだったみたい。二本あると思ったんだけどなあ。」

そっか。傘は、もう1本なかったんだ。まあ、しょうがない。

「いいよムガくん。気を使わなくても。もうすぐ止むと思うし。」

その言葉に釣られ、空を見上げたムガくんだったが、

「そうかなあ。まだしばらく止みそうにないよ。傘狭いけど、ボクのに入って行きな。お家どこら辺?」

(え、え! 爽やか系のムガくんと相合い傘イベント発生なの! きゃー!)

「でも、悪いよ。うち電車で通ってるから、駅まで行かないといけないし…。」

「駅のほうか。うん、いいよ。ちょうど買いたいものがあったし。じゃあ横に来て。」

そう言ってムガは、軒下の下で傘を開く。

「え…、でも…。」

本当はとても嬉しいのだが、常識的に考えて、駅までは結構歩く。やはり申し訳ないという気持ちが先に立ってしまう。

「ひょっとして嫌だった? 男の人と一緒だと問題あるとか?」

ムガが、真顔で野々葉の顔を覗き込んで聞いてくる。

「そんなことないよ。ただホントに悪いと思っただけ。」

ムガは、パッと明るい顔になり、

「よかった! じゃあ行こうよ!」

そう言って、野々葉と歩き始める。しかも傘から右肩を半分くらい出して、野々葉に雨が当たらないようにする気遣いぶり。ムガくんに例えそれを指摘しても、きっと、いいんだよって言って、私が濡れないようにしてくれるだろうと予想した野々葉は、それは指摘しないことにした。

「ありがとう。ムガくん優しいんだね…。」

(わたし、初対面なのにムガくんに惚れちゃいそう…。ん?違う…。既に惚れました!!!)

ムガは、駅までの道すがら、他愛ない話題を野々葉に話し続けた。野々葉はそれを楽しく聞きながらも、ムガくんの話題の中に「友達の雷ちゃん」という子の話が多いなと感じていた。いずれにしても、自分を退屈をさせないよう気遣ってくれているのが伝わってくる。それがとても嬉しい。


 駅前の商店街まで辿り着くと、この先はアーケードもあるので、もう傘はいらない。

「ありがとう。ムガくん。もうここでいいから。」

ムガくんもアーケードがあるのは承知のようで、

「そう? じゃあ、風鈴さん、また明日学校で!」

と、お別れの意味を告げる言葉を伝えてくる。また明日…。その言葉の意味するところはつまり。

(やっぱり、お姉ちゃんと間違っていたんだな…。)

少なからずショックを受けた野々葉は、弱々しく手を振りながら、ムガくんが視界から消えるまで見送る。

(これって、自分が待ち望んでいた双子入れ替えイベントじゃ? でもこれって…。双子のうちの負ける方の娘の設定だよね…。)

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