第10話 近くに居る人②

 なぜか今日は、京香がムガの近くで、雷二郎の審査の様子を眺めている。この場に居ることについて、一つだけ京香には不安があった。

(ひょっとして、私、ムガくんへの告白の順番待ちをしているように見られてないかな?)

だが、屋上に居るのは、今告白真っ最中のC組の娘と、遠くの方の天文部だけ。そこまで心配する必要は無いのかもしれない。いつものやり取り、何で審査なんて受けるのよ!と女生徒が言った後、お願い受けてみて♡byムガ の流れとなり、無事、審査が開始される。

「お前、もし、ムガとデートをするなら、どんなデートにしたい?」

「アタシ知ってるの、ムガくんギター出来るんでしょ? 私、ムガくんと一緒にバンドを組みたいなって、バンドが無理でも、私がボーカルで、ムガくんがギターっていうユニット。」

「おお、悪くないな。」

門番が呟くのを聞いて、その娘の表情が明るくなる。

「でね、※YOUトンネルで、それを配信して広告収入で稼いでいくの!」

「稼ぐ、う~ん、いい響きだ!」

門番がまんざらでもない顔をしている。

※YOUトンネル・・・世界的なIT企業の動画配信サイト、広告スキップまでの時間を待ちきれない層が、チックタックという中国系のサイトに移籍する傾向が年々強まっている。

「よし、じゃあ、次の質問に行くぞ!」

「ちょっと待ってよ門番! まだデートには続きがあるんだから!」

「ん? 何だ、言ってみろ。」

「その後ね、最近流行ってるエクスカリバーとかっていうドラッグをキメルの♡」

「えっ、何だって!?」

雷二郎だけでなく、京香も身を乗り出して同じような反応をしたので、ムガが京香に尋ねる。

「エクスカリバーってなあに?」

「さあ? 石に刺さってる剣とかじゃない? それよりムガ、静かにして!今大事なところ!」

雷二郎が、コホンと咳払いをして、

「ちょっと待て、今お前、クスリをキメルとか言ったか? しかも剣聖とかが飛び出してきそうな名前のやつ…。」

「そうよ、でも安心して、合法だよってタカシが言ってたから。今ミュージシャンで、これキメてない奴なんかいないって、タカシが。」

「待てまて、そもそも、タカシって誰だよ?」

「タカシは元彼だよ。ミュージシャンなんだ。さっき言ったエクスカリバーっていう強烈にキマルドラッグ売ってくれるって、言ってくれてる人。」

「…。」

「きっとハイでイェイでウーォーってな気分で、いい曲作れると思うの。」

「お前そのドラッグ、もうやったことあるのか?」

「まだだけど…。だって二人分の方が安く売ってくれるって言ってたから、ムガくんが彼氏になったら、ちょうどいいと思って。」


 金髪の男は、パタンとメモ帳らしきものを閉じる。こめかみがぴくぴくと動いている。しかもいつもより流れている血液量が多そうだ。

「お、お前は、不合格だあ~!!! ついでにそのドラッグも絶対に買うなあ! いいな! もしお前が薬を買ったら、おまえのYOUトンネルに粘着して、マイナスコメント書き続けてやる! 絶対買ったらダメだぞ!!」

「何よ! 何で不合格なのよ! それにクスリ買うなって余計なお世話よ! アンタ最っ低!!!」

「いいから顔を洗って、出」

むがが雷二郎の最後の台詞を上書きする

「寝直しな~♡ バイバ~イ!」

怒りを収めようともせず、女生徒が屋上から引き上げていく。ああ、給水塔にケリを入れたようだ。

 肩を落とし、げっそりした表情で、ムガのところにやって来た雷二郎は、

「あ、京香、来てたのか…。」

と京香を見つけて声を掛ける。

「大変だね雷二郎、門番の仕事も。」

「ああ、毎回あんなのじゃないけど、とても、ムガを預けられねえ…。」

そう言って雷二郎はペタリと屋上に座り込む。

「で、京香、何の用だ?」

「ん、ちょっとね…。」

「わりいけど、オレの方から一つ頼みがある。さっきのC組の娘、ちょっと心配だからな。※栄子先生に、今話題に出てたドラッグの話伝えてくれないか。オレみたいな金髪が行くよりお前の方が聞いてもらえそうだ。で、学校の方から注意をしてもらって…。」

※栄子先生・・・東校の保健室の先生

「うん。言われなくても、そうするつもりだった。」

「ありがとう。助かるよ。で、お前の方の用事は?」

京香も雷二郎の横にペタリと座り込む。スカートにも関わらず。同じようにムガも座る。

「雷二郎、あんた大学受けないのに勉強は続けてるんだって?」

「ああ、その話か。そういえばムガが、京香が知りたがってるって言ってたな。」

ムガが、

「あっ京香ちゃんズル~イ! ボクから情報を買うんじゃなく、直接本人から聞くなんて! いいもん言っちゃうから! 京香ちゃん、雷ちゃんはね、今、ウスキの勉強をしているの!」

「ウスキ?」

京香だけでなく雷二郎も同時に呟く。

「うんそうだよ。ボク見たんだ。雷ちゃんの机の上のオレンジの本。ウスキって書いてた。」

「あのなあ、お前アレは、薄いって漢字じゃねーぞ、簿だ簿。家計簿の簿。ったく。京香、こいつにタケカンムリとクサカンムリの違いでも教えてやってくれ…。」

「簿、ボキ。ああ、簿記ってやつかな? そうなの雷二郎。」

雷二郎は頷くと、

「ああそうだ。オレは税理士を目指してる。下妻さんのような…。直接簿記が税理士どうこうって訳じゃないらしいが、関係が無い訳じゃないから、今のうちに資格を取っておけって下妻さんが…。」

「ふ~ん。でも、税理士さんって、頭良さそうなイメージだから、大学出てるんじゃないかと思ってた。」

「うん。だいたいそうなんだけど、高卒でも受験資格を得るチャンスがある。」

「へぇ~。」

「高卒で受ける資格を得る方法は二つ。一つ目は簿記の1級に受かること。ただこれは相当難しいらしく、下妻さんからは、お前でも、無理だろうって言われてる。」

ムガがとても驚いている。

「雷ちゃんにも無理なことがあるの! そんなあ…。信じられないし!ボク信じない!」

「オレは魔法使いか? 無理なもんがあって当たり前だろ!」

そう言った後、また京香の方に視線を戻し、

「で、もう一つは、税理士事務所で2年以上業務の補助に携わった者なんだ。」

「あっ!」

何かに気付いた京香が、そう声を上げると、雷二郎が深く頷く。

「そうなんだ。オレは高校を出たら下妻さんの事務所で2年間働かせてもらう予定なんだ。そして税理士試験を受ける。この方が大学を出るより早く税理士になることが出来る。ま、すべてはうまくいけばって仮定なんだが、どのみち最後は税理士試験だ。それは大学出てようが勝負は互角だ。」

「すごいね! 雷二郎。もうそんなこと考えてたんだ!」

京香は、何の根拠もなく雷二郎がいい大学に行けばいいのにと思っていたことを恥じ、

「ごめんね雷二郎。この前、明日佳ちゃんと会ったときに、翔洋学園に行けばいい大学行けるよとか言っちゃって…。」

「ああ、きちんと説明してなかったからな。当然だ。」

「ムフフフ~。」

なぜか、ムガが京香を見てニヤニヤしてる。そして口の形で何か伝えようとしてくる。

「ホ・レ・ナ・オ・シ・タ・?」

「さて、と。おっとゴメ~ん。」

京香は腰を上げて立ち上がったが、ふらついた振りをして、まだ座ってるムガの頭に膝をぶつける。雷二郎に見えないように振りかぶってだ。

「痛っ~!」

ムガが、膝が当たった頭をさすっている。

「じゃあ、雷二郎、簿記とやらの勉強頑張って、あれ、やっぱり学校の勉強は必要なくない?」

「いあや、下妻さんが、数学や英語は手を抜くなって言ってたし、だからといって他の教科だけ手を抜くのも何だしな。何かの役には立つだろ。」

「さすがだよ、雷二郎。」

ムガが懲りもせず、口の形で、

「ホ・レ・ナ・オ・シ・タ・?」

を京香にやってくる。さすがに距離が遠く膝蹴りをしに行くのは止める。代わりにジロリとそちらを睨むと、

「じゃ、またね!」

そう言って、屋上から一足先に立ち去っていく。京香を見送ったあと、雷二郎も、

「じゃ、俺たちも行くか?」

と言って立ち上がった。ムガも一緒に立ち上がると、

「ところで雷ちゃん。エクスカリバーってなあに?」

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