第25話 退院

 ナツミの退院が決まったとの連絡が、雷二郎に来たのは、昨日の夜のことだ。姿勢を変えたときの痛みも、だいぶ治まってきたらしい。それでも、痛み止めは、まだしばらく飲み続けるようで、雷二郎は、きっとナツミは、自分たちに伝えたよりも痛みが強いのではないかと推測している。

 今日も夏美の両親は来ていない。だが、先日、明日佳と一緒に夏美の過去についての調査を終えた雷二郎は、夏美と両親がうまくいっていないことの理由を何となく理解していた。だから、今日は考え事などしないで、しっかり夏美の退院を手伝おうと思っていた。

「タクシー乗り場まで、着いてきてほしい。」

そう夏美に言われた雷二郎とムガは、夏美の入院していたときの荷物を持ちながら、一緒に一階の南口にあるタクシー乗り場までやって来た。すぐにタクシーに乗るかと思っていた二人に、夏美が意外な提案をしてくる。

「今日、うちの両親いなくてさ…。もし可能ならでいいんだけど、あんたらの家で時間を潰させてもらったら悪いかな?」

こんな時は、すぐにオーケー!というムガよりも早く、雷二郎が、

「分かった。ムガの家の場所は分かるよな? そこで落ち合おう。俺たちは自転車だから、少し後になると思うけど、勝手に入っていてもらって構わん。」

そう言って、ポケットから家の鍵を取り出すと、夏美の方へポイッと軽く投げる。夏美はそれをキャッチすると、

「ありがとう!」

とお礼を言ってタクシーの方へ向かった。ムガがニヤニヤして、

「雷ちゃん、夏美ちゃんに来てほしいからって、ボクの出番とらないでよ! ボクだったら、時間潰すだけでなく泊まっていきなよ!まで言ってたよ。」

「いや、夏美が実家に行くって言ったとしても、実はムガの家に誘うつもりだった。」

「え。ええ~? 雷ちゃんいつの間に夏美ちゃんLOVEになっちゃってたの?」

「いや、事情は帰りながら説明する。お前にも知っておいてほしいんだ。」


二人は、自転車を、ムガの家の近所の児童公園に停めて、それに寄り掛かりながら話している。病院からの帰り道だけでは、雷二郎がムガに説明しきれなかったからだ。

「え~、そんな~、夏美ちゃんがお父さんを! ウソだぁ~。」

「もちろん、何らかの理由があってだと思う。そして、その理由は、もしかしたら、うちらにも関係があるかもしれない…。」

「どういうこと? 雷ちゃん?」

確かにこれは、ただの勘でしかない。だが、夏美が父親に切りつけて聖バーソロミュー女学院を退学したのも、ムガのお母さんが失踪したのも、すべて、同じ時期だからだ。そして、なぜ夏美が、ムガの家をじっと見ていたのか…。雷二郎は自分の勘を頼りに、夏美に真実を話してほしいと頼むつもりであった。


「ただいま~! 夏美ちゃんいるぅ~?」

「居間のソファー、使わせてもらってる~」

雷二郎とムガが居間へ入って行くと、言葉通り夏美はソファーに座ってスマホで何やらを見ていた。

「夏美ちゃんの荷物だよ。」

ムガはそう言って、ソファーの横にバッグを置く、雷二郎も同じく病院から持ってきた紙袋を二つ置いた。ムガが、ギター持ってくる!と言って二階に駆け上がっていく。

「両親は、お仕事か?」

「うん、そんなとこ。」

夏美は端末で、ボルダリングの大会を見ているようだ。外国の選手がものすごいスピードで登っている。この前夏美から教わった競技とは違いそうだ。ムガがギターを持って降りてきた。ジャジャジャ、ジャジャ~。少しリズミカルに弾いた後、では、ボクのオリジナル曲いきま~す!というムガの宣言がなされた。

「可愛い夏美ちゃん♪ 退院、退院、おめでと~♪ 痛いの痛いの飛んで、い・け~♪」

歌詞はともかく、素敵なギターの伴奏に夏美も驚いて目を見開いている。そして携帯を脇に置くと、

「ムガくん凄いね~。ギター上手だね! 格好いいよ!」

と言って拍手を送る。

「えへへ、歌詞もいいでしょ? 昨日寝ないで考えたんだ!」

「え、え~と、そうなんだ…。」

雷二郎が、

「風北、心配するな。寝ないでってのはウソだ。オレの方が遅くまで起きてた。それから気を遣って、歌詞も素敵だね!なんて言う必要はないぞ! こいつにも現実を直視して生きてもらわないと。」

「ちょっと、雷ちゃん、それどういう意味? ボクの歌詞がまるでセンス無いみたいじゃないか!」

「いや、そんなことは言っていない。誰の心にも響かない歌詞っていう意味でのセンスなら、ある意味群を抜いている。」

「そっか~良かった! じゃなく、今悪く言ったよね?」

夏美は、そんな二人のやり取りを見ながら笑みを漏らすと、

「やっぱり伝えなきゃダメみたいだね…。」

そう小さく呟いた。そして、まだ言い合いを続けている二人に向かって、

「聞いてほしいことがあるんだ。それを伝えたら出て行くから、最後まで聞いてほしい。」


「私は小学校5年生の時、初めて、この家の前を通った。友達と一緒だった。この家には…そう、たくさんの張り紙が、ビラって言うんだったかな? それが貼ってあった…。」

夏美は、自分の過去を雷二郎とムガに話し出した…。



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